こんにちは!科学コミュニケーターの雨宮崇です。
「日本人が青色発光ダイオードでノーベル物理学賞を受賞!」
というニュースに日本中が沸いてから、はや1年。今年もノーベル賞予想イベントの季節がやってきました。
本日は、ノーベル物理学賞チームの私、雨宮の予想を発表したいと思います。
私が予想したのは、こちらの方!
アメリカの物理学者、チャールス・ケーン(Charles L. Kane)博士(1965年生まれ)です!
受賞テーマは、「トポロジカル絶縁体の提唱」です。
とと、とぽろじかるぜつえんたい...?
日常会話の中で1度も登場したことのないこの言葉。一体、どんな研究テーマなのでしょうか?
ざっくり言うと...?
電気を通す部分と通さない部分がある物体で、その構造は、お菓子のハイチュウみたいになっています。
..すみません、さすがに、ざっくりしすぎましたね。。これではケーン博士に失礼かもしれません。
イメージだけはご理解いただいた上で、まずは「絶縁体」から見ていきましょう。
絶縁体ってなに?
私たちの身の回りにある物質を、「電気を通すか通さないか」で分けてみると、
- 電気を通すもの:「導体」
- 電気を通さないもの:「絶縁体」
- 導体と絶縁体の中間のもの:「半導体」
このように3グループに仲間分けできます。
絶縁体は電気を通さないもので、たとえば身の回りには、ゴムやガラス、プラスチックなどがあります。
今回のテーマの「トポロジカル絶縁体」も、「絶縁体」というのですから、きっと電気を通さないものだと思いますよね。
しかし...!
トポロジカル絶縁体とは?
実は、先ほどのハイチュウの例でも少しふれたように、
「トポロジカル絶縁体」は、「表面は導体なのに、内側は絶縁体という材料」なのです!
まるでハイチュウの外側の白い部分が、導体。
内側のおいしい部分(もちろん外側もおいしいですが)が、絶縁体。
ここで注意しないといけないのですが、ハイチュウは、内側と外側で「違う素材」を組み合わせていますが、トポロジカル絶縁体は、まるでキャラメルのように、内側も外側も「同じ素材」で出来ているのです!
...均質な同じ素材でできているのに、表面と内側で性質が違う?
そんな摩訶不思議な材料の存在を、ケーン博士は2005年に理論的に予測し、提唱したのです。そして、その実在が2007年ころから実験的に確認できたのです。ビスマス、テルル、アンチモンなどの元素からなる化合物が、トポロジカル絶縁体として知られています。
すべての物質は、導体、半導体、絶縁体のどれかに分けることができる、と考えられていた常識を、トポロジカル絶縁体の提唱によってひっくり返したと考えると、すごいインパクトですよね!!
ちなみに、ケーン博士は、1985年にシカゴ大学を卒業し、1989年にはマサチューセッツ工科大学で博士課程を修了しました。
その後の3年間は、最近「ワトソン」という人工知能を開発していることで有名になった、IBMのトーマス・J・ワトソン研究所に所属し、それからはずっとアメリカのペンシルベニア大学で研究を行っています。
驚くべきは、ケーン博士が獲得してきた研究助成金の額です。
トポロジカル絶縁体を提唱した2005年から2015年の10年間で、さまざまな機関から合計170万ドル(2015年9月現在のレートで単純計算すると、約2億円!!)もの助成金を獲得しています。
「トポロジカル絶縁体」というものの存在の提唱が、どれほどのインパクトやポテンシャルを持っているかが、その金額からもわかりますよね...!
トポロジカル絶縁体の「トポロジカル」って何?
さて次は、トポロジカル絶縁体の名前の由来を見ていきましょう。
今まで読んでいただいたとおり、ケーン博士が提唱したトポロジカル絶縁体は、ただの絶縁体ではありません。トポロジカル絶縁体は特別な「電子の状態」を持った絶縁体といいかえることができます。
電子と電流は密接な関係をもっており、トポロジカル絶縁体では「表面だけで電気が流れる」のですから、電子に何か秘密があるのは、当然と言えば当然なのですが、ではどう特別なのでしょう?
