<研究エリア紹介> 対話知能学プロジェクト

「知能ロボット」と暮らす未来にはどんなルールが必要? みんなで語り合いました

人間と同じように相手のことを考え、行動しようとするロボットが、私たちと一緒に暮らすようになった未来を想像してみてください。ロボットが勝手にあなたの秘密を、他人やほかのロボットにもらしてしまう心配はないでしょうか? 賢いロボットがいる社会には、新たなルールが必要になるかもしれませんね。

そんな近未来の社会を具体的に考えていこうという研究プロジェクトが、20204月、未来館の研究エリアに入居しました。石黒浩先生(大阪大学大学院教授)が代表を務める「対話知能学*プロジェクト」です。

対話知能学プロジェクトって、いったい何? 未来館でどんなことをするの? 2020年7月24日(金)に行われたオンラインイベント「知能ロボットと暮らす未来にはどんなルールが必要ですか?」の様子とともに、ご紹介します。

プロジェクトが目指すのはどんな未来?

対話知能学プロジェクトでは、「賢く対話できるロボットなどの知能機械と人間との共生を実現していきたい」と石黒先生。これまでは、人間が一方的に命令を出すことによってロボットに作業をさせていましたが、このプロジェクトでは賢いロボットが対話を通して人間の意図や欲求を推測しながら、いろいろなサービスを提供するような未来社会を目指しています。

ここでさっそく視聴者から、「“賢い”の定義も難しいですね……」というご意見が。これに対して石黒先生は、「ロボットが言葉を使って意思疎通している様子を見ていると、私たち人間はそこに“賢さ”を感じるのではないか」と言われます。つまり何が賢いのか、何が知能なのか、ではなく、できあがったものを見て私たちが賢さを感じるかどうかという、視点の転換を示されました。

ロボット法って何? どうしてロボット法が必要なの?

今回のイベントでは石黒先生とともに、プロジェクトメンバーである法学者の新保史生先生(慶應義塾大学教授)をお招きしました。新保先生はこのプロジェクトの中で、法学者としてどんな研究をされているのでしょうか?

「今まで研究室の中にあったロボットが、いよいよ日常生活で使われるようになりつつあります。だからこそ今、ロボットといっしょに暮らすための具体的なルールである『ロボット法』を考えていく必要があるんです」と新保先生。では、すでに人間社会にある法律ではなく、どうして「ロボット法」という新しい法律が必要なのでしょうか? 新保先生によると、例えばロボットが事故を起こしてしまった場合、現在の法律では、ロボットそのものの不具合やロボットを動かすマニュアルが間違っていた場合にはメーカー側に製造物責任を問えます。しかし、「ロボット自身が行った判断」や、「ロボットに学ばせた情報」が間違っていたことによる事故の場合には、その責任を必ずしもメーカーに問えない、とのこと。このように現在の法律では扱えない、未来の法律問題を解決するための方法として、ロボット法が必要になるのです。

人間とは何か? 我々はロボットをどうやって受け入れるのか?

続くお二人の対談は、新保先生が石黒先生にこんな質問をしたことから始まりました。

「将来、ロボットが人間とほとんど同じようにコミュニケーションできる存在になったとき、ロボットに人間と同じような権利を認めるべきでしょうか。あるいは、あくまでロボットは機械とみなして、人間とは別の位置づけがいいのでしょうか」。

ロボットを法的にどのような存在として扱うべきかという難しい問題です。この問いかけを皮切りに、お二人から次々とお考えが飛び出しました。

まず石黒先生が主張されたのは、「もっと根本的に“人間って何か”を考えるべきだ」ということです。人間はほかの動物と違って、技術によって能力を拡張することで「ある意味で実質的な進化を遂げている」と石黒先生。義手や義足の進歩による身体拡張はその例です。これを踏まえると、人間が技術によって作りだした知能ロボットもまた、“進化した人間の一部”と考えられるのではないか……。知能ロボットを人間として扱うべきかどうかという問いかけに対して、その前提を問うご意見でした。

人間と、人間が生み出してきたものは区別すべき?

