スポーツコミュニケーターはじめました その1 パラ陸上、心技体と義足

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みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの片平です。今回はスポーツコミュニケーターとしてお届けします。

これから夏にかけて、多くのスポーツイベントが開催されますね。2020年にはビッグイベントも控えていることですし、私たち科学コミュニケーターも科学の観点からスポーツについてみなさんにお伝えしたい、みなさんと語り合いたい、ということで科学だけじゃなくスポーツも好きな科学コミュニケーターたち、通称スポーツコミュニケーターでブログを連載していきます。

第一回を担当する私、片平は高校時代に陸上をやっていました。そんなに速くなかったですが......。他人との勝ち負けだけではなく、自分の努力が記録として出るところが気に入っていました。

といったところで今日の本題です。

近年少しずつ認知されつつある障がい者スポーツにもこの連載ブログでは注目していこうと考えています。

今回は、スポーツ用義足の研究開発とアスリート支援を行っている産業技術総合研究所の保原浩明(ほばら・ひろあき)先生にお話を聞いてきました。

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(科学コミュニケーター梶井撮影)

保原先生は義足を使うアスリートの身体動作や使う筋肉の力の大きさなどを解析する運動メカニズムの解明や多くのアスリートの走る特徴などの運動指標の大規模データ分析をされており、現在は義足を使った陸上競技を研究対象とされています。

「きっと義足には私たちが知らない科学技術が秘められているはずだ!」と思い、取材に行きました。ですが、今回伺ったお話は、一競技に関わる科学技術にとどまらず、「パラリンピックとは?」「オリンピックとは?」「スポーツとは?」を考えさせられる話でした。これから私たちが、さまざまなスポーツを取り上げていくにあたって、とても大事な話だと感じたので、まずはこのことを共有させてもらいたいと思います。

(保原先生の詳しい研究内容については、追って取り上げます。)

みなさんは昨年のリオパラリンピックで下腿義足を使ったクラス(T44クラス)の100m走の優勝タイムをご存じでしょうか。


※(義足のクラス分けに関して)

障がい者スポーツでは障がいの程度によってクラス分けが行われます。

義足を使用する陸上競技(走、跳躍競技)選手の場合、障がいが両側か、片側か、膝下で切断しているか、膝上で切断しているか、といった点でクラス分けが行われます。

上記のT44、というクラスは、

"下記のいずれかに該当するもの

1)片側の下腿部(足底の50%以上の切断を含む)で切断しており義足を装着して競技するもの。

2)片側の足関節の機能を失ったもの。

3)片側の足に最小の障害基準(MDC)に定められている障害のあるもの"

とされており、

主にどちらかの足に下腿義足を装着した選手が競うクラスです。

詳しくは、日本パラ陸上競技連盟HP

https://jaafd.org/sports/basic-knowledge 


答えは10.81秒。

一方、リオオリンピック100m走の優勝タイムはウサイン・ボルト選手の9.81秒でした。今のところ、ちょうど1秒の差があります。

それでは、将来はどうなるのでしょうか?

これまでの記録はどう進化してきたのか、次のグラフをご覧下さい。

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図 オリンピックとパラリンピック(T43/44クラス)の優勝タイム推移

Hobara et al. The fastest sprinter in 2068 has an artificial limb?

Prosthetics and Orthotics International, 39 (6), 519-520, 2015.

(図版提供:保原浩明先生)

1990年代から、両者の記録の差はどんどん縮まっています。記録の推移から単純に直線を引くと、パラリンピックとオリンピックの記録は2069年に逆転します。あとわずか50年後の話です。

さらに衝撃的なことに、同じグラフを走幅跳で作成すると、パラリンピックとオリンピックの記録が逆転するのは2027、あと10年後だそうです。

「パラリンピック選手がオリンピック選手の記録を超える」──みなさんはどう感じますか?

義足を使って走ったり、跳んだりしているので、「義足の性能が......」と気になる方がいるのも当然でしょう。確かに、1980~88年頃に義足の記録が急激に伸びているのは、義足の材質として軽くて弾力性もある炭素繊維が使われるようになったためです。そして、義足の科学はまだまだ発展途中なので、現在もさまざまな形状のアスリート用義足が開発されています。

しかし、パラリンピック王者のすごいところは、使っている道具だけでしょうか?保原先生らによる運動解析の結果、パラリンピック王者は切断していない足でキックする力が日本人選手の2倍の力であることがわかりました。義足の選手というと、つい義足に注目してしまいがちですが、それは「心・技・体」の「体」の一部分でしかありません。大事なのは人間、保原先生はご自身の研究を義足の研究ではなく、「人間with義足」の研究です、と仰っています。

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(図版提供: 保原浩明先生)

私は、先生のお話を聞いていて、さまざまな思いが浮かんできました。

「障がい者が健常者のトップアスリートに追いついてしまったらどうなるのだろう?」

「義足は機械を使ったドーピングのようなものなのだろうか?」

「陸上選手が使っているシューズだって道具じゃないか!」

「タイムが変わらないなら、一緒に走ればいいじゃないか!」

「それじゃあ、パラリンピックって何のためにあるの?」

「オリンピックとパラリンピックを別にしないで、それぞれの種目で考えればいいのでは?」

先生にも、「では将来、パラリンピックは、義足のアスリートや私たちは、そして社会はどうすればいいのか?どうなればいいと思いますか?」と聞いてみましたが、先生の答えは「わからない」でした。

ただ、こうして技術が進んでいくことによって、「障害って何?」ということを考えざるをえなくなるはずです。

先生は研究を通じて、新しい義足を作ったり、論文を書いたりだけにとどまらず、「歩くとは?」「走るとは?」「健康とは?」「身体障害とは?」「オリンピックとは?」「パラリンピックとは?」そんな、既存の価値観を問いかけ、新たな価値を創ることを目指しているそうです。

少し科学から離れた話題だと感じた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、今回の話は、科学技術が私たちの価値観を今まさに変えようとしているような問題ではないでしょうか?

皆さんはどう感じましたか?

今月中旬にはパラ陸上の世界選手権もロンドンで行われます。(大会の正式名称は大人の事情で書けませんが、衛星放送でのテレビ放送もあるようです!)ぜひ「人間with義足」という視点で楽しんでみませんか。

次回は人間の運動の研究をバックグランドとする科学コミュニケーター小幡が、陸上競技における人間の限界について、お届けします。

お楽しみに!

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