12月某日、スマホを見ると物理学者の友人から「これ興味ある?」と連絡が。併記されたURLをクリックしてみると「乱流屏風」という実験装置。
むむ???? ...... なにこれ、きれい!そしておもしろそう!
「乱流を調べるための実験装置」と説明されていて、「流体力学」という物理の分野に貢献している「水の流れをみる」ための装置らしい、ということはわかりました。しかし、生命科学が専門の田中にはさっぱりわかりません!しかし、とりあえずおもしろそうだと思いました。なにより、紹介されている写真がとてもきれいです。そこで、乱流屏風を所有する研究室に伺い、本物を見せていただくことにしました。
いざ、研究室へ
伺ったのは、東京大学理学部 佐野研究室。教授の佐野雅己先生にお話を伺いました。案内された地下2階の実験機器室に入ると、その奥に乱流屏風が!
佐野先生の後ろに写っているのが、乱流屏風。横幅7mほどもある乱流屏風は、目の前にすると、かなりの大きさです。この装置、先生の研究室で4年前に作ったもの。これを使って得られた研究成果は、世界的にも超一流な論文雑誌Nature Physicsに掲載されています1)。なんだかいろいろとすごそうな予感がしますね。ですが、どうすごいのでしょうか?そして、そもそもどんな装置なのでしょうか?先生に伺いました。
どんな装置なの?
まず、装置の大きさ。装置全体の大きさは、長さ約7m、高さ1.8m、奥行き80cm。その横に水を送るためのタンク(1.2m x 1m x 0.5m)が置かれています。装置の中には水を流して観察するための水槽が入っていて、水槽の大きさは長さ6m、高さ1m、厚さ5mm。わずか5mmの、とても薄い水槽です。
ここに絶えず水を流していきます。しかし、ただの水をそのまま流しても透明で見づらいですね。水の流れを見やすくするために、水には金色のフレークが混ぜられています。だから先生の後ろに写った乱流屏風に色がついているのですね。その様子はまさに、屏風のようです。そして水の流れ方にはまっすぐな流れと、乱れた流れがあります。このうち乱れた流れ(乱流)の部分は、特に金色がキラキラと輝いて見えます。「乱流屏風」という名前は、この装置にぴったりの名前だと思いました。
さらにもう少し詳しいところも、先生に教えていただきました。装置の一番右側には、大事な仕掛けがあるとのこと。水槽に入る直前の水が通るところに、穴がたくさん空いた板が設置されているのがポイント。この穴を通ることで、水に渦状の乱れが生じるそうです。そしてここで乱した流れが薄い水槽の中に入り、右から左へ流れていきます。このときの水の様子を観察するのが、この装置の目的です。まっすぐな流れと乱れた流れの移り変わりを見ることができます。
まっすぐな流れか、乱れた流れか
水の流れがまっすぐな流れか、乱れた流れか。どちらの流れが伝わっていき、どのように移り変わるのか───実はこれは長年解決できていない謎でした。一般的には、流れる速度が遅いと流れはまっすぐになり、速いと乱れます。蛇口を捻って水を出すときを思い出してみるとイメージがつきますね。しかし、流れの移り変わりは非常に複雑で、多くの物理学者たちが数式を解いて理解しようと挑んでは、破れてきたそうです。
そこで佐野先生たちは、乱流屏風を使い、実験的に法則を見つけ出せないかと考えました。数式で解けないなら、実験で挑もう!というわけです。いろいろな速度で、水の流れを何度も何度も観察してたくさんの数のデータをとり、解析しました。その結果、まっすぐな流れと乱れた流れの移り変わりには、普遍的な法則があることがわかりました。この成果が、2016年に論文雑誌Nature Physicsに掲載されました(1)。
乱流の様子
(動画:筆者撮影)
乱流屏風を見ていると、同じ速さであっても水の流れ方のパターンは常に変化しています。全く同じパターンが現れることのないこの水の流れが、法則に従っているようには、なかなか見えません。しかし、たくさんのデータを取って解析していくと、きれいな法則が見つかったのです。なんだか不思議な魅力を感じました。
私たちの身の回りには流体が溢れています。水や空気、体を流れる血液なんかも流体です。こうした流体について、数式では解けなかった謎を、佐野先生たちは実験によって解き明かしました。とはいえ、これですべてがわかったわけではない、と佐野先生は言います。さらに深く、流体や乱流について理解していくための一歩が、実験で明らかになった段階といえるでしょう。次の一歩は、数式を解いて明らかにされるかもしれませんし、佐野先生たちのように実験で明らかにされるかもしれませんね。
なんといっても美しい!
......と、乱流屏風のすごさをご紹介しましたが、この装置の魅力はなんといっても美しいこと!物理学や流体力学と言われると抵抗がある方でも、きっとこの乱流屏風の水の流れには魅力を感じるのではないでしょうか。ただ見ているだけで、とてもきれいです。
キラキラ輝く水の流れを見やすくするために、先生たちはプロジェクターを使っています。LEDライトも設置されていますが、プロジェクターの光を使うのが一番きれいに見えるそうです。大学院生の谷田さんは「ここに金魚の絵なんかを投影したらいいかもしれませんね」と話してくださいました。たしかに素敵です!
移設先募集中!
そんな美しい乱流屏風ですが、現在移設先を募集中です。というのも、佐野先生が2019年3月で退官されるため、置いておく場所がなくなってしまうのです。重要な発見をしたとても美しい実験装置を、このままだと廃棄せざるを得ないとのこと。
ぜひ未来館に......!という気持ちはあるのですが、未来館の展示は展示計画がすでに決まってしまっています。残念ながら、佐野研究室での保管期限までに乱流屏風を受け入れることは難しいのです。
移設に興味のある科学館などの方がいらっしゃれば、ぜひ下記の乱流屏風移設特設サイトをご覧いただき、担当の谷田さんに連絡してみてください!
※2019年1月23日 追記:本記事を公開した時点では「2019年1月8日まで」と連絡の期限を記載していましたが、まだしばらく大学で保管できることになったそうです。ぜひ今からでも、移設に興味がある方は連絡してみてください。
【参考文献】
1. M. Sano and K. Tamai, Nature Physics, 12, 249-253 (2016)
【関連リンク】
・乱流屏風の移設先募集をしている特設サイト
http://u0u0.net/OHkm(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
・乱流屏風での研究成果を紹介するプレスリリース
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2016/4602/
【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださった東京大学の佐野雅己教授、谷田桜子さん、深井洋佑さん、岩澤諄一郎さんに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。