2016年ノーベル化学賞を予想する③ 薬よ、届け!細胞よ、結集せよ!

このエントリーをはてなブックマークに追加


こんにちは!科学コミュニケーターの伊藤です。

浜口の生理学・医学賞の予想に引き続き、化学賞の予想、第3弾!早速予想します!

私の予想は、体内の患部に薬を届ける画期的な方法を開発したり、細胞から移植用の臓器や組織をつくりあげる手法を提唱したりしたこちらの方です!!!!

 


ドラッグデリバリーシステムへの貢献と組織工学の提唱


ランガー博士_ブログ用1.jpg


アメリカの化学工学者、ロバート・ランガー(Robert S. Langer)博士
1948年生まれ
マサチューセッツ工科大学所属
写真提供:Langer Lab.



ランガー博士が開発したのは、薬や医療に使う細胞などに「化学の工夫」を添えることによって、格段に使いやすくしたり実現可能なものにしたりする手法です。



その1つが「ドラッグデリバリーシステム」(DDS: 薬物送達システム)。薬がいっぺんに溶け出さずに、体内で長期間にわたってじわじわと安定的に溶け出していくようにしました。現在、この手法はがんや糖尿病などの治療に大きく役立っています。



さらに博士は「組織工学」という全く新しい技術を提唱・開発した方でもあります。この技術は再生医療などで必要な移植用の臓器や組織を作りだす技術です。細胞と人工の材料を組み合わせることで「生きた組織」を体の外でつくりだそうという、この画期的な概念を20年も前に提唱しました。



博士は今までに1,250以上の論文の執筆に関わり、企業の設立なども積極的に行いました。科学者自らが研究成果を社会に広めていく。博士の研究成果だけではなく、こうした姿勢も評価され、これまでに220以上の受賞歴があります。



そんな博士が開発した新しいDDSと組織工学とは一体どんなものなのでしょうか。詳しく見ていきましょう。



<ドラッグデリバリーシステムへの貢献>

病気になったときに飲む薬。実はこの薬を体内の患部まで届かせるには大変な技術が必要です。腸で働いてほしい薬であれば、口の中や食道で吸収されては困りますし、胃で分解されても困ります。注射の場合も同じです。がんに効く薬であれば、がんのあるところまで行かなくてはなりませんし、がん以外の場所では働かずに素通りするのが理想です。



しかし、身体の中では薬を「悪いやつ」と勘違いして患部まで届かせないようにしてしまうのです。さながら、薬をやっつけようと兵士が待ち受けていたり、落とし穴が身体のあちこちにあるようなイメージでしょうか。薬が患部に届くためには、こうしたいくつもの「関門」を突破せねばなりません。


fig1.png

体の中はまさに迷路。しかも途中には落とし穴や兵士みたいなものがいて、
薬を患部に届かせないようにしている。




こうした「関門」を突破し、効率的に患部へ薬を送り届ける方法として「ドラッグデリバリーシステム (以下DDS)」という技術があります。このDDSとは薬が体内に入ってから患部に届くまで、その薬の量や体内のある場所にとどまる時間などをコントロールする技術をさします。



そんなDDSにおいてランガー博士は、当時不可能と言われていたタンパク質などの巨大分子を安定的に長期間にわたって放出する手法(徐放化技術)を開発することに成功したのです。これが今からちょうど40年前の出来事です。



当時、ランガー博士はジューダ・フォークマン博士の元で研究を行っていました。研究のテーマはがんの成長を促す血管を作らせない方法を考えること。がんは自分に栄養を届けるため、新しい血管を作らせることが知られていました。その血管ができるのを阻止できれば、がんを兵糧攻めにでき、死滅させることが可能となるわけです。しかし、あくまでこれは理論上の話であり、誰も解決の糸口を見つけることすらできていませんでした。



そこでランガー博士が考えついたのが新しい血管を作らせない薬(血管新生阻害剤)を「小さなプラスチックのカプセルに入れる」ということでした。体内に入っても害のない有機溶媒と薬を-80℃という超低温で溶かした後、ゆっくりと乾燥させることで、薬の入った小さな小さなカプセルを作る手法を開発しました。



このカプセルの内部は非常に複雑な構造をしていて、さながらロールプレイングゲームのダンジョンのようです。カプセル内部には薬の入る空間がたくさんあり、それが互いに狭く曲がりくねった通路でつながっています。薬は通路を通ってカプセルの外へ(つまり患者の体内へ)出て行くのですが、狭く曲がりくねった通路のせいで出るまでに長い時間を必要とします。結果、薬は長い時間をかけて、ゆっくりと溶け出していくのです。


fig2.png

空間と空間は狭く曲がりくねった通路でつながっている。薬はその通路を通るのに時間がかかるので、ゆっくりと体内へ溶け出していく。



この技術が開発されたことで、今では様々な種類のがん、糖尿病、統合失調症、アルコール依存症、眼疾患など幅広い分野で治療に利用されています。



さらに、博士はこのDDSにおいて他の新しい方法も試そうとしています。例えば、体外からスイッチを入れることで薬を放出できる体内埋め込み型マイクロチップや、がん細胞のまわりにある特徴的な血管の性質に合わせて、カプセルの大きさを100ナノサイズ(1ナノメートル=1.0×10-6 mm)に調整し、内部に抗がん剤を封入した新しい治療薬などが臨床試験中であり、博士の研究は留まることを知らないのです。



