トークセッション実施レポート

地球・惑星・生命をめぐる探究が、人々の意識を変える!?【前編】

休日に科学館・博物館に足を運べば、宇宙や地球、生命についての様々な展示に出会えます。たとえば未来館でも、宇宙望遠鏡や海底掘削の展示はとても人気があります。ですが、そのようなテーマにワクワクを感じる人がいる一方で、

「スケールが大きすぎて、自分にどう関係するのか分からない

そう感じる人も少なくありません。

はたして科学者が世界のあちこちを調べることと私たちの間に、何か関係があるのでしょうか?そんな疑問に答えるため、未来館では7/17(土)にトークセッション「実はつながっている? 地球・惑星・生命の探究とあなたの価値観」をオンラインで開催しました!

日常生活とは無縁に思える科学が、実はあなたの物事の捉え方とつながっている・・・?
日常生活とは無縁に思える科学が、実はあなたの物事の捉え方とつながっている・・・?

このイベントでは、地球などの惑星を探る科学者 田近英一さん(東京大学 大学院理学系研究科 教授)と、科学と人間の関係を探る哲学者 青木滋之さん(中央大学 文学部 教授)をお招きし、科学による発見が人々の物事の捉え方・考え方に与える影響について語っていただきました。さらにお二人と視聴者を交えた対話をとおして、社会の人々にとって科学がどんな意味を持つのか探りました。その内容を前編と後編に分けてレポートします。

科学には基礎と応用がある

まず、科学という言葉を見たり聞いたりしたとき、皆さんは何を連想するでしょうか?

研究者のお二人(左上:田近英一さん、右上:青木滋之さん)には、未来館の常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」に登場する画像を背景にご出演いただきました。

視聴者からコメントを募集したところ、「ノーベル賞」「宇宙船」といった声が届きました。たとえばロケットを宇宙へ飛ばすには、軌道の計算などに物理学の方程式が必要になります。この方程式を求めるような分野は基礎科学(理学)と呼ばれます。一方で実際にロケットそのものを造る技術は、応用科学(工学)と呼ばれる分野の成果です。

「理学と工学は方向性が違うけれど、基礎と応用としてつながっている」と田近さんは語ります。

地球・惑星・生命についての研究も基礎科学の一分野です。その成果が科学者以外の人々にとってどんな意味をもつのか、なかなか分かりにくい分野でもあります。基礎科学がもたらす発見は、私たちに何を与えてくれるのでしょうか?

基礎的な研究が私たちの「地球(せかい)観」を拡張する(科学者 田近英一さん)

生命の進化や気候の変動など、地球という惑星で起こる様々な出来事の全体像を探る学問を、地球惑星科学といいます。この分野の第一人者である田近さんから、地球をめぐる研究が人々に与える新しい視点についてお話しいただきました。

私たちの認識や経験には限界がある
私たちが日常で認識・経験できる範囲は、この世界のごく身近な部分に限られます。科学は人間が認識できる範囲を時間的にも空間的にも広げてきました。たとえば2011311日に発生した巨大地震のように、私たちが経験したことのないような大災害も、調べてみると何百年か何千年かの間隔で繰り返されていることが分かります。地球の歴史を研究すると、私たちが経験していない様々な現象がくりかえし起きていることに気づきます。これは基礎的な研究を積み重ねることで人々の「地球観」が拡張される一つの例です。

地球を客観的に眺めてみる
地球を知るうえで、人類が初めて月に着陸したアポロ計画(1961~1972年)は重要な出来事でした。地球を外から客観的に見ることができた最初の例です。このような出来事をきっかけに惑星科学という分野が発展しました。自分自身を知るには他者を知ることが大切です。地球を他の惑星と比較することで、似ている点や異なる点などが分かり、なぜ地球が生命を育めるのか理解できます。

人類が宇宙に進出したことで、地球を客観的に見る機会が生まれました。

変化することが地球の本質
地球を知るには時間的な観点も必要です。地球は生命に満ちあふれているので、生命が必要とする液体の水、つまり海が存在できる温暖な気候が続いてきたと考えられていました。しかし、かつて地球の表面全体が何度も凍結していたこと(スノーボールアース・イベント)が1990年代に分かり、それまでの「地球観」がひっくり返ってしまいました。このイベントを生命がどのように生き延びたのか、という新しい謎も生じました。私たちは現在の地球しか知りませんが、実は地球は誕生以来様々な変化を遂げてきました。変容することは地球の本質であり、この先も変わり続けます。したがって時間軸も私たちの「地球観」を広げる一つの方向です。

地球とは似ていない星にも生命がいる?
科学者は地球以外の星にも生命が存在すると考えています。従来、生命が存在可能(ハビタブル)な星は現在の地球にそっくりな姿をしているだろうと思われていました。しかし最近では、ハビタブルな星には多様性があると考えられるようになっています。たとえば、かつての地球のように表面全体が凍りついた星でも、氷の下には海があり、そこに生命が存在するかもしれません。


田近さんのお話しを受けて、視聴者から「(自分に)見えているものが全てではない」といった感想が寄せられました。客観や比較によって、人の一生や人に見える範囲を超えた視点を与えてくれるところに、基礎科学の特徴があるようです。

研究の積み重ねによって、私たちが暮らす地球の新しいイメージを得られることが分かりました。しかし、基礎科学の新発見によって、科学者以外の人々の考え方が変化することは、実際にあるのでしょうか?

