サルのうんち大解剖!?

科学コミュニケーターブログ読者の皆さま、初めまして。

科学コミュニケーターの白石です。専門は生態学です。未来館に来る前はニホンザルを追いかけていました。

(画像提供:半谷吾郎氏)

突然ですが、皆さんは動物図鑑を読んだことはありますか? 動物がどこで暮らしているのか、何を食べているのかといった情報がたくさん載っていますね。それらはどのようにして調べられたのでしょうか?

近づいてじっくりと観察することの難しい野生動物は、観察以外のさまざまな方法を組み合わせることで、その生態をより詳しく調べることができます。ただ、さまざまな方法があると言ったって、それは研究者がすることで動物について知るのは図鑑がせいぜい⁉ 実際に調べてみることで、図鑑以上の気づきもあるかもしれません。

ということで、

今年の4月、あるワークショップを開催しました。

その名も......

「サルのうんち大解剖! ~研究者と探るサルと森の関係」
※この記事で、サルと書いているのは、すべてニホンザルのことです。また、この記事にはサルのうんちの写真があります。ご承知おきください。

ニホンザルのうんち。こんな形のうんちはなかなかお目にかかれません。

(画像提供:半谷吾郎氏)

「うんちを解剖する?どういうこと?」と思われたそこのあなた!

実は、うんちからいろいろな情報が得られます。

皆さんも健康診断で、便を検査のために提出した経験はありませんか?人の健康状態を知るのに便を使うことができるように、野生動物研究の世界でも健康状態をはじめさまざまなことを調べるためにうんちが利用できるのです。例えば、実際に動物のうんちを分析してその動物の食べ物などを調べる研究手法は「糞分析(ふんぶんせき)」と呼ばれます。

今回の記事では、ワークショップの内容を振り返りつつ、「動物のうんちからこんなにも情報が得られるなんて!」という感動と、うんちを利用した野生動物の研究の一例をお伝えします。

ワークショップには、京都大学霊長類研究所 准教授の半谷吾郎(はんや・ごろう)氏を講師にお招きしました。半谷先生はニホンザルの生態、特に採食について研究している、ニホンザルのプロです。

半谷吾郎 氏 
写真右端には半谷氏が長年観察を続けているメスの "オハギ"の姿も (どこにいるかわかりますか?)

ワークショップではまず、半谷先生の調査対象である屋久島のニホンザルはどのような環境に暮らしていて、どのような採食行動をするのかの紹介から始まりました。

ニホンザルは青森県~鹿児島県の屋久島に生息しています。青森県の下北半島は、ヒトを除く霊長類では北限となります。屋久島はスギの巨木で有名ですが、日本最大級の照葉樹林が海岸付近から広がる島でもあります。九州の最高峰もこの島にあり、海岸線の照葉樹林帯からヤクスギ林帯、山頂付近のササ草原まで、2000m近い標高差からなる多様な環境をそなえています。こうした自然環境が評価され、世界遺産に登録されましたが、実はその海岸線から山頂部にまでにニホンザルが生息しています。屋久島のサルたちの食べ物は、木の葉から果実、花、花の蜜といった植物性のものから、キノコ、昆虫までさまざま。

屋久島という小さな島の中に多様な自然環境が広がり、そこに適応したニホンザルの暮らしがあることに参加者からは驚きの声が上がりました。

ツバキの花の蜜を食べるサル (画像提供:半谷吾郎氏)

先生からサルの食べ物についてお話しを聞いてそれで終わりなら、図鑑を見るのとあまり変わりませんよね。ワークショップでは実際にサルの食べ物を調べるべく、参加者の皆さんとうんちの分析を行いました。

手順はとってもシンプルです。

(1) 半谷先生が持ってきてくれた屋久島のサルのうんちを茶こしに出して、(2) 水の中で洗い、(3) 茶こしに残ったものから内容物をピックアップ!

そうして出てきた中身がこちら!

分析で出てきたうんちの内容物
(上:海岸に近い森に暮らすサルのうんち、
下:標高1000m前後の森に暮らすサルのうんち)

内容物がだいぶ違いますね。

上の写真からは果実の種子(上の写真の赤丸で囲んだ部分)や果皮(同写真の青丸で囲んだ部分)、葉の繊維を見つけることができましたが、下の写真からは繊維しか見つかりません。実際に、「繊維しか見つからない......!」という参加者の声もチラホラ。

実は、半谷先生にご用意いただいたうんちは2種類あったのです。海岸に近い森に暮らすサルのうんちと、標高1000m前後の森に暮らすサルのうんちです。同じ島で同じ時期に採ったサルのうんちですが、標高の違いで食物が異なるというのがはっきりと出た結果になりました。

これは標高による植生の違いがサルの食べ物に影響を与えていることを示しています。

そもそも、屋久島のニホンザルは20~30匹ほどの群れをつくって行動します。また、好き勝手に屋久島内をどこでも移動しているわけではなく、平均1平方キロの群れの遊動域(群れが日常的に利用するエリア)内で生活をしていて、そこから出て行くことはあまりありません。サルたちは自分たちの遊動域内にある食料資源をうまく使っていく必要があるのです。

そうした中、植生の違いがサルの食べ物に影響を与えることは当たり前のように思われるかもしれません。ですが、食料資源が異なる海岸付近の森のサルと標高1000m前後の森のサルとで、それぞれどのように食事をしているのかを比較することで、ニホンザルがどう環境に適応しているのかを明らかにすることにつながるのです。

いよいよ分析作業も終わり、まとめの時間です。

半谷先生からの最後の話は、屋久島の豊かな森とサルがどのような関係を持っているのかについて。分析作業では、サルが森から食べ物をもらっていることはわかりましたが、一方でサルは森にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

世界自然遺産、屋久島 (写真: 筆者撮影)

実は、サルは森の資源を利用するばかりではなく、種子の運び屋として森林の環境に関わっているのです。

例えば、サルが果実を食べる際に噛まれずに丸ごと飲み込まれた種子は、うんちと一緒に体から排出されます。これによって種子は親の木から離れたところに運ばれ、発芽し、森が維持・形成されます。

屋久島のサルでは、うんちとしてヤマモモの種子を親の木から600m以上も離れたところに運んだことが確認されています。(1)

そして、サルが運ぶのは種子に留まらず、キノコの胞子も運んでいる可能性があるというのです。

サルのうんちから見つかったキノコの胞子の顕微鏡写真 (画像提供:半谷吾郎氏)

この研究は、半谷先生が今まさに進めている先端研究で、参加者からも研究の進展に期待の声が寄せられていました。実際に、ワークショップでの分析中にキノコを見つけた参加者もいましたが、もしかしたら発芽する可能性のある胞子が含まれていたのかもしれませんね。


世界自然遺産「屋久島」。その森の豊かさは、さまざまな生き物どうしの複雑なつながりによって支えられています。今回お伝えしたことはほんの一部で、キノコの胞子の話のようにまだ分かっていないこともたくさんあります。今回のワークショップのような体験はなかなかできないかもしれませんが、これをきっかけに、ぜひ身の回りの自然を見つめなおしてみませんか?

お台場散策中の風景(写真:筆者撮影)

【参考文献】

(1) Terakawa M et al, Microsatellite analysis of the maternal origin of Myrica rubra seeds in the feces of Japanese macaques. Ecological Research 24, 663-670.2009.

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