一方、新保先生は「“人とは何か”を定義することは難しいが、実は法律の世界では2種類のの定義がある」と指摘されます。いわゆる人間である「自然人」、そして人間が人工的に作った「法人」です。「AIやロボットもまた、人間が人工的に作った『ひと』であるため、これらを『電子法人』という新たな『ひと』として定義してもよいのではないか」という提案がありました(EUでは、”Electronic Person”(電子的人格)の扱いについての議論が行われているそうです)。

人とはなにかを法的に考えると?

では、法人や電子法人が、自然人と同じような人権をもつことはできるのでしょうか? 新保先生は、「まったく同じ権利を認めることは将来的にも難しいだろう」としながらも、法人が自然人と同じ人権を行使することが部分的に認められた憲法判例として「八幡製鉄政治献金事件」を紹介されました。これは、八幡製鉄株式会社がある特定の政党に対して政治献金を行ったことは違法である、と訴えられた裁判です。判決は、納税の義務を果たしている会社は、自然人と同じく政治に参加する権利を持ち、政治献金は違法ではない、というものでした。この判例については、法人や電子法人にどこまで自然人が持つ人権を認めるのか、という点で今でも議論があるそうです。

人権を何に対して認めるかについて、石黒先生は「“生身の体をもっているか否か”などの表面的なことは、人権が与えられる条件ではない。みんながその存在を“仲間”だと認め、仲良くしたい、大事にしたいと思うものに対して社会が人権を与えている」という考えをお持ちのようです。つまり、人間かロボットか、ではなく、それが私たちにとって親しみをもてる存在かどうかを問い、もてるのであれば人権を与えればいいという考え方です。その意味で、法律などの規則を先につくるのではなく、まずは未来の私たちがどんなロボットをどう受け入れたいかという議論を行うことが必要だと指摘されました。

石黒先生のご意見をうけて新保先生は、「法律より前に、まず『原則をつくって社会全体で共有することが重要なんです」とおっしゃいます。原則とは、法律のような拘束力はないけれども、社会全体として共有する理解のことです。そのような考えのもと、新保先生が提案されたのが「ロボット法 新八原則」** です。これは、「秘密保持の原則」「公開・透明性の原則」「個人参加の原則」など8つの原則からなっています。アイザック・アシモフ氏の小説『われはロボット』(I, Robot)の中で提唱された「ロボット工学の三原則」が法的な原則ではないのに広く受け入れられていることを参考にして、新保先生が新たに法的な考えとして提唱された原則です。物語の中の話だったことが現実に近づきつつある状況だからこそ、共通の理解としての原則をまず考えることが大事、と強調されました。

知能ロボットと暮らす未来に、わたしたちはどんな風に生きている?

みなさん、知能ロボットと暮らす未来について想像はふくらみましたか? そして近い将来、わたしたちは知能ロボットをどんなふうに受け入れて生きているのでしょうか? 「科学技術を盲目的に開発するのではなく、どういう技術をつくればいいのか、どうあるべきなのかをちゃんと議論しながら前に進まないといけないと思う。このプロジェクトがそういう取り組みの一つの例になるといいと思う」と石黒先生。

今後も対話知能学プロジェクトと日本科学未来館は、ロボットと共生する社会について考えるイベントを開催予定です。多くの方々のご参加とご意見をお待ちしています!

このブログでお伝えしきれなかったことも(かなり)ありますので、ぜひ本イベントのアーカイブもご覧ください。


*対話知能学・・・文部科学省の科学研究費助成事業「新学術領域研究(研究領域提案型)」の「人間機械共生社会を目指した対話知能システム学」の略称。

**新保先生が、「ロボット法学会」設立準備研究会(201510月)において提唱された原則。

http://robotlaw.jp/wp-content/uploads/2015/10/20151011robotlaw_shimpo.pdf

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