あなたの“推し科学技術”は何ですか?
こんな質問をされることは日常生活でほとんどないとは思いますが、もしこう聞かれたとき、あなたは何と答えますか?
AIやロケットなどをあげる方も多いと思いますが、「推しが被るのはちょっと……」という方はぜひ、『量子コンピュータ』を推してみるのはいかがでしょうか?
今回のブログは、期待の科学技術『量子コンピュータ』について簡単に紹介しながら、8月3日~5日に未来館で開催したイベント『クイズとゲームでせまる!量子コンピュータ』を振り返っていきます。
量子コンピュータって、なに?
そもそも量子コンピュータとは、原子や電子といった極小の世界を支配する「量子力学」という物理法則を使う新しいコンピュータのこと。
私たちが今使っているコンピュータは、情報を「0」と「1」であらわす「ビット」という情報の単位で計算をしています。
それに対し量子コンピュータは、量子力学ならではの「重ね合わせ」という現象を使い、「0」と「1」の情報を同時にあらわすことができる「量子ビット」で計算をするため、ブラックホールや光合成のメカニズムといった今まで解けなかった問題を解決できると期待されています。
そして今回開催したイベントはタイトルの通り、この量子コンピュータについて「クイズ」や「ゲーム」でせまっていく!というものでした。
(イベントページはこちら)
量子コンピュータをあつかうイベントを未来館で実施するのは初めての試みでしたが、夏休み期間ということもあり、どのコンテンツも多くの方に体験していただくことができました。
白熱のトークイベント!
また、3日間の締めくくりとして開催されたトークイベント「量子コンピュータの最前線がわかる!研究者質問合戦」も大盛況でした。
このトークイベントでは、量子コンピュータのハードウェア(実機そのもの)をつくる研究者である玉手修平先生と、量子コンピュータのソフトウェア(計算するための理論)の研究者である藤井啓祐先生をお招きし、お二人には質問を交互にぶつけあっていただきました。
質問はイベント開催期間中に来館者から寄せられたものをリスト化した中から研究者自身が事前に厳選し、お互いには明かさないまま本番を迎えたため、用意した回答ではない本音を語っていただきました。
非常に盛り上がったこの質問合戦の模様を、一部要約してご紹介します。
まずは1ターン目です。
【玉手先生→藤井先生への質問 その①】
小学生の方から寄せられた質問:
「量子の重ね合わせ は難しいと思いますか?」
藤井先生の回答:
「日常で感じられるような世界の中に重ね合わせはないので、最初に学校で習った頃は難しいと感じていました。ですが、量子力学の授業を受けているとだんだんと腑に落ちていきました。
もっというと、今は重ね合わせの原理がないと説明がつかない量子コンピュータが実際に動いているので、より身近に重ね合わせを感じています。ですので僕にとって、もはや重ね合わせは難しくないです!」
さっそく、量子力学に関するシンプルで深い質問を投げかけた玉手先生。
しかし藤井先生も力強い回答をします。
そしてなんと藤井先生も同じ質問を事前に選んでいたため、反撃に出ます。
【藤井先生→玉手先生への質問 その①】
小学生の方から寄せられた質問:
「量子の重ね合わせは難しいと思いますか?」
玉手先生の回答:
「僕も藤井先生と同様で、ちゃんと実験したら重ね合わせの状態を見られるようになった今は、概念的に理解することは簡単になったと思います。その一方で、量子コンピュータの精度を良くするためには重ね合わせの状態を維持させることが必要なのですが、それはまだまだ難しいと感じています。」
両者とも、実験の結果から実際に重ね合わせの様子を確認することができるようになってからは理解しやすくなったという部分が共通していました。
玉手先生は重ね合わせ状態を“維持する”ことの難しさにも言及しており、ハードの研究者ならではの観点からの回答となりました。
さて、続いて2ターン目の様子です。
【玉手先生→藤井先生への質問 その②】
中学生の方から寄せられた質問:
「既存のコンピュータで量子コンピュータをシミュレーションできるのはなぜですか?」
藤井先生の回答:
「重ね合わさった状態に対応した数字をたくさん書き出せば、既存のコンピュータでシミュレーションができます。ただしシミュレーションできる限界があり、50量子ビット 以上の量子コンピュータをシミュレーションするとなると、現在のスーパーコンピュータでも難しいです。」
量子コンピュータの情報単位である量子ビットたった50個ぶんの重ね合わせ状態でさえ、スーパーコンピュータをもってしてもシミュレーションが難しいというのは驚きですね。
そして後攻の藤井先生が繰り出した質問はこちら。
【藤井先生→玉手先生への質問 その②】
小学生の方から寄せられた質問:
「量子コンピュータはどれくらい電力を消費しますか?」
玉手先生の回答:
「超伝導型量子コンピュータ では、量子ビットチップを冷やすための冷凍機という部分と、量子ビットチップにマイクロ波の信号を送る制御装置に多くのエネルギーを使います。数十キロワット(デスクトップPCで50台ぶん程度)の電力を使っていると思います。」
ちなみに藤井先生のシミュレーション実験ではもっと多くの電力を使っているそう。
やはりたくさんの電力を使ってしまうようです。ただし、量子コンピュータの実用アイデアの中には「スマートグリッド」という電力供給の最適化があり、量子コンピュータが実用化されれば、電力消費の問題はむしろ好転する可能性も秘めています。
さあ、質問合戦はいよいよ最終ターンです。
【玉手先生→藤井先生への質問 その③】
高校生の方から寄せられた質問:
「量子コンピュータが完成したさらに先の未来では、コンピュータはどのような形をしていると思いますか?」
藤井先生の回答:
「量子コンピュータが動き出す未来が実現したら、日常生活に溶け込んで使われているのではないかと思います。例えば私たちがふだん電子決済をするときにも裏で暗号システムや通信技術が使われていますが、それを意識することはあまりないですよね。量子コンピュータも同じように、知らないうちに社会インフラとして利用される未来になるのではないでしょうか。」
便利な生活の裏側に隠れているさまざまな科学技術のひとつに量子コンピュータが仲間入りしたら、私たちの生活はどのように変化するのでしょうか? 非常に気になるところです。
対する藤井先生が最後に選んだ質問はこちら。
【藤井先生→玉手先生への質問 その③】
小学生の方から寄せられた質問:
「どうやったら研究者になれますか?」
玉手先生の回答:
「ずっと興味をもち続けるというのが大事だと思います。研究自体に興味を持もち続けて、それを解決するために努力し続けていれば、最終的には気づいたら仕事になっていると思います。」
まさにプロフェッショナル!といったご回答でした。ちなみに玉手先生は、与えられたピースをうまく組み合わせて形にできた瞬間のような喜びを研究の中で味わえるそうで、それをモチベーションにしているそうです。
白熱する質問合戦はここで終了!
最後にトークイベントの参加者に、この質問合戦を聞いた結果、「玉手先生の研究と藤井先生の研究、どちらに興味をもったか?」を投票していただきました。
その結果はなんと……
ほぼ互角!
勝負はおあずけとなったので、今後も同様のイベントを開催してみたいです。
量子コンピュータ、推してみませんか?
このトークイベントをはじめとする今回の3日間で、たくさんの来館者のみなさまに量子コンピュータのことを知っていただけた実感があります。
さらに、なんと未来館では2025年4月に量子コンピュータをテーマにした新常設展示がオープンする予定です。
(プレスリリースはこちら)
私も展示制作チームの一員として、量子コンピュータの魅力や課題点をなるべくやさしく正確にお伝えできる展示をつくるべく、日夜励んでおります。
オープンした暁には、ぜひ足をお運びください!
そしてこの新常設展示の総合監修者でもある藤井先生は、トークイベントの締めくくりとして、こんなことをおっしゃっていました。
「量子コンピュータはこれからどんどん成長していく分野です。今なら推しもあまり被らないと思うので、ぜひ応援していただきたいです!」
実用化にはまだまだ時間がかかりそうですが、実現されたら私たちの生活に大きなインパクトを与えるであろう量子コンピュータ。
皆さんもこの機会にぜひ「量子コンピュータ推し」になって、今後の研究を応援してみませんか?