2016年ノーベル生理学・医学賞を予想する③ 先天性難病 根治の可能性を拓く!遺伝子治療

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こんにちは!科学コミュニケーターの浜口です。

科学コミュニケーターが次々と今年のノーベル賞受賞者を予想していますが...
私の予想は、遺伝性難病の根本的な治療の可能性を拓く、「遺伝子治療」の実現に大きく貢献した、こちらのお二人です!!!!



遺伝子治療の概念の提唱とその臨床応用



セオドア・フリードマン(Theodore Friedmann)博士(1935年生まれ)

カリフォルニア大学サンディエゴ校 医学部小児科教授
1970年代に遺伝子治療の概念を提唱。研究者兼オピニオンリーダーとして分野の発展に貢献

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(写真提供:国際科学技術財団)


そして、

アラン・フィッシャー(Alain Fischer)博士(1949年生まれ)

コレージュ・ド・フランス教授、イマジン研究所所長
X連鎖重症複合型免疫不全症(X-SCID)の遺伝子治療を成功させ、希望を現在につなぐ。

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(写真提供:国際科学技術財団)


早速、お二人の業績を紹介します!


【遺伝子治療とは?】

もし、お子さんが遺伝子の変異が原因となる命に関わる難病にかかっていると知ったら、どうしますか?
根本的な治療法はなく、症状を和らげる薬を使ったとしても、日常生活にはさまざまな支障があり、その状態が生涯続くとしたら...?


身体の中で起きているさまざまな反応を担っているのはタンパク質。そのタンパク質は、遺伝子の情報をもとに作られています。
遺伝子に変異があると、そのタンパク質ができなかったり、十分に働くことができなかったりします。これが、遺伝子の変異が原因となる疾患の生じる理由です。
タンパク質そのものや、その働きを助ける薬を投与し続けることで、症状を和らげることができる場合もありますが、根本的な治療にはなりません。


遺伝子治療の考え方は、外から正常に機能できる遺伝子を送り込んで、変異が起こっている遺伝子の働きを補おう、というとてもシンプルなもの。
遺伝子を送り込むために、「ベクター」と呼ばれる「運び屋」を使う方法が現段階では主流です。
ベクターにはさまざまな種類のウイルスに由来するもの(病原性はなくしています)などがあり、目的に合わせて使い分けられています。
ベクターによる遺伝子導入は、患者さんの体外(ex vivo)と体内(in vivo)のどちらで行うかで、作戦が2つに分かれます。

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治療用の遺伝子がうまく患者さんの染色体の中に組み込まれ、安定して正常なタンパク質を作れるようになれば、その細胞が生きている限り、治療効果は持続します。
病気によっては、一度で根本的な治療が可能になる、難病の患者さんや家族が待ち望んだ、夢の治療法なのです!

【遺伝子治療の概念を提唱したフリードマン博士!】

1972年、フリードマン博士は、同僚のロブラン博士とともに、遺伝子治療の分野では記念碑的存在とも言える、重要な論文を発表しました。

フリードマン博士はこの論文の中で、遺伝子治療の概念を提唱し、

  1. 遺伝子治療は、遺伝子変異が原因の先天性難病に対する将来有望な治療法!これからも研究をどんどん進めていこう!
  2. 目的の遺伝子を安全に届け、安定して機能できる可能性が高い、ウイルスベクターの重要性が増してきそう!
  3. 現段階で患者さんに応用するのは時期尚早!まずは遺伝子や病気についての理解を深めよう!
  4. 倫理的な課題についても慎重に議論し、きちんとしたガイドラインを作ろう!


と、世界に向けて呼びかけました。
72年と言えば、DNAを切り貼りして人工の遺伝子を作り出す、最初の実験が成功したまさにその年です。
そのようにして作った遺伝子を外から入れて、きちんと働くことを確認した世界初の遺伝子工学の実験は翌73年。
遺伝子工学という新しい技術の誕生を目前にして、その夢が熱く語られていた時代です(危険性の認識やそれほど簡単にはいかないことがこの後になって見えてきます)。
その時期に、遺伝子治療という究極の利用法に思い至り、かつ、冷静な視点も忘れていませんでした。
遺伝子操作の技術を人類がその手にする前に、現在に至る遺伝子治療の発展の道筋を示したのです。


基礎研究にも熱心に取り組みました。尿酸の代謝がうまく行かないレッシュ-ナイハン症候群という病気の患者さん由来の細胞に治療用の遺伝子を送り込み、代謝機能が修復されるという原理を世界で初めて証明しています。
他にも、疾患のモデル動物を使った研究なども行い、遺伝子治療の科学的な基盤づくりに貢献しました。
また、倫理問題への関心も高く、現在もなお、遺伝子治療分野のオピニオンリーダーであり続けています。まさに「遺伝子治療の父」と呼ぶにふさわしい存在です。

【期待外れの結果、失われた命...停滞の時代】

数多くの基礎研究を経て、遺伝子治療は実際の患者さんに対しても十分に効果を発揮しそうに思われました。
90年代に入ると、「機は熟した」とばかりに多くの臨床試験が実施されるようになります。しかし、ここで遺伝子治療は試練の時を迎えるのです。