ケーン博士は、絶縁体の内側にある「電子の状態」に注目し、エネルギーを計算しました。
そのエネルギーを計算すると、「ν」と書いて「ニュー」と読む『Z2トポロジカルナンバー』という物理量が4種類(ν0、ν1、ν2、ν3)求まります。
面白いことに、それぞれのZ2トポロジカルナンバーは、必ず「0か1」という値になります。
そして、4種類のZ2トポロジカルナンバーのうち、
「ν0」が1のとき、絶縁体は、すべての表面に電気が通る「トポロジカル絶縁体」になることがわかったのです!
つまり、Z2「トポロジカル」ナンバーで分けることのできる「絶縁体」。
それが、「トポロジカル絶縁体」という聞きなれない名前のゆえんです。
数学の好きな人であれば、トポロジカルときくと、ドーナツを変形させてコーヒーカップの形にする「トポロジー(位相幾何学)」を思い浮かべると思います。穴が1つ開いているドーナツとコーヒーカップ、チューブなどは「トポロジカルに同じ」などと言ったりします。
トポロジカル絶縁体で使ったトポロジカルナンバーの計算には、数学のトポロジーを比喩として使っています。「表面」などが出てくるので、つい位相幾何学と関係あるのかなと連想してしまいますが、直接には関係ありません。
トポロジカル絶縁体はなにに役立つの?
では最後に、ケーン博士によって提唱されたトポロジカル絶縁体が、今後私たちの生活をいかに変えうるものなのかを考えてみたいと思います。
①超低消費電力トランジスタへの応用
トポロジカル絶縁体の表面に流れる電流は、エネルギー損失がほとんどないという特徴があります。
また、外部から電圧をかけることで、表面に電流が流れているトポロジカル状態を保ったり崩したりすることも可能です。
そのため、トポロジカル絶縁体を使ったトランジスタを作ることができれば、従来の半導体でできたトランジスタより、1/100から1/1000の消費電力で動く「超低消費電力トランジスタ」を作ることが可能になるのでは、と言われているのです。
消費電力が低くなれば、たとえばパソコンならばバッテリーの持ちが格段に良くなるでしょう。使用中に本体が熱くなりることも少なくなるかもしれません!
②量子コンピューターへの応用
また、トポロジカル絶縁体の表面を移動している電子は、上向きか下向きかの、「スピン」と呼ばれる運動量を持っていて、電気信号によってそのスピンの方向を制御することができます。
別のいい方をすると、
「電気信号だけで、電子一つ一つを2進法的(0か1か)にコントロールすることができる」
ということなのです!
それが実現できば、計算能力が非常に高い「量子コンピューター」につながる重要な技術となり、計算科学を大きく発展させることができるようになります。
前述したとおり、トポロジカル絶縁体はすでに実現されており、大阪大学の研究室では、すでに数マイクロメートルに加工された、トポロジカル絶縁体を使ったスピン検出デバイスがつくられています!
また、日本の科学者も、トポロジカル絶縁体について多くの功績を残しているところも注目すべきポイントです。(ケーン博士が2005年に出した超有名な論文の締めくくりにも、日本の科学者の名前を挙げ、感謝の意を書いているほどです。)
材料の常識をくつがえし、高機能デバイス実現の鍵ともなる「トポロジカル絶縁体」。
提唱者のケーン博士にご注目ください!
皆さまも以下のサイトから予想に参加してください!
ノーベル賞を予想しよう!2015(現在は公開を終了)
2015年ノーベル賞を予想する
生理学・医学賞①免疫制御の分子の発見とがん治療への応用 (リンクは削除されました)
生理学・医学賞②細胞の中のお掃除係 (リンクは削除されました)
生理学・医学賞③ゲノムを編集するツールCRISPR/Cas9の開発 (リンクは削除されました)
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化学賞③縁の下の力持ちDNAマイクロアレイ (リンクは削除されました)
化学賞そのほか Coming Soon!
今年もその瞬間をニコニコ生放送で中継します。
ノーベル賞発表の瞬間をみんなで迎えよう (リンクは削除されました)