本当に大丈夫?私たちのリスク判断

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こんにちは。科学コミュニケーターの梶井です。




私は以前、環境基準に関する記事を書きました。
http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20161011post-705.html
基準値のもつ意味を知ることが、社会的合意を形成するために重要だと考えたからです。




しかし、今回の豊洲市場の問題()では、それ以外の問題も私たちの判断に大きく影響しているように思いました。



第9回の地下水モニタリング調査の結果が、2017年1月14日の「第4回 豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議」で公表されました。基準を超えるベンゼン、シアン、ヒ素が検出され、ベンゼンに関しては最大で基準値の79倍でした。これまでの値と大幅に異なり、そうなった原因も不明のため、再調査が行われるまでの暫定値という扱いになりました。
(地下水モニタリング調査の第7回までの結果では基準値を下回っていましたが、第8回では基準値の最大1.9倍のベンゼンと1.4倍となるヒ素が検出されました)。





社会的な合意を形成するには、科学的判断が必要となることもあります。豊洲市場問題はさまざまな論点がありますが、最も重要な切り口の1つは「安全」でしょう。まずは、「安全とは何か?」ということを紐解きながら考えてみます。



まず「安全」の定義です。いろんな考え方があるでしょうが、ここでは、以前、科学コミュニケーター谷が執筆した記事 で用いられたものを引用します。

20170130_kajii_01.png

これ基づくと、安全を考える上では、「リスク」を考えることが欠かせないことが分かります。

では、「リスク」とは何でしょうか? この単語にもいくつか定義はありますが、よく用いられるものを以下に挙げます。


リスク = 起こりうる確率 ✕ 影響の大きさ


例えば次のようなお肉がある場合、皆さんは食べますか?

20170130_kajii_02.jpg


「賞味期限≠消費期限」「火を良く通せば大丈夫かな?」「大事な会議の前だからやめておこう」「夏だからやめておこう」「買い直すとお金がかかるから食べよう」

同じ現象なのに、食べる人もいれば食べない人もいると思います。 それぞれの知識、経験、状況があり、個人が何を大切にしたいかによってリスクの評価が変わり、どこまで受け入れられるか(=安全かどうかの判断)も、個人で異なるでしょう。


さらに、ハーバード大学のリスク解析センター は2003年の報告書 で、人々が感じるリスクの強さに影響する要因を10項目、挙げています。



① Dread 恐怖心


② Control 制御可能性


③ Is the risk natural or is it human-made?
  リスク因子が自然物か人工物か


④ Choice 選択可能性


⑤ Children 子供にリスクがかかるか


⑥ Is the risk new? 新しいタイプのリスク


⑦ Awareness 認知度


⑧ Can it happen to me? 自分に起こるか


⑨ The Risk-Benefit tradeoff リスクとベネフィットのバランス


⑩ Trust 信頼


皆さんは、これらの要因が豊洲市場問題にどの程度影響を与えていると思いますか?また、自分なりのリスク判断ではどのくらい影響を受けたと感じましたか?


今回は、⑩の「信頼」が非常に大きく関わっていることが特徴でしょう。

もともと当事者の多くが納得した形での合意がうまくとられていない問題であったにも関わらず、「今までと大幅に違う値が出た」という結果になっては、信頼できなくなる(=リスクを強く感じる)のは当然です。

小池百合子 都知事の「科学的データ、判断」というキーワードも、専門家会議の平田建正 座長の「移転ありきの議論をしているわけではない」というコメントも、市民に届きにくい状況になっているのかもしれません。

失った信頼を回復することは容易なことではありません。 なぜこれまでと大きく異なる値になったのか、その原因の究明と正確な情報の提供をして、信頼の回復に努めて欲しいと願うばかりです。


また今回、各メディアの報道を通して関係者の怒りや不安をヒシヒシと感じました。同時に、あらためて報道の力を知りました。
その一方で、基準値がどういう意味を持つものなのかをきちんと伝えているメディアがあまり多くないようにも思いました。

長く続く一連の騒動で市民のリスクへのリテラシーが向上したと考え、省略しているのでしょうか?

化学物質の危険性よりも、政治的な問題であると判断して省略しているのでしょうか?

