2017年ノーベル生理学・医学賞を予想する①
コレステロール低下薬 スタチンの発見

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こんにちは。科学コミュニケーターの浜口です。今年も未来館のノーベル賞イベントで生理学・医学賞を担当します。


私が今年皆さんに紹介したい、ノーベル賞にふさわしい研究は、


心臓・脳血管疾患から現代人を救う!
コレステロール低下薬「スタチン」の発見


遠藤 章博士
1933年生まれ。東京農工大学名誉教授(写真提供:株式会社 バイオファーム研究所)170910_hamaguchi_06.jpg


「スタチン」とは、脂質異常症(高脂血症とも呼ばれます)の治療に使われる薬です。体内でコレステロールをつくる反応に関わる酵素の働きを抑えて、血中のコレステロール値を低下させる作用を持つ薬をまとめてこう呼びます。良い薬は世の中にたくさんあるのに、なぜこの「スタチン」がそんなに特別なのか、さっそく見ていきましょう!

1. コレステロールが高いと何故いけないの?


健康診断で「血中コレステロールが高い」と言われて、ドキッとした経験のある方も多いのではないでしょうか。コレステロールは、中性脂肪などと同じ「脂質」の仲間。生体膜の成分として、また、胆汁やステロイドホルモンなどの身体にとって重要な物質の材料として、私たちが生きるためになくてはならない物質です。私たちは必要なコレステロールを、毎日の食事から取り入れたり、体内で合成したりしてまかなっています。「そんな大事な物質なら、身体にたっぷりある方がいいじゃない...」と思われるかも知れませんが、過剰なコレステロールは健康によくありません。特に、血液中のLDLコレステロール値が高い状態が続くと、動脈の壁が硬くなり、内側に脂質の塊がこびりついて血流を悪くする「動脈硬化」が起こります。症状は知らず知らずのうちに進み、やがては心臓血管疾患や脳血管疾患などの命にかかわる深刻な病気にもつながります。動脈硬化が「サイレント・キラー」と呼ばれ、恐れられるのはそのためです。


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コレステロールが少し高め程度なら、食事や生活習慣を見直すことで改善も可能でしょう。しかし、それだけではコントロールが難しかったり、糖尿病や腎臓病など別の病気も併発していたりする場合には、薬による治療が必要になります。


2.スタチンのどこがすごいの?


その答えは、「すごくよく効く」。この一言に尽きます。血中コレステロールを下げる薬は、スタチン以外にもいろいろありますが、その中でも、スタチンは特別な存在です。170910_hamaguchi_02.JPG


ここで注目して欲しいのは、体内でのコレステロール合成に直接働きかけている薬は、スタチンだけ、ということ。実は、食事などで外から取り入れるコレステロールは必要量の2~3割しかありません。残りの7~8割は、体内で作り出しています。ということは、体内での合成経路にアプローチすることで、効果的にコレステロール値を下げられるのでは...? スタチン発見に至った、遠藤先生の研究の着眼点もそこにありました。実際、表に挙げた薬の中で、動脈硬化の原因となるLDLコレステロールの値を最も効果的に下げるのは、スタチンです。


体内で、コレステロールはいくつもの化学反応が積み重なってつくられます。170910_hamaguchi_03.JPG


「HMG-CoA還元酵素」は、コレステロール合成全体の進行スピードを調整する要です。スタチンはこの酵素の働きを抑えることによって、おもに肝臓でつくられるコレステロールの量を劇的に減らします。すると、肝臓は「あれ?コレステロールが足りないぞ?」ということで、血液中からLDLコレステロールを積極的に取り込んで不足分を補おうとします。結果、血中LDLコレステロール値が低下し、動脈硬化、そしてそれに関連する重大な病気を防ぐことができるのです。


