2017年ノーベル化学賞を予想する②
物質最小の動きを見る

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こんにちは!科学コミュニケーターの鈴木です。
化学賞の予想、第2弾!さっそく予想します!

私の予想は、世界で初めて「1つの分子の動き」の動画撮影に成功した、東京大学の中村栄一先生です!分子とは、物質の最も小さい粒です。つまり、中村博士は物質の最小の動きを撮影したのです!


世界で初めて「1つの分子の動き」を動画撮影することに成功


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中村 栄一(なかむら えいいち)博士(1951年生まれ)
東京大学 名誉教授
写真提供:中村 栄一 博士(撮影:望月公紀氏)




空気や水、プラスチックの原料や医薬品、動植物や細菌が持つ物質、有機ELなどの電子機器の材料、これらはすべて分子からできています。研究開発を通して新しい物質をつくったとき、どんな分子ができあがったか確かめる作業は大学の研究室でも企業の研究でも必ず行います。

その分子の動きを見るというのはどのくらいすごいことなのでしょう?



■1.電子顕微鏡を使った「1分子の動き」の動画撮影

分子1個1個が見える世界は1mmの約1000万分の1のサイズの世界です。
分子とミカンの大きさの比はおおよそミカンと地球の大きさの比にあたります。1つの分子を見るということは宇宙から地球の上にあるミカンを見ようとするようなものです。


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分子の大きさは様々なので大体の目安です。
※ 地球の画像はNASA(URL, Image Credit: NOAA/NASA, Last Updated: Aug. 22, 2017, Editor: Sarah Loff)、ミカンはPublicDomainPictures.net(URL, George Hodan)からお借りしました。




分子は原子というさらに小さい粒がつなぎ合わさってできています。原子というお団子が串でつながれているイメージです。

なので、串を軸にして風車のようにグルグル回すこともできます。
この、グルグル回るという動きは教科書で当たり前のように書かれていますが、誰も直接見ることはできませんでした。
なぜなら、小さすぎるからです。

そこで中村博士が注目したのは透過型電子顕微鏡という顕微鏡です。
この顕微鏡は、なんと、原子1個1個を見ることができます。
「じゃあこれを使えば見えるじゃん!」と思われるかもしれませんが、そう簡単にはいきません。
動いている分子を見たいのですが、分子1個1個を動ける状態にしておくとすぐにどこかへ飛んでいってしまいます。

そこで中村博士は次の方法を考えました。
「炭素でできた細いチューブを使って、釣り針やウナギ筒のようにして分子を釣り上げれば電子顕微鏡で観察できるのでは?」
このようにして中村博士は「1つの分子の動きを見る」という教科書を書き換える/書き足すような発見にたどり着きました(参考文献1)。


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分子を適度に固定することで1つの分子の動きを見ることができ、
反応して別の分子に変化するところも見ることができました。


この動画は中村博士の研究を紹介している動画です。
24:57頃から電子顕微鏡で見える分子の動きの映像が流れます。



中村博士はこの技術がさまざまなことに利用できると考えています。
医薬品の開発や、動植物や細菌がもつ物質の研究などでは分子の形を見ることがきわめて重要になっています。
特定の病気に効く薬はどのような形なのか、生物が持つたくさんの物質の中で特殊な効果を持つ物質はどれか、新しく作り上げた物質が新しい機能を示すときその物質はどのように動くか、研究・開発の現場で1つの分子の形やふるまいを見たくなる場面はたくさんあります。
これまでは、間接的な測定の数々(分子の重さはいくらか、何の原子が何個あるか、原子がどのような角度・距離でつながっているか)を別々に調べ、パズルを解くように分子の形・動きを推定していました。しかし、これでは時間がかかり、どの測定方法を選ぶか・測定結果をどのように理解するかに高い経験と知識が必要でした。

中村博士の方法ならば1つの分子を直接見るため、この方法が実用化されれば即座に分子の形・動きがわかるようになるだろうと思われます。
電子顕微鏡で分子を直接見る方法は、いずれ化学のあらゆる分野に使われると期待できます。


その"あらゆる分野"には、もちろん、中村博士ご自身の研究も含まれます。
中村博士の業績は多岐にわたりますが、ご紹介した「1つの分子を見る」に加え、「鉄を使った化学反応の開発」と「新型の太陽電池の研究」が三大巨塔と言えるでしょう。

この2つの研究についても簡単にご紹介します。



■2.鉄触媒を使ったクロスカップリング反応

遡ること2010年、リチャード・ヘック博士と根岸英一博士、鈴木章博士の3名がノーベル賞を受賞しました。
受賞理由はパラジウムという金属の触媒を使ったクロスカップリング反応の開発です。
触媒とは、ある化学反応を促進してくれる物質です。化学反応が起きると、原料である物質は量が減りますが、触媒自身は消費されないのが特徴です。
クロスカップリング反応とは、自動車製造ラインのロボットのように触媒を使い、分子を組み立てる方法のことです。


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上の図で触媒は原料2種類を「くっつける作業」をしています。
触媒1つがこの作業を繰り返すので自動車工場のロボットさながらです。