<組織工学の開発>

ランガー博士のもう一つの功績は、細胞と人工的な材料を組み合わせることで「生きた組織をつくりだす」という新しい分野を開発したことです。この技術を「組織工学」といいます。



病気やケガなどで臓器や組織が十分に働かなくなった方は多く、臓器や組織の移植ができれば助かる命も多いです。ですが、つねに提供者不足の状態です。埋め込み型の人工心臓などの開発は進んでいますが、肝臓や腎臓などは人工物で代替できるメドは立っていません。



ランガー博士の提唱する組織工学とは細胞と人工物を上手く組み合わせることで、「生きた組織・臓器」をつくろうという画期的な手法です。



博士のアイデアでユニークなのは、細胞が育つための「足場」をつくろうという点。細胞を培養して複雑な形をした立体構造をつくるのは非常に難しいのですが、ならば、最初から立体的にした人工の足場に細胞をまいてしまおうという逆転の発想です。足場の素材を体内で分解されるプラスチックにすれば、いずれは溶けてなくなり、細胞だけでできた組織になります。


fig3.png

たとえば、血管の構造と同じようなチューブ状の「足場」に「細胞」を置くことで
血管を作ることができる




ちょっとここで皆さんにイメージをしてもらいましょう。



例えば、あなたが肝臓病となり余命が半年だと言われたとします。肝臓は、脂肪の消化に必要な胆汁の生成、栄養素の貯蔵、有害物質の分解など500を超える様々な機能を担った働き者の臓器です。



そんな働き者の肝臓を悪くしてしまったあなた。その状態から根本的に回復するには、肝臓を移植するしかありません。しかし、現在の日本では平均で約1年4ヵ月も待たねばなりません(参考:日本臓器移植ネットワークのサイト)。余命が半年ほどと言われたあなたにはその順番を待つことはかなり難しいことでしょう。



この例えは少し極端かもしれませんが、こうした方々は日本だけではなく、世界中にも大勢います。そんな人々がドナー(臓器提供者)を待たずにすむよう、移植用の臓器を細胞から作ろうという組織工学は、今や世界中で研究が進められています。



この手法による鼻や耳、肋骨などの代替軟骨はすでに患者さんに移植されていますし、培養でできた皮膚の移植は大やけどを負った患者さんへの治療法として承認されています。さらには体にとって重要な神経がたくさん通っている脊髄の修復に関しても臨床試験の真っ最中です。



現在のところ、肝臓のように大きくて複雑な臓器をつくるまでには至っていません。しかし、周辺技術の進歩もあり、研究は急ピッチで進んでいます。




<多大な功績の影には・・・>

ランガー博士による医学、工学、薬学の分野への多大なる貢献は、これまでの受賞歴が物語っています。それだけ博士の功績が世の中に認められているということができると思います。


fig4.png

輝かしい受賞の数々。残すはノーベル化学賞!といったところでしょうか




そんなランガー博士ですが、彼についておもしろいデータとエピソードを見つけました。それは彼の研究における生産性、つまり博士の名前が入った投稿論文数を年ごとに積算したものです。


fig5.png

1986年を境に年間の平均投稿論文数が劇的に増えている。
この原因はいったい??
(ランガー研究室のサイトにあるデータに基づく)




そのデータについて、博士の元にいた学生や研究員たちがある部分に注目しました。それは1986年です。1986年を境に投稿論文数がさらに増えています。つまり生産性が上がったことを意味しています。これについて、博士の元にいた研究員は次のように結論づけています。


「この年に博士は奥様と出会ったから」



実際のところ、博士が奥様のために研究をしていたわけではないのでしょうが、人生の伴侶と出会ってからご自分の研究の生産性が一段と上がったというのは何とも可愛らしいエピソードではないでしょうか。



数々の新しい技術を生み出し続けてきたランガー博士。ひょっとしたら皆さんもその恩恵に預かっているのかもしれません。ぜひランガー博士が生み出した新しいDDS、そして組織工学に注目してみてくださいね。




※参考文献・・・京都賞受賞者記念講演録「ある若き化学工学者の夢と奮闘
http://www.kyotoprize.org/laureates/robert_samuel_langer/


2016年ノーベル賞を予想する
生理学・医学賞①その1 アレルギー反応機構の解明~IgEの発見編
生理学・医学賞①その2 アレルギー反応機構の解明~制御性T細胞編
生理学・医学賞② 小胞体ストレス応答のしくみを解明
生理学・医学賞③ 先天性難病 根治の可能性を拓く!遺伝子治療
物理学賞① アト秒で切りひらく電子の世界
物理学賞② 移動するのは「情報」!量子テレポーテーション!
物理学賞③  アインシュタイン最後の宿題!重力波の直接観測
化学賞① 分子が分子をつくる!
化学賞② 一条の光できれいな世界を
化学賞③ 薬よ、届け!細胞よ、結集せよ!(この記事)

※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

コメントを残す