「基準値」ってなんだ?

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こんにちは!梶井です!

ここ最近、「基準値が~」という話を良く耳にしているかと思います。

しかしですよ!



そもそも、基準値ってなんだ?



私も、「それを守っていれば安全な値」くらいに思って深く考えていませんでした。 化学に携わっていた、そして化学を伝える立場として反省です。

今回は、環境基準について一緒に考えましょう!


まず、現在の環境基準は「環境基本法」に基づいて定められます(ダイオキシン類に対しては、ダイオキシン類対策特別措置法)。その16条の第1項は、以下の通りです。


政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。


つまり、ヒト(を含めた生態系)が健全に生活をし続けられることを目的とした値です。


※環境基準は、行政上の目標なので破っても罰はありません。しかし、環境基準を維持するために、個々の事業所や車などの発生源に対して「規制基準」が定められています。さらに、地方自治体は、それぞれの地域の特性に合わせてより厳しい規制(上乗せ規制)を行うことができます。



けど、具体的な数値や設定方法については環境基本法では一切触れていません。 私見ですが、以下のような理由から、基準を設定する議論があまりにも複雑になるためだと考えられます。



① 化学物質によって性質が違うため。

例えば、ベンゼンとフェノールという、形が良く似ている化学物質の見た目、水に溶ける量、発がん性を、以下の表にまとめました。

20161011_kajii_1.png ※ IARC: 国際がん研究機関


上のように、ベンゼンは、6つの炭素原子(C)が作る正六角形の頂点に水素原子(H)が1個ずつ付いたものです。水素が一つだけOH (水酸基、ヒドロキシ基)に置き換わったものが、右側のフェノールです。

たったこれだけの違いなのに、驚くほど性質が違います。そして、議論しなくてはいけない項目は、上の表の項目だけではありません。

なので、問題となる化学物質一つ一つに対して多くの議論が行わなければならないのです。


そして、同じ化学物質でも状況によって扱い方が変わります!

例えば、大気中に放出されたベンゼンは、ヒドロキシラジカルによって分解され、6.7~13.4日で半分の濃度になっていくと推測されています。しかし、土壌中や水中では、どれくらいのペースで微生物によって分解されるのか、大気中に放出されるのかなどを考えなくてはならず、一層議論が複雑化します。


20161011_kajii_2.jpg ↑議論の流れの例


② 時代や場所によって、科学的事実や人の考え方が変わり得るため。


こ れ は と て も 重 要 で す !



例えば、無害だと思われていた化学物質も、有害であることが後から判明することもあります(逆も然り)。
事故などをきっかけにして「基準値以下ならば本当に安全なのだろうか・・・子どもや赤ちゃんには?」と不安を覚える人が多くなることもあるでしょう。

なので、環境基準は、新しい情報が反映され、基準値の根拠を添えるなど、不安に答えられるものであることが理想です。


例として、大気中のベンゼンの基準値について考えてみましょう。


ベンゼンは、発がん性(急性骨髄性白血病など)といったヒトへの危険性が報告されています。

ごく微量でも発がん性があると考えられているため、どの程度の量までならさらされても大丈夫という値(閾値)が設けられていません。

しかし、ベンゼンは、車の排ガスやタバコの煙からも発生しています。大気中のベンゼンを失くすことは不可能です。どうすれば良いのでしょう?

このような閾値がなく、排出を抑制できない化学物質に対しては、実質安全量という考え方が用いられます。

実質安全量(VSD: Virtually Safety Dose)とは、ある化学物質の影響をほぼ無視できると考えられる量のことです。

発がん物質に対しては、一生涯(現在だと70年)さらされ続けた際に、その物質の影響のみによる発ガン確率が10-5増加する量として設定されることが多いようです。


つまり、70年間で10万人に1人がガンになる程度ならば実質的に安全とみなすという考え方です。


この考えに基づき、ベンゼンを使用していた海外の工場における事故に関する研究などを参考にして、3 μg/m3 以下という環境基準が算出されたのです。

この基準達成に向けた努力の結果、2015年の東京都の一般環境におけるベンゼン濃度の1年間の平均値は、1.1 μg/m3 となっています。

20161011_kajii_3.jpg

※ 東京都環境局のHPより https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/air/air_pollution/hazardous_contaminant/monitoring_study.html


さて、いきなり3 μg/m3以下と言われて、イメージできますか?

こういう時に役に立つ手法をお教えいたします!


身近な単位に変えてみる!!!


するとどうなるでしょうか。以下に例を示してみます。

(液体のベンゼン) 3.4 L/km3
500 mLペットボトル約7本分の液体のベンゼンが、全部気体になって1 km×1 km×1 kmの空間にあるイメージ。

(液体のベンゼン) 4.2 mL/東京ドーム
  小さじ1杯(5 mL)よりちょっと少ない液体ベンゼンが、全部気体になって東京ドーム(124万m3)にあるイメージ。

(気体のベンゼン) 約1 ppb
  空気中の約10億個の原子・分子のうち1個の割合でベンゼンが混ざっているイメージ。

※高校化学を学ばれた方へ
ベンゼンの分子量: 78 g/mol、液体ベンゼンの比重: 0.88 g/mL、気体: 22.4 L/mol としてごく簡単に計算しています。 高校化学は、さほど厳格でない身近な化学を扱う際に有用ですので、たまに思い出してみると便利です。

いかがでしょうか。大気中のベンゼンの環境基準の決められ方や、その値が持つ意味、量のイメージが少し分かっただけで、今までとは違う感想が生まれたのではないでしょうか。


「それっぽっちしか入ってないなら大丈夫な気がする。」


「いや、たったこれだけで人体に影響を及ぼし得るの!?」


「70年間さらされ続けて10万人に1人なら良いかな。」


「いや、100万人に1人くらいにもっと厳しくしないと不安だ!」


「そんな少ないものを分析できる技術があるってすごい!」



人によって捉え方はいろいろでしょうし、まだまだたくさんの意見があると思います。

ですが、今回のように"知ろうとする"ことが第一歩です。

科学技術が進歩し、情報が溢れ続けている現在、本質を知り、結果を判断する能力が求められています。

そして、伝える側も、その値がどのような意味を持っているのかを歪めずに伝えることが重要でしょう。