こんにちは。科学コミュニケーターの澤田です。
2025年10月13日、日本科学未来館では4月にオープンした常設展示「未読の宇宙」公開記念イベントを開催しました。今回は全4回のシリーズの3回目で、1回目の「多波長観測」、2回目の「ニュートリノ観測」に続いて、テーマは「加速器実験」です。
このブログでは、展示監修を務めた研究者をお招きして行った「トークイベント」の様子をお届けします。
すでに「未読の宇宙」を体験したという方も、これから行ってみたいと思っている方も、このブログを読めば展示をさらに楽しんでいただけるはず。ぜひ最後までお付き合いください!
ゲストスピーカー紹介
今回お招きしたのは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所准教授の中山浩幸さんです。お話しいただくテーマは「加速器実験」。加速器とは、電気と磁気の力を使って、電子や陽子などの粒子をコントロールすることができる装置です。これらの粒子を光の速度近くまで加速すると、高いエネルギーの状態となり、粒子同士を衝突させて宇宙誕生直後の状態を再現することができるのです。
中山さんの専門分野は物理学、とくに「素粒子実験物理学」で、茨城県つくば市にある施設で「BelleⅡ実験」に取り組まれています。
難しそうな専門用語を聞いて、さっそく気が遠くなりそうになった澤田。中山さんによれば、「ざっくり言うと、<宇宙をつくる>研究」とのこと。宇宙をつくってしまって大丈夫なのでしょうか? そんなことも気になりつつ、ご自身の研究について紹介していただきました。
素粒子物理学ってなに?
私たちの身のまわりのものをどんどん細かく分けていくと、この世で一番小さな粒、「素粒子」というものにたどり着きます。このとても小さな素粒子について研究するのが、中山さんの専門である「素粒子物理学」という分野です。
では、宇宙と素粒子の間にどのような関係があるのでしょうか? 中山さんによれば、宇宙ができた直後は「火の玉宇宙」と呼ばれる熱い状態で、素粒子が高速で飛び回っていました。しかし現在の宇宙は膨張してであり、素粒子は原子や原子核に捕らえられています。そこで、熱い宇宙をミニチュアサイズで再現すれば宇宙の成り立ちの謎の手がかりを得ることができる……ということです。
とはいえ、「宇宙を研究する」といえば、望遠鏡で星を観測するイメージがあります。望遠鏡ではなく加速器を使うのはなぜでしょうか? 中山さんによれば、望遠鏡でも宇宙誕生直後に起きた大きな爆発「ビッグバン」の名残を観測することはできるが、素粒子を直接調べるために、加速器による実験を行うのだそうです。
では、宇宙誕生の謎にもせまる加速器実験ですが、いったいどのようなことをしているのか、実際に中山さんが研究で使用する加速器SuperKEKBについても詳しくうかがいました。
素粒子を光速まで加速するSuperKEKB加速器
加速器は、電気と磁気の力で素粒子を加速する装置です。もう少し詳しく言うと、
- 電圧をかけて、プラスやマイナスの電荷をもつ粒子を加速する
- 磁石で粒子の方向を曲げて、(円形加速器では)リング内を何回転もさせる
ということをします。これにより、従来は不可能だった高いエネルギーの状態をつくることができます。このように「誰もやったことがないことをやる」ことが、新発見のカギ①です。
SuperKEKB加速器は、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(中山さんの職場)の地下にあるのですが、実は1周3kmもある巨大な実験装置なのです!(このイベントと同じ日まで開催されていた大阪・関西万博の大屋根リングが1周2kmだったので、それよりも大規模ということになります。)
SuperKEKB は、電子と陽電子をほぼ光速で加速し、それぞれ大量のかたまりを衝突させることで、新しい粒子を生み出します。このとき、粒子の生成能力「ルミノシティ」が高いほど大量の実験データを得ることができます(新発見のカギ②)。これが加速器の性能として重要ですが、SuperKEKB はすでに世界記録を達成しており、現在も自己新記録を更新中という、スゴイ加速器なのです!