パラジウムはクロスカップリング反応に有効ですが、そんなにたくさん採れる金属ではありません。
それに比べて、鉄はたくさん採れる金属なので簡単に入手でき、安価です。また、身体にも多く含まれていることから毒性が低い点も重要です。
鉄触媒反応は高知和夫博士が1971年に先駆的に発見しましたが(参考文献2)、それから長らく開拓が進まないままでした。
中村博士は鉄触媒でもたくさんの種類の分子を組み立てられ、またパラジウム触媒では作れなかった分子を作れることを数々の論文で示してきました。

クロスカップリング反応はテレビやスマートフォンに使われる有機ELディスプレイや医薬品の作製に頻繁に使われている手法です。鉄触媒によって、これまで作りづらかった分子が簡単に作れ、なおかつ鉄触媒そのものも低毒性で安いので、医薬品やテレビがより安く作れるようになるかもしれません。

ではなぜメリットの多い鉄触媒の研究はこれまであまり進まなかったのでしょうか。
触媒を使う反応の研究では原子が持つ弱い磁石の性質を測定する方法が一般的に使われています。しかし、鉄は磁石の性質が強いのでこの方法では細かい部分が見えづらいのです。そのため鉄を使う反応の研究は難しく、鉄触媒がどのように分子を組み立てているのか現在でもよくわかっていません。ここで、中村博士ご自身の「ひとつの分子の動き」を見る研究が進めば、「こんな形の触媒を作れば新しい反応が進みそう」「こんな形の原料も使えそう」という予想がしやすく、鉄の反応の研究も加速的に進むことでしょう。



■3.有機物を使った各種太陽電池

太陽電池またはソーラーパネルはすでにおなじみですよね。
家の屋根、電灯のてっぺん、広い土地に整然と並んでいる様子を見たことがあるかもしれません。
世の中で今最も使われている太陽電池はシリコン太陽電池です。シリコンは硬い石のような物質で、シリコン太陽電池の見た目は濃い青や黒に近い色になります。

一方、中村博士が研究しているのはシリコンではない有機物を利用する太陽電池です。
シリコン太陽電池と有機物を使った太陽電池の特徴は下のようになります。


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有機物太陽電池は色・印刷性・重さ・柔らかさでは優れていますが、変換効率と耐久性がシリコン太陽電池よりは劣っています。
中村栄一博士はこの2つの弱点を克服するための研究をしています。

有機物太陽電池はおもに3種類あり、「色素増感太陽電池」「有機薄膜太陽電池」「ペロブスカイト太陽電池」と呼ばれます。
中村博士は、2009年に有機薄膜太陽電池の研究で、太陽電池の原料をインクとして塗るだけで剣山のような微細な構造を作り、5%を超える変換効率を達成しました(参考文献3)。有機物太陽電池ではおもに表面で発電が起こるので表面積の大きい剣山構造は理想的な形状と世界を驚かせました。その後、世界中で精力的に改良がなされ、中村博士の研究でも10%を超える変換効率を持つ有機物太陽電池が作られています。
シリコン太陽電池は20%前後の変換効率を示しますが、有機物太陽電池は10%を超えれば製品化可能と言われています。
有機物太陽電池が私たちの生活に入ってくるのも時間の問題かもしれません。

有機物を使った太陽電池はシリコン太陽電池よりも仕組みが複雑で、どのように光から電気が作られ流れているかも活発に研究されています。その仕組みの複雑さもあり、有機物太陽電池の変換効率向上は難しくなっています。ここで、「1つの分子の動き」を見ることができれば、その仕組の理解が一挙に進み有機物太陽電池が世の中に出てくるようになるかもしれません。



■4.まとめ

中村博士の研究の数々、いかがだったでしょうか。
博士が研究しているテーマは多岐に渡りますが、数多くの研究テーマを等しく追求していくことは並大抵のことではありません。
それも研究に対する強い信念のなせる技と言えるでしょう。

中村博士の研究室HPに次のような一文があります。
"Scientists should provide solutions to social problems and dreams for people."
日本語訳するとすれば下のようになるでしょう。
"科学者とは社会の問題に解決策を与え、かつ人々に夢を与えるものである。"

ただ社会に対する貢献というだけでなく、夢を追求することが人を惹き付ける研究成果につながるのかもしれません。
2017年のノーベル化学賞がいかに私たちの社会に影響を与え、夢を与えてくれるのか皆さんも思い描きながら発表の日を迎えてみてはいかがでしょうか。


■ 参考文献
(1) (a) Koshino, M.; Tanaka, T.; Solin, N.; Suenaga, K.; Isobe, H. and Nakamura, E. Science 2007, 316, 853. [URL] (b) Koshino, M.; Niimi, Y.; Nakamura, E.; Kataura, H.; Okazaki, T.; Suenaga, K. and Iijima, S. Nat. Chem. 2010, 2, 117-124. [URL] (c) Gorgoll, R. M.; Yücelen, E.; Kumamoto, A.; Shibata, N.; Harano, K. and Nakamura, E. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 3474-3477. [URL]
(2) Tamura, S. and Kochi, J. K. J. Am. Chem. Soc. 1971, 93, 1487-1489. [URL]
(3) Matsuo, Y.; Sato, Y.; Niinomi, T.; Soga, I.; Tanaka, H. and Nakamura, E. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 16048-16050. [URL]

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