ちきゅうよ!南海トラフを掘り進め!

こんにちは!科学コミュニケーターの梶井です。

冬が近づき、大気の乾燥が一層厳しくなってきましたね。東京からも富士山がくっきり見える日が多くなったなあと感じます。

ところでみなさん、10月に静岡県の清水港から「ちきゅう」という巨大な船が出航したことをご存知でしょうか?

清水港に停泊中の「ちきゅう」。全長210メートル、幅38メートル、高さ130メートルという非常に大きな船です。(撮影: 科学コミュニケーター 梶井)

今回の記事では、「ちきゅう」が大活躍するビッグプロジェクト「国際深海科学掘削計画(IODP)第358次研究航海」を紹介します。

このプロジェクトは、巨大地震の謎を解き明かすため、紀伊半島沖の水深約2000m地点から海底を掘り進み、海底下約5000mのプレート境界断層を目指すというものです(下図のC0002Fと書かれた部分をご覧ください)。5000mといえば、富士山のてっぺんから麓までよりも、さらに長い距離を掘っていることになります。

掘削地点付近の断面イメージ図。2013年の航海で海底下3058メートルまで掘り進んでいましたが、今回はそこからさらに2000m掘り進み、プレート境界を目指します。(画像提供: 国立研究開発法人海洋研究開発機構)

「おおお、なんと壮大な話でしょうか。もっといろいろと知りたい!」

と思っていた矢先、私の知り合いの研究者がこのビッグプロジェクトに携わっているというではありませんか!

いてもたってもいられず、話を伺ってそれをまとめました。どうぞお付き合いください。

今回取材した海洋研究開発機構(JAMSTEC)の木戸ゆかり氏。手に持っているのはコア(後述)のレプリカ。(撮影: 科学コミュニケーター 梶井)

■ なんで海から地面を掘るの??

みなさんも理科の授業などで、地層を調べると過去にどんな出来事が起こったか(地震が起こった、津波があった、火山が噴火したなど)がわかるという話を聞いたことがあるかと思います。

せっかくなので面白い地層の例を見て、地球に思いを馳せるところから始めてみましょう。

問題! 次の写真の地層から、この地域では過去にどのようなことがあったと考えられるでしょうか?

房総千倉の大露頭(画像提供: 国立研究開発法人海洋研究開発機構)

理科のテストみたいな問題でしたが、この地層を見てみなさんはどんな思いを馳せましたか?

地学初心者の梶井は、「見ていて楽しい、なんて意味不明な地層だろう(誉め言葉)」としみじみ思います。

さて答えですが、研究者によると、この地層は約200万年前の地震によって、もともと繋がっていた砂の層が液状化し、バラバラになった後に動いてできたと考えられるそうです(3)。

地球の動きのダイナミックさに驚くとともに、自分と研究者とでは同じものを見てもこれほど見方に違いが生まれるのか、と感動を覚えます......

地上で見える地層の面白さを再確認したところで、思い出してほしいことがあります!

「地球の表面の7割は海」

つまり、海底を掘らなければわからないことがたくさんあるということ! 例えば、あの有名な「プレートテクトニクス理論」の補強にも海洋掘削が貢献しています。

さらにさらに、近年は孔を掘って終わりではありません。

掘った孔に下の図のようなセンサーを仕掛け、海底ケーブルでネットワーク化することで、海底の表面や地上では観測できない微弱な揺れや圧力変化、温度変化などをリアルタイムで捉えて(長期孔内観測といいます)、地震メカニズムの謎に迫ることができるのです。

長期孔内観測システムの概念図(画像提供: 国立研究開発法人海洋研究開発機構)

これらの他にも、海底は地表よりも風化の影響などが少ないため地層の保存状態が良いといったメリットなど、海洋掘削の意義について語りたいことはてんこ盛りです。ですが、そろそろ次の話題に移ります。

■どうやって調べるの?

科学掘削船という船で、船上からパイプやドリルを降ろし、海底をゴリゴリと掘って調べます。石油など化石燃料を海底から取るための掘削船は少なくないのですが、科学を目的としたものは世界でもほとんどありません。そのうちの1隻が、冒頭で紹介した「ちきゅう」です。

未来館で展示している「ちきゅう」の模型。縮尺は厳密なものではありませんが、この写真のようにパイプを海底に降ろして掘り進みます。(撮影: 科学コミュニケーター 梶井)

多くのメディアで取り上げられているので、ご存知の方も多かったかもしれませんね。

僕も、未来館で中・高校生と話すと「資料集で見たことがある!」という声をだんだんと聞くようになったなあと最近は感じています。

「ちきゅう」のような科学掘削船で海底を掘って、下の写真のような「コア」と呼ばれる柱状の地質試料を得たり、孔内観測のためのセンサーを仕掛けて長期的な観測を行ったりすることで、海底下のさまざまな情報を知ることができます。

2011年の東北地方太平洋沖地震発生後に宮城県の牡鹿半島沖220km、水深6,889.5mの海底下から850.5mの深度で採取したプレート境界断層のコアのレプリカ(撮影: 科学コミュニケーター 梶井)

■南海トラフ掘削について

今回のミッションでは紀伊半島沖の南海トラフを掘ります。では、ここを掘るとどのようなことがわかるのでしょうか?

