トークセッション実施レポート

地球・惑星・生命をめぐる探究が、人々の意識を変える!?【後編】

こちらのブログは7/17()に開催されたトークセッション「実はつながっている? 地球・惑星・生命の探究とあなたの価値観」のレポート記事【後編】です。

前編では、科学者である田近英一さん(東京大学 大学院理学系研究科 教授)と哲学者である青木滋之さん(中央大学 文学部 教授)のお話から、地球・惑星・生命をめぐる基礎科学が人々の物事の考え方や価値観とどのようにつながっているのか明らかになりました。何の“役に立つ”のか分かりづらい分野でもある基礎科学。さて、私たちは基礎科学がもたらす知識とどう向き合い、どう活かせばよいのでしょうか?それが明らかになれば「私たちにとっての基礎科学の価値」も分かってくるはずです。視聴者と科学コミュニケーターからの質問に、二人の研究者が答えます。

(前編はこちら https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20210901post-434.html

研究者のお二人(左上:田近英一さん、右上:青木滋之さん)には、未来館の常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」に登場する画像を背景にご出演いただきました。

Q:科学は役に立つから価値があるのか、科学そのものに価値があるのか?

田近英一さん(科学者)
科学は「知りたい」という気持ちから出発します。出発点は価値の有無とは関係ないと思います。謎を解くと、日常では得られない自然の認識ができあがります。学ぶことで初めて知ることができる世界には、知的な価値があります。それを何かに応用すれば実用的になる場合もあります。科学は「価値の手前にある営み」です。

Q:「知りたい」という欲求とつながっているのは哲学などの学問でも同じだと思う。科学と他の学問の違いや、科学の特徴は何かあるのだろうか?

青木滋之さん(哲学者)
哲学者は「科学とは何か」という問いが大好きなんです。1920世紀あたりから物理学を先頭に科学が圧倒的な成功を収めたので、「人間が達する知的なものの最高峰」という認識が、ここ100年、150年の間にあります。科学の厳密性を哲学に持ち込もうと色々な人が試しているのですが、何回も失敗してきました。私がゴールデンレコード(惑星探査機ボイジャーに搭載されたレコード盤)に人類の記録を遺すなら、筆頭に科学的成果を選びます。

地球上の生命の存在や人類の文化を記録したゴールデンレコード。(画像:NASA)

Q:科学が人間の活動である以上、偏りが生じることもあると思う。たとえば見た目が美しい植物や目立つ特徴を持つ植物ばかりが研究されてしまい、そうでない植物があまり研究されてないという指摘がある。このような例は、科学の歴史のなかで他にもあるのでは?

青木さん
豊富です。人間がどこに目を向けるかは社会的・文化的・宗教的な状況に依存しています。天文を研究したケプラーの動機は、惑星の動きから運命を予想しようとする占星術でした。ダーウィンが進化論の共通祖先説(すべての生物は、ある単一の祖先から進化したとする考え方)を唱えた背景には、奴隷制度反対思想があったらしいです。「人類はみな兄弟である」という信念が、証拠探しのモチベーションになったことが最近の研究で分かっています。科学者が血のめぐった一人の人間であることを示すエピソードだと思います。

田近さん
研究の予算がつく分野とつかない分野があると、予算が豊富なところに研究者が集まることがあります。惑星探査では、政府やNASAが「金星をやる」というとほとんどの研究者が金星の研究に集まり、「火星をやる」というと火星に集まりますが、いかがなものか。見向きもされていなかったことが、後から大事だと分かることがあるので、興味はすべての方向に向けられているほうが良いです。科学の営みは個々の研究者が一歩一歩進めていくことの積み重ね。それがいろいろな方向を向いているほうが、科学全体としては良い方向に向かうと思います。

Q:もし基礎科学がなかったら我々はどうなるのだろう?