ちなみに、SuperKEKB加速器は地下にあると説明しましたが、そのトンネルの中はこんな感じです。(下の写真)
粒子のビームが通る金属のパイプの周りに電磁石がいくつも並んでいます。私自身も2025年9月にKEKの一般公開に参加したのですが、大人の胸の高さにある電磁石がズラッと見えなくなるくらい遠くまで並ぶ光景を目にして、そのスケールの大きさに圧倒されました。
ビーム衝突で生まれた粒子を観測するBelle Ⅱ測定器
加速器実験では、粒子を衝突させることで生まれた素粒子を観測することが重要です。そこで使われる測定器についても、中山さんからうかがいました。
SuperKEKB加速器で生み出された素粒子は、BelleⅡ測定器という縦・横・高さ8mの巨大な「眼」でとらえます。素粒子という非常に小さなものを調べるため、測定器には高度なテクノロジーが投入されます。そのいくつかをご紹介いただきました。
このように、つねに最先端の技術を取り入れてアップデートし続けることが、新発見のカギ③でもあります。
Belle Ⅱ実験が挑む謎:この世界は対称か?~CP対称性の破れ
ここまでは、中山さんが研究で使っている加速器と測定器のお話でした。最後に、このような装置を使った実験でどんな謎を明らかにしようとしているのか、聞いてみました。
中山さんが所属する研究グループが取り組んでいるのは、物質と反物質に働く物理法則の違いに関わる謎です。
「反物質」というのは何ともSFチックな言葉ですが、私たちの身のまわりには存在しません。宇宙のはじめに物質と反物質(粒子と反粒子)は同じ数生まれたとされています。そして、物質と反物質が対称ならば、現在同じ数だけ残っているはずでした。しかし、私たちのまわりにあるのは物質ばかりです。この宇宙も物質ででてきおり、反物質はありません。これは不思議です。
そこで、アンドレイ・サハロフという理論物理学者は、物質と反物質にはたらく物理法則が違うのではないか? と考えました。そうでなければ、現在の宇宙で物質だけがたくさん生き残っていることが説明できないからです。
この「物理法則の違い」は、素粒子物理学の用語で「CP対称性の破れ※」といいます。中山さんを含む研究グループが取り組む加速器実験では、この「CP対称性の破れ」をより高い精度で観測することができ、理論の検証に取り組んでいます。現在、加速器と測定器は大幅に改造され、SuperKEKB/Belle Ⅱとして生まれ変わり、新しい物理法則の探求や、新粒子の発見が期待されています。CP対称性の測定だけでなく、さまざまな研究成果が続々と出ているとのことです。
このように、素粒子物理学・加速器実験は、宇宙の謎につながっているというわけです。
※CP対称性の破れについては、こちらのブログ記事もご覧ください:本間英智「小林・益川理論が素粒子研究に与えたもの」2021年9月6日、https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20210906post-436.html
新発見の3つのカギとメッセージ
最後にトークイベントのまとめとして、新発見のカギについて、中山さんと一緒にふりかえりました。
加速器を使った素粒子物理学の実験では、
- 誰もやったことのないことをやる
- 実験データを大量に貯める
- 最先端の技術を取り入れる
ことがカギとなります。誰も挑戦していない極限状態に注目したり、大量のデータから新発見を見極めたりすることが大切です。また、実験を支える技術のアップデートも必要です。
そして、中山さんから参加者のメッセージも送られました。
「Belle Ⅱ実験のような素粒子物理学の実験は、10年以上かかるとてもスパンの長いプロジェクトです。みなさんの中から、私たちのプロジェクトを将来的に担う中心的なメンバーが出てくるといいな、と思います。このトークを聞いて、物理学や素粒子に興味を持ってくれたらとてもうれしいです。」
会場では、大人だけでなく小中高校など学生の方々も参加されていましたので、このイベントをきっかけに、将来的に素粒子物理学の世界へ進む人が出てくるかもしれません。
最後に、中山さんは加速器実験を参加者に身近に感じていただけるよう、説明の仕方から参加者へのお声がけまで、さまざまな点で工夫してくださりました。おかげさまで小学生から高校生や大人の方まで幅広い参加者に加速器と素粒子の世界をお伝えすることができました。中山さんご自身の経験をふまえたエピソードもあり、スケールの大きな世界を楽しみつつ体験できる機会となりました。
このブログを読んで少しでも興味が沸いたら、ぜひ未来館5階の展示「未読の宇宙」へお越しください。きっと、宇宙研究の魅力を感じていただけるはずです!
参考
高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 編『宇宙と物質の起源:「見えない世界」を理解する』講談社, 2024年
小林誠 編『宇宙はなぜ物質でできているのか:素粒子の謎とKEKの挑戦』集英社, 2021年