南海トラフとは、静岡県沖から九州の太平洋側の沖に位置する、海底にある谷のことです。フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことによって、このような長大な谷ができました。この付近を震源域とするマグニチュード8クラスの巨大地震が過去に何度も発生しています。直近では戦時中の1944年の東南海地震と終戦直後の1946年の南海地震が知られています。同規模の巨大地震が今後30年で70~80%程度の確率で起こると考えられています(4)。

そのため、南海トラフ海底下の大きな断層やプレート境界断層のコア試料を採取し、さらに長期孔内観測行うことで、発生中や発生前後にはどういうことが起こっているのかといった、地震の本質に迫ることができると期待されています。

実際、これまでにも南海トラフでは多くの掘削が行われていて、南海トラフ地震の想定震源域の大幅な見直しなどに貢献しています。掘削で得られた成果から、従来考えられていた想定震源域(以下の図の黄色線で囲まれた領域)よりも、実際にはずっと広い領域(範囲黒色の線で囲まれた領域)であったことが判明したためです。

海洋掘削などさまざまな研究が合わさり見直された、南海トラフ地震の想定震源域(出典: 内閣府・平成24年報道資料。詳細は文末の参考文献(5)を参照)

そして、今回のプロジェクトはこれまでの南海トラフ掘削の総仕上げとも呼べるようなもの!

既に海底下を約3000メートル掘り進めていたところをさらに2000メートル掘り進め、巨大地震を引き起こすエネルギーが溜まっていると考えられているプレート境界断層からコアを採取します。

その領域が一体どんな岩石からできていて、どのような状態にあるのかを明らかにすることで、巨大地震の謎の解明に向けて研究が大きく進むと期待されているのです。

掘削計画図。海底下5000メートル掘るというだけでもすごいですが、真下ではなく斜め下に掘り進むというサイドトラックという手法があることなども驚きです。(画像提供: 国立研究開発法人海洋研究開発機構)

■どんなコアがとれるかなあ......

実際に掘って確かめるまで科学者に何もビジョンはないのかというと、それは違います。

掘削前に地震探査といわれる手法などでおおよその地質を調べ、専門家による会議を踏まえて掘削点を決めています。

科学は仮説を立てて実験で証明します。

研究者の頭の中にはきっといろいろな妄想があるはず!

無理を言って、「どんなコアかなあ......」という想像図を木戸先生に描いていただきました。

さあ、木戸先生の頭の中を覗いてみましょう。

いかがでしょうか、みなさん。

私は、特に、最後のシュードタキライトの話が面白いなあと思いました。

「どれくらいの温度でできたものなのかがわかれば、過去の地震の規模などがわかるのかな?」「どういった研究方法で進められるんだろう?」「なにより本物を見てみたい!」と、考えただけでワクワクしています。

もちろん、上図は木戸先生の想像であり、他の研究者の方々はまた違うものを想像しているはずで、答えは本物のコアを見るまでわかりません(今のうちにたくさんの研究者に絵を描いていただいて、そのプレゼン大会を開催しても面白そうだなあと思ったり......)。

「ちきゅう」はどんなコアを持って帰るのでしょうか......
今回のプロジェクトでもたらされる成果が本当に楽しみです。

■ 最後に ~海底と地上は別々の存在にあらず~

「海洋掘削を行う際に『こういった地層があるのではないか?』とイメージできることが大事です。実際の掘削の際の助けとなります。もし海洋掘削に興味を持って将来携わりたいと思っている人がいたら、ぜひ今のうちから地上でも見える地層などに親しむ機会を大切にして欲しい」と、木戸先生は熱く語ってくれました。

なぜ最後にこのメッセージを紹介したかというと、「ちきゅう」が出動するようなビッグプロジェクトは、地震メカニズムの解明など私たちの知の地平線を広げることに貢献するだけでなく、身近な面白いものを見つめ直すチャンスにもつながるのだなあと強く感じたからです。

日本の地学教育が疎かになっている今、このプロジェクトをただの海洋掘削として見るではなく、身近なところから地球の魅力を再発見するチャンスとして考える良い機会になるのではないでしょうか。

木戸先生をはじめとしてプロジェクトに携わるみなさん、地上から応援しています!頑張ってください!

※ 「このプロジェクト応援したい!」という方は、ぜひ以下のページから研究者にメッセージを!

https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/nantroseize/expedition_358.html#message (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

【参考ホームページ、参考資料】

(1)JAMSTEC 各種HP
・南海トラフ地震発生帯掘削計画 特設サイト
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/nantroseize/index.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
・地球深部探査センター 地球発見 掘削同時検層
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/magazine/graphic/no16/index.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

(2)各種参考資料
・深海と地球の事典編集委員会 編. 深海と地球の事典. 丸善. 2014.
・Newton 2018年 9月号. ニュートンプレス. 2018

(3)千倉の地層について
・日本地質学会ホームページ 地質フォト
http://www.geosociety.jp/faq/content0087.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
・Yamamoto, Y., Y. Ogawa, T. Uchino, S. Muraoka and T. Chiba, Large-scale chaotically mixed sedimentary body within the Late Pliocene to Pleistocene Chikura Group, Central Japan, 2007, Island Arc, 16, 505-507.

(4)地震調査研究推進本部
https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/ (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

(5) 南海トラフ巨大地震の想定震源域について
・内閣府 南海トラフの巨大地震に関する津波高、浸水域、被害想定の公表について
http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/nankaitrough_info.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
・上記別添資料1-1 南海トラフの巨大地震の想定震源断層域(平成24年8月29日発表)
http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku/pdf/1_1.pdf (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

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