青木さん
何も変わらないまま、今使っている物と同じような性能の電車やロケットやスマホのまま留まると思います。量子コンピューターやAIなどもすべて基礎から成り立っています。それらの飛躍がないと生活がジリ貧になってしまって、たとえばリソースが枯渇したときに何もできなくなるでしょう。スノーボールアースのようなイベント(かつて地球の表面全体が凍結した出来事)の存在を知らないと、「凍っておしまい」になってしまいます。基礎を拡張できないと根底がどんどんだめになり、我々の生活は進展しないし、滅んでいくのを見守るだけで終わる。それは耐え難く思います。

田近さん
たとえば大学の工学部も、やっていることは基礎研究です。企業が製品開発したりする基礎の部分は大学でやっています。それがないとイノベーションは起きません。基礎科学の研究をやめると世の中は止まると言われていますが、全くそのとおり。理学は全方向の研究をすることが理想です。それは科学技術の裾野であり、裾野が広いほどトップは高くなります。研究を進めると、思わぬ発見・知識が手に入ります。それが積み重なった体系は、将来何か起きたときに活きてくる。基礎科学の価値・意義はそういうところにあると思います。

もし基礎科学をやめたら何が起きる?という質問に、科学者の田近さんが驚く一幕も。

青木さん
科学は人間の可能性を拡げ、伸びしろを増やしてくれるうえに、共有ができます。共有財産を増やすことで、国や時代を超えて役に立つ、というところが大きいと思います。これから何もかも凍ったり、太陽に飲み込まれたり、隕石が降ってきたりするかもしれません。できるだけの対策はしたいです。

人間が経験したことのない危機について、地球の過去から学ぶことができます。

私たちが生き延びたり、新しいものを生み出したりするうえで、どうやら基礎科学は欠かせない存在のようです。


イベントの最後にお二人の研究者から感想を語っていただきました。

田近さん
基礎科学がなぜ大事か、無くなるとどうなるか、といったことは、科学者は普段考えることがありません。しかし、研究者になった背景やモチベーションとして、青木さんが話されたような素朴な考え方やエピソードが一人一人の中にあり、いま研究をやっています。研究で得られた成果をどう共有するか考えるよい機会になりました。

青木さん
地球が長いスパンで変化するという話を聞き、地球が生き物だと実感しました。進化には、いろいろな事に対処して生き残るということが本質的に含まれると思うので、哲学をやりながらも最先端の科学を取り入れ、いろいろな人々の考えを広げていく仕事をやりたいです。

 

視聴者からは「哲学が哲学だけで存在するのではなく、科学を取り入れながら発展していくのは面白い」という感想も寄せられました。科学と哲学が力を合わせることで、ますます刺激的な発見を私たちに与えてくれることでしょう。

変化しつづける地球で生きるために

人々が自分自身や身の回りの世界に向ける視線は、基礎科学の進展と互いに結びついていました。

地球の過去や将来、さらに他の惑星や宇宙に目を向けることで、自分たちが住んでいる場所(地球)がどんな所なのか、そして自分たちが何者なのか、といった疑問に新しい答えを出すことができます。答え方が変われば、自分たちの行動の意味や「何を大切にしたいか」という価値観も変わってきます。科学的な探求から生じた、自分たちを「地球人」もしくは「地球と生命の再現不可能な歴史の一部」として捉える新たな見方は、現在多くの人々が地球とそこで暮らす生命を大切に思う気持ちにつながっていると考えられます。今回話題になったような意識変化のくりかえしこそ、環境の変動をつづける地球で私たちが生きる秘訣のようです。お二人の研究者の意見に納得する声が視聴者からたくさん寄せられました。

トークの中では他にも「生命の誕生に水は必須なのか」「宇宙人に地球をどのように紹介するか」といった興味深い話題も飛びだしました。詳しく内容を知りたい方は、番組の動画(無料)をぜひご覧ください!

番組の視聴はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=TcIUG6asSi8

関連する常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる – 宇宙・地球・生命の探求」の紹介はこちら
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/world/frontier/

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