その基準がどのような意味を持つのかという本質が伝わっていなければ、今回のように科学的な合理性を求められる合意がうまく形成できるとは到底思えません。


メディアの報道は、リスクを強く感じさせる要因の「⑦認知度」に直結します。
政治的リスクばかりでなく、科学的リスクの本質を伝える報道がもっと多くても良いのではないかと考えます。

公開されている今回の専門家会議の映像 を見ても、メディアの報道を見ても、どこか市民が置き去りにされ始めた気がします。


繰り返しますが、今回の値は暫定値です。
信頼度の高い再調査の結果が公表された後、その数値をどう受け止めるのか、そして社会的合意に向けてどんな対話をするのかが重要になるはずです。


私たちも受け身ではなく、現代にふさわしい安全リテラシーを身につけて臨むことが求められているかもしれません。

そのためにも、今回紹介したハーバード大学リスク解析センターのレポートのようなものを参考に、私たちがそもそも何を守りたいのか、それに対するリスクを正しく判断できているか、客観的に見直してみることは有用ではないでしょうか。



編集注:「繰り返しますが、今回の値は暫定値です。......どんな対話をするのかが重要になるはずです。」内の文章を一部修正いたしました。「第9回目の調査の精度、もしくはこれまでの調査そのものの精度に問題があるというように読める」とのご指摘を頂戴したためです。今回の値を暫定値にした理由は、何が起こったか説明がつかない事態を、総合的に判断する信頼度の高い再調査が必要となったためです。 (2017/2/8 17:00 梶井宏樹)


【参考文献、関連記事】

・本文で紹介したハーバード大学リスク解析センターの報告書 https://cdn1.sph.harvard.edu/wp-content/uploads/sites/1273/2013/06/RISK_IN_PERSP_JUNE2003.pdf

・佐藤健太郎. 『「ゼロリスク社会」の罠 怖いが判断を狂わせる』. 光文社. 2012.

・村上道夫ら. 『基準値のからくり 安全はこうして数字になった』. 講談社. 2014. →基準値に関する問題が溢れている今だからこそ、一読をお勧めする一冊です。

・豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議のホームページ。会議の映像やモニタリング結果など、生の情報を見ることができます。 http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/expert/

・以下は、本文でも登場した科学コミュニケーター谷が現代のリスクとの向き合い方に関して執筆した記事です。

「想定外」と言わないための、リスクとの向き合い方 =本編= http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160325st.html

ダメージ=ハザード×(曝露×脆弱性) =詳細補足①= http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160325post-661.html

ダメージの「大きさ」と「発生可能性」を見える化 =詳細補足②= http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160325post-662.html

安全とは? =詳細補足③=  http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160325post-663.html

科学的な整理と、価値観を踏まえた合意形成 =詳細補足④= http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160325post-664.html

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この記事への2件のフィードバック

>繰り返しますが、今回の値は暫定値です。
>精度の高い再調査の結果が公表された後、その数値をどう受け止めるのか、そして社会的合意に向けてどんな対話をするのかが重要になるはずです。

何かとても非科学的なことを書かれているように思います。
あなたの記事を見ると、「第9回の計測は精度の低いものだったから、専門家会議は再調査することになった」となりますが、本当ですか?
もし第9回の計測に問題がある(精度の低い計測だった)とするなら、ほぼ同様の手順で行っている第1〜8回までの計測も精度の低いものだったということになってしまいます。
実験や計測で異常な数値が出た場合、再度同様の実験や計測を行うのが一般的ですが、それは最初の実験や計測の精度が低かったからではなく、異常な数値が出たから行うのです。
「精度の高い再調査」と書くことによって、読者に「第9回の計測はこれまでの計測と比べて精度の低いものだった」という予断を与えてしまい、無用の混乱を招くことになると思います。
もちろん、実験のことをよく知っているなら、ああ、この記事は変なことを書いてるなとすぐにわかりますが、何も知らない人が読むことも念頭に置かれた方がよいと思いますが、いかがでしょうか。

下北沢様

初めまして。科学コミュニケーターの梶井です。
コメントありがとうございます。

>あなたの記事を見ると、「第9回の計測は精度の低いものだったから、専門家会議は再調査することになった」となりますが、本当ですか?

そのような意図はございません。誤解を招き申し訳ございませんでした。

>もし第9回の計測に問題がある(精度の低い計測だった)とするなら、ほぼ同様の手順で行っている第1〜8回までの計測も精度の低いものだったということになってしまいます。

おっしゃるように、定められた測定方法で測定が行われているはずなので、誤りがない限り測定自体も同程度の精度になるはずです。しかし、実際には値が大きくずれてしまいました。

本記事の最初の方に、「これまでの値と大幅に異なり、そうなった原因も不明のため、再調査が行われるまでの暫定値という扱いになりました。」と書きましたが、再調査は何が起こったかを明らかにするためのものだと理解しております。

「第9回目の測定に問題があったのか?」
「それまでの測定に問題があったのか?」
「人為的誤差が介入したのか?」
「地下でなにかが起こったのか?」

などの総合的な判断をするためのより厳密な調査という意味で、「精度の高い再調査」という表現を用いました。正しくは、「信頼度の高い再調査」でした。

書き方が悪かったと反省しております。
表現を訂正させていただきます。

ご指摘ありがとうございました。

梶井

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