1997年に発行された「Scientific American」誌上で、フリードマン博士は「世界中で遺伝子治療の臨床試験を受けた2000人を超える患者のうち、誰一人として遺伝子治療だけで健康が回復したと実証された人はいない」と書いています。
治療のための遺伝子がうまく細胞に導入されなかったり、入っても働いてくれなかったり、時間とともに効果が薄れてしまったりと、結果はイマイチぱっとしませんでした。
さらに、患者さんへの倫理面・安全面の配慮から、遺伝子治療と並行して従来通りの治療も行われていたことも、科学的な検証という意味では問題でした。
治療効果が見られたとしても、それが本当に遺伝子治療のおかげなのか判断がつかなくなっていたのです。多くの専門家が研究に行き詰まりを感じていました。
一方で、顕著な回復を見せた一部の症例だけをとりあげた報道により、遺伝子治療に対する社会の期待は過剰なまでに高まっていました。


しかし、社会の期待は、一人の男性の死によって一転、不信感に変わります。
1999年に遺伝子治療を受けた当時18歳の青年が、治療の4日後、全身の激しい炎症反応による多臓器不全で亡くなったのです。遺伝子治療の副作用であることは明白でした。
事前の安全性の確認が不十分であったこと、患者さんに対し、考えられるリスクの説明がきちんとされていなかったことなどが問題視され、他の遺伝子治療の臨床試験も多くが中止・計画の見直しを余儀なくされました。
「遺伝子治療、もうダメかも...」という空気が蔓延していました。しかし、研究者と患者さんは希望を捨てなかったのです。

【停滞を打ち破ったフィッシャー博士!】

遺伝子治療に対する社会の期待がしぼんでいた時代でも、研究者は地道な歩みを続けていました。
遺伝子治療で鍵となるのは、治療用遺伝子を細胞に運ぶベクターです。ベクターの改良は地味な仕事ではありますが、ずっとずっと続いて来ました(今も続いています)。


2000年、アラン・フィッシャー博士の研究グループが、ついに遺伝子治療の歴史の中で初めて、成功した!と言える臨床試験の結果を発表します。
同じ治療手順による成功例はその後も続きました。


フィッシャー博士らは「X連鎖重症複合型免疫不全症(X-SCID)」の遺伝子治療を行いました。
X-SCIDは、X染色体上にある遺伝子の変化が原因で、患者のほぼ全員が男児です。生まれつき免疫機能が働かないため、感染症にかかりやすく、しかも重症化しやすくなります。
早期に根本的な治療を受けなければ、乳児期に亡くなってしまいます。


フィッシャー博士は過去の失敗例に学び、使用するベクターや臨床試験の細かな実施方法(対象とする患者さんの条件、ベクターの投与量・投与方法など)を慎重に検討しました。
そして、下記のような作戦を立てます。

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まず、患者さんの骨髄の中にある、免疫細胞のもとになる細胞を取り出します。そして、「レトロウイルス」と呼ばれるウイルスをベクターとして、治療用遺伝子を導入し、その細胞を再び患者さんの身体に戻します。
レトロウイルスを使うのは、染色体の中に治療用遺伝子を組み込むことができ、長期間安定して遺伝子が働ける可能性が高いからです。さらに遺伝子導入した細胞が分裂をしても、新しくできた細胞に受け継がれていきます。
この疾患では骨髄移植や臍帯血幹細胞移植が治療方法としてありますが、遺伝子治療では移植された細胞が受け手となった患者さんの臓器を攻撃する「移植片対宿主病」の心配がない分、うまくいけばより安全な治療法になりえます。


結果は驚くべきものでした。移植を受けた2人の赤ちゃんは、どちらにも目立った副作用は見られず、症状は改善されていました。
治療から2年経っても、免疫系は正常に機能しており、重大な感染症にもかかりませんでした。
遺伝子治療に関わる多くの研究者、患者さんがこの結果に勇気づけられ、希望を取り戻したのです。


もちろん、何もかもが上手くいったわけではありません。その後同じ治療を受けた何人かの患者さんに白血病の副作用が見られたのです。
しかし、フィッシャー博士らは原因を調べて実施方法を改善し、「X-SCIDの遺伝子治療は従来の治療法と同じくらい効果があり、より安全である」という結論に至りました。
これまで、どうも説得力に欠けていた遺伝子治療の臨床効果を、初めて科学的に実証することに成功したのです。
X-SCIDに対する遺伝子治療は、より副作用が起こりにくい方法を求め、現在も研究が重ねられています。


現在では、先天性黒内障や代謝異常症、副腎白質ジストロフィーなど、遺伝子変異が原因の先天性疾患のほか、一部のがんなど、後天的な疾患にも遺伝子治療が適用され、多くの人を救っています。
また、数年前には先天性の代謝疾患に対する治療用遺伝子を入れたベクターが薬として欧州で認可されました。遺伝子治療は低迷期を経て、展開・普及期に入りつつあるのです。
ノーベル賞にふさわしい、偉大な業績だと思いませんか?


そして、その裏には、命をかけて実験的な治療に挑んだ勇敢な患者さんや、臨床試験の実施を求めて必死の活動を行ったご家族がいたことも、忘れずにいたいと思います。


次回もまた、どんな素晴らしい研究が登場するか、科学コミュニケーターの予想を楽しみにお待ち下さい!

【参考文献】
●日経サイエンス 1997年9月号「遺伝子治療の夢と現実」
→Scientific Americanの日本版。フリードマン博士が寄稿しています。

●リッキー・ルイス著 西田美緒子訳 「永久に治る」ことは可能か?難病の完治に挑む遺伝子治療の最前線 2015年 白揚社
→遺伝子治療をめぐる人々のドラマ。未来館の展示タイトルである「ともに進める医療」を心の底から実感。

2016年ノーベル賞を予想する
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