過去に行われた大規模な臨床試験の結果、スタチンはLDLコレステロール値を25〜35%低下させ、心臓血管疾患の発症率を25〜30%低下させました。さらに、心臓発作による死亡率を20〜40%減少させたとの報告もあり、忍び寄る「サイレント・キラー」から多くの人の命を救っていることがわかります。もし、みなさんが脂質異常症と診断され、投薬治療を受けるとしたら、主治医は真っ先にスタチンの処方を検討するでしょう。現在、世界で3,000万人以上の人が毎日スタチンを飲んでいるそうです。脂っこい食事に運動不足...多くの現代人が、動脈硬化によるリスクと隣り合わせの生活を送っています。非常に優れた治療効果を発揮し、時代のニーズにもぴったり合ったスタチンは、「心臓血管系疾患の予防と治療に革命をもたらした」「世界で一番売れている薬」と評されるようになりました。


3.発見者の遠藤先生もすごい!


現在、少しずつ化学的構造の違う、様々な種類のスタチンが国内外の製薬会社から発売されています。


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これらの「スタチン・ファミリー」の元祖となったのが、世界で最初に遠藤先生がその薬効を見出した「コンパクチン(メバスタチン)」でした。170910_hamaguchi_04.JPG


日本の製薬会社の研究員だった遠藤先生が、体内でのコレステロール合成を抑える物質を探し出す研究を開始したのは1971年のこと。医薬品の成分となる化合物の中には、微生物から発見されたものがたくさんあります。遠藤先生は、まるで宝探しのように、カビやキノコが作り出す物質を洗いざらい調べました。調べたカビ・キノコはなんと6000株!そしてついに、青カビの一種から「コンパクチン」を発見します。目当ての作用を持つ物質が本当に見つかるのか、仮に見つかったとして、薬として開発していけるのかもわからない中で、地道な研究を重ねていったことが大きな発見につながりました。


なぜ、遠藤先生はコレステロールに目をつけたのか?―そこには、アメリカ留学時の経験がありました。遠藤先生はアメリカ人の食生活、肥満と心臓病の多さに衝撃を受け、「コレステロールを効果的に下げる新しい薬を研究して、独自のジャンルを切り開こう」と決意します。時は60年代後半、日本は経済成長で生活が豊かになっていく途中にありました。当時の一般的な日本人には「コレステロール」という言葉すらピンとこなかったと思います。しかし、若き日の遠藤先生の目には、「飽食の時代」を迎え、肥満や生活習慣病に悩む数十年後の日本や、その他先進国の姿が見えていたのかもしれません。


コンパクチンは臨床試験(患者さんに投与して、有効性や安全性を調べる試験)まで進んだものの、薬としての開発は中止されてしまいました。安全性への懸念を払拭できなかったこと、さらに別の有望な化合物が見つかったことなどが理由だと言われています。しかし、スタチン自体が医薬品開発の世界から消えることはなく、1987年に別の製薬会社が「ロバスタチン」を、その後も世界中の製薬会社が様々なスタチン製剤を発売しました。


コレステロール低下薬の重要性をいち早く見抜いた先見の明と、地道な研究の積み重ねで「スタチン」という医薬品の新しいジャンルをうちたてた遠藤先生。元祖スタチン「コンパクチン」は製品化されませんでしたが、医学の分野には非常に大きなインパクトをもたらしました。

「ロバスタチン」が世界で最初にアメリカで発売されてから、今年でちょうど30年。この節目の年に、遠藤先生がノーベル生理学・医学賞を受賞される可能性は十分に(!!)あると思います。


今後も引き続き、ノーベル賞にふさわしい、素晴らしい研究を科学コミュニケーターがブログでご紹介していきます。どうぞお楽しみに!


■2017年3月に遠藤先生がガードナー国際賞を受賞された際、科学コミュニケーターの西岡が先生に直接取材し、ブログ記事を書いています。こちらもどうぞご覧ください。


2017年ノーベル賞を予想する
生理学・医学賞① コレステロール低下薬 スタチンの発見(この記事)
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