2016年ノーベル化学賞を予想する② 一条の光できれいな世界を

ニーハオ!

久々ブログに登場する中国人科学コミュニケーターの陳です。

私は3年連続ノーベル化学賞を担当してきました。今年も盛り上げていきたいと思います。

私の予想は、酸化チタンという化合物を光触媒に開発できた日本の化学者、藤嶋昭先生です。

光触媒(酸化チタン)の開発

日本の化学者、藤嶋 昭(ふじしま あきら)博士
1942年生まれ
東京理科大学学長
(写真提供:東京理科大学)

藤嶋先生の業績をご紹介する前に、まず未来館の展示を1つ、お話しします。未来館の常設展示の中で「人工光合成」という内容を紹介しています。(下図)

3F常設展示 人工光合成

光合成とは、植物やある種の細菌が太陽光を利用して、二酸化炭素と水から酸素と炭水化物をつくる反応のことです。私たちが生きていくのに必要な酸素も、食べ物の炭水化物も、もとをたどれば光合成のおかげです。光合成には葉緑素(クロロフィル)という成分の化学反応を触発させる能力が欠かせません。葉緑素のように特定の化学反応を促すものを「触媒」といい、光によって触媒機能を発揮するものは、とくに「光触媒」と呼んでいます。

展示では両側にある緑のオブジェは、木が光合成をすることを表しています。そして、真ん中にある透明な木は自然にみならって、人工的に光合成をする技術を表現しています。人工光合成を実現するのは、葉緑素ではなく人工で作る化合物です。様々な化合物の中、酸化チタンに光触媒反応が起きることを発見したのは、冒頭に紹介した藤嶋博士です。1967年春のことでした。藤嶋博士はまだ東京大学の学生でした。

東京大学正門
(写真出典:Wiki Commons Kitadake3193さん投稿)
余談ですが、筆者は大学受験で見事に東京大学に落ちました(涙)

自然界の光触媒は酸素をつくりだすという重要な役割を担っています。人工の光触媒は開発された当初は、水素をつくることが重視されていました。酸化チタンと白金からなる電極に紫外線を当てると、酸化チタンから水の分解が行われ酸素が発生し、白金から水素が発生します。つまり、光エネルギーを直接水素エネルギーに変えられるということです。最初の発見から間もない1970年代になると、世界中がオイルショックに陥ります。石油にかわるエネルギー探しが始まりました。光触媒が脚光を浴びた背景には、水素エネルギーがあったのです。近年、世界中で水素エネルギーが再び注目の的になってきています。その火つけ役は、実は日本の化学者だったのです。

電極として利用すると水素エネルギーを生み出す酸化チタンですが、単体としてもすばらしい働きがあります。とくにご紹介したいのは、防汚効果です。

私の実家は中国の北京ですが、国家大劇場という中国最大級の劇場があります。(下図)

中国国家大劇場
(写真出典:Wiki Commons, Flickr user Hui Lan from Beijing, China)

構想から完成までに数十年をかけたビックプロジェクトでした。北京のど真ん中、紫禁城のすぐ側にあるので、さまざまなデザインが検討されましたが、最終的には中国の伝統的なスタイルではまったくない外形になりました。先鋭的なデザインに決まると、北京市民にはある疑問が生まれました。「この劇場、外側がすぐ汚れるのではないか?」

北京では大気汚染だけではなく、春になると黄砂がやってきます。きっとすぐに汚れてしまうと予想されていました。そこで、採用したのは酸化チタンのパネルでした。そのすばらしい防汚効果のおかげで、完成から10年近く経過した現在でも、数回の清掃だけで依然として最初の光沢をキープしています。

さて、なぜ酸化チタンは汚れを除去する能力があるでしょうか。その秘密は、酸化チタン表面の超親水性と酸化力にあります。親水性とは水になじみやすい性質をさします。たとえば、酸化チタンの表面に汚れと水滴がついたとしましょう。紫外線が当たると、酸化チタンの表面が水となじみやすくなります。汚れより水が好むので、水が汚れの下に潜り込んで、直接酸化チタンの表面と接触します。そして、酸化チタンの表面の隅々まで水が広がるので、表面にあるすべての汚れが水とともに流れ落ちます。(下図)実は2012年に科学コミュニケーター田村真理子は同じく藤嶋博士の受賞を予想していました。そのときのブログに詳細のメカニズムが書いてあります。https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201209202012-2.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

酸化チタンの防汚効果の仕組み
(図作成者:科学コミュニケーター田村真理子)

汚れを除去するだけではなく、酸化チタンは酸化分解能力も持っています。これは、細菌や有害ガスを酸化したのち、分解して水と二酸化炭素など無害なものにする能力です。冒頭に酸化チタンは水を分解できると述べました。水はとても安定な化合物で、簡単には分解しません。その水すら分解できるぐらいだから、他のものの分解もできます。

超親水性と酸化分解能力を合わせることによって、汚れを自動的にきれいにできる材料が開発されました。藤嶋博士は「セルフクリーニング効果」と呼んでいます。

日本で有名なのは中部国際空港の窓ガラスや新幹線車両の外側などでしょうか。でも、これだけではなく、たくさんのところで使われています。そして、日本だけではなくて、世界中が酸化チタンの恩恵を受けています。こういう全人類の幸福のための科学研究こそ、ノーベル賞にふさわしいのではないかと考えて予想させていただきました。

最後に、藤嶋博士はあるインタビューで「何のために研究するか」と聞かれ、どう答えたかを紹介し、私のブログの締めとしたいと思います。

どんな人も天寿を全うしたいですよね。そのためには健康で快適であること。私は、科学技術者の最終的な目標は、これに少しでも役立つことではないかと思っています。光触媒はその1つではないかと思っています。

By 藤嶋博士

2016年ノーベル賞を予想する

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