「宇宙における私たちの居所」は基礎科学が教えてくれる(哲学者 青木滋之さん)

哲学は「私は何者?」「人生の意味とは?」「世界とは何だろう?」といった根本的な疑問を追求する学問です。今では科学と哲学は別物のように扱われていますが、歴史的には哲学から科学が生まれたという経緯があります。哲学者である青木さんから、人々の物事の考え方・捉え方と基礎科学とのつながりについて、過去の事例を紐解きながらお話しいただきました。

私たちは宇宙のどこにいるのだろう?
宇宙における自分たちの立ち位置について、昔から多くの人々が思考をめぐらせてきました。たとえばフランスの哲学者フォントネルは、自分たちが住むような世界が他にもあるのではないか、そこにも人が住んでいるのではないか、といった想像を1686年の著作に記しています。当時、地球以外にも水星や土星などの惑星がすでに見つかっており、そこには何者が居るのだろう?という疑問が哲学者の心を捉えていたようです。

水星人は活発で、土星人はノロマ。地球人はその中間だと思われていたそうです。(水星人・土星人のイラストは青木さんのお子さま作)

古代や中世では人間は宇宙の中心にいると考えられていました。ところが17世紀ごろ、太陽を中心にした考え方(地動説)や、太陽のような恒星が無数に存在することの発見、そして宇宙は無限であるという考え方が登場したことで、「自分たちは世界の中心に立つ唯一無二の存在である」という認識がくつがえり、かわりに「宇宙の中で自分たちはちっぽけな存在なんだ・・・」と考える人が現れました。

私は何者なんだろう?
世界の捉え方が変わると、人のアイデンティティ(自分を何者だと考えるか)も変わります。「あなたは何人(なにじん)ですか?」という質問に対する「日本人です」という答え方は、明治期に生まれたものです。江戸時代には「長州人です」「会津人です」などの答え方もありました。近い将来、人間の宇宙への進出が進めば、「地球人」という答え方も当たり前になるかもしれません。現在では太陽系以外でも惑星が見つかっているため、いつか「太陽系人」として自分を捉える日が来る可能性もあります。科学によって私たちが認識できる領域が広がるにつれて、私たちのアイデンティティも変わり続けることでしょう。

いつか地球が滅びるなら、私たちの人生は無意味?
地球や太陽系は永遠に存在するわけではありません。米国の哲学者ネーゲルは、いつか地球が滅びるならば、人間が積み上げてきた歴史や文化はすべて水の泡になると考えました。米国の進化生物学者グールドは、生命の歴史は再現不可能なものであると述べ、私たちの歴史や文化が唯一無二の存在であることを示唆しています。地球人はどうにかして生き延び続けるか、別の知的生命にバトンを渡さないといけないという思想が、SF作品で描かれています。実際に、地球外の知的生命に向けたメッセージを惑星探査機に搭載するなどの形で、別の知性と繋がろうとする試みがありました。

人類から地球外生命へのメッセージを記した金属板。実際に惑星探査機パイオニア10号と11号(それぞれ1972年、1973年)に載せられ、宇宙へ打ち上げられました。(画像:NASA)

宇宙における地球や人間の位置づけを探ることで、人々のアイデンティティが変化し、さらに自身の運命や人生の意味について考えるヒントを得られることが、青木さんのお話から分かりました。

お二人の研究者が語るとおり、科学的な探求は地球と生命の複雑な歴史や、地球外生命が存在しうることを明らかにしました。日常のなかで気づくことは稀ですが、自分たちを宇宙からの視点で「地球人」として捉えたり、「地球と生命の再現不可能な歴史の一部」とみなしたりする比較的新しい考え方は、すでに人々の価値観にも影響を与えています。たとえば20世紀の終わりごろから今日まで、様々な国と地域の人々が地球規模の環境変動や生態系の保全に取り組みつづけています。人々が地球とそこで暮らす生命を大切に思う気持ちには、アイデンティティに起きたこれらの変化も影響しているのではないでしょうか。

基礎科学が人々の物事の捉え方や価値観に与える影響について明らかになったところで、トークは次の話題へと移ります。しばしば何の“役に立つ”のか分からないと言われがちな基礎科学。私たちにとって基礎科学は絶対にないとダメなものなのでしょうか?イベントの後半では、視聴者と科学コミュニケーターからの質問にお二人の研究者が答えました。その様子をブログの後編にてお伝えします。ぜひ後編もご覧ください!

番組の視聴はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=TcIUG6asSi8

ブログの後編はこちら
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20210910post-435.html

関連する常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる – 宇宙・地球・生命の探求」の紹介はこちら
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/world/frontier/

「地球科学」の記事一覧