こんにちは。科学コミュニケーターの澤田です。
未来館では、常設展示のほか科学コミュニケーターによるトークイベントやワークショップといった様々なアクティビティを開催しています。「科学の目で見て描いてみよう~深海魚のかんさつ&スケッチ~」はその一つ。魚の観察とスケッチに挑戦するワークショップです。
2024年3月に始まったこのワークショップが1周年を迎えるにあたり、「ワークショップができるまでと、できてからのこれまでのエピソードを振り返ってまとめておきたい」と思いました。そこで、企画段階からご助言いただいた科学イラストの専門家・有賀雅奈さんとお話ししながら振り返ったことを、このブログを通じてみなさんにご紹介します。
また、有賀さんが研究されている「科学イラスト」とはどのような分野なのかについても取材しました。そこで、今回は「ワークショップのこれまで」と「科学イラストの世界」の二本立てでお送りします。
1年間をふりかえる~なぜ魚の「観察とスケッチ」になった?
「科学の目で見て描いてみよう」は、2種類の魚を観察してスケッチに挑戦することを通じて、知的好奇心と探究心を育てるワークショップです。
扱う魚は、「にぼし」になったカタクチイワシと、「メヒカリ」と呼ばれることが多いアオメエソ(またはマルアオメエソ)という深海魚です。2つの魚をよく観察して、その特徴をスケッチに落とし込みます。スケッチというと学校の美術の授業で取り組むような、色鉛筆や絵の具を使った写生や風景画をイメージするかもしれません。しかし、このワークショップでは色を塗らず、鉛筆の線と点だけで描くことに挑戦します。
参加者のみなさんは、まずカタクチイワシのスケッチに取り組みます。「にぼし」としても使われる比較的な身近なカタクチイワシで練習することで、観察やスケッチの方法を学びます。コツをだいたいつかめたら、次は深海魚でもあるメヒカリに挑戦します。


また、スケッチで表現しにくいことは、配布するワークシートに言葉で記載します。ワークシートには、スケッチしながら参加者に考えてほしい「問い」も書かれています。カタクチイワシについては「どうして背中が黒いのだろう?」、メヒカリについては「メヒカリが住む海はどんなところだろう?」。
スケッチが終ったら、描いたものを他の参加者と眺め合いながら、観察を通して発見したことや疑問に思ったことを語り合うとともに、カタクチイワシとメヒカリそれぞれの「問い」についても考えてみます。他の人の観察やスケッチを通して新しく気づくこともあるかもしれません。こうして、自分の観察を深めていきます。

みなさんが描いたスケッチはシールにしてお持ち帰りいただけます。貼り付ける場所は、ワークシート内にある欄でも、自分の持ち物(ノートなど)でもよいです。
ここまでが、ワークショップの大まかな流れになります。モノを理解するためにスケッチするというのは科学の古典的な手法ですが、自分でスケッチを描くことは現代でも意味があります。カメラなどの記録や観察の技術が発達した現代ではありますが、描くことで自分自身の観察が進むからです。これにより、物をじっくりと観察する「科学の目」を育て、みなさんの知的好奇心と探究心を学校やご自宅、あるいは街中など他の場所でも発揮できるようになるでしょう。
このようにして、2024年3月から始まったワークショップはおよそ月1回、一年間で10回にわたって続けてきました。
科学コミュニケーターの気づき
1年間実施してきて、科学コミュニケーターとして気づいたことをいくつかご紹介します。
まず、このワークショップでは魚を使いますが、参加者のみなさんはしっかりと魚を見て、ヒレなどのパーツを観察していました。スケッチもスムーズに進める人が多く、初めにカタクチイワシを練習に使った効果がありました。色はつけず、鉛筆で線と点のみを描くため、何に集中すればよいのかわかりやすいのかもしれません。
魚の観察・スケッチは、基本的に自分自身で取り組む個人作業の時間です。カタクチイワシもメヒカリも一人一尾ずつお配りするので、じっくり向き合うことができます。もちろん、魚に触れてOKです。上下左右どの向きからでも見ることができます。メモリつきのマットで体長を計測したり、ヒレのスジ1本1本を数えることも可能です。
こうした個人作業の時間が設定されていることもあってか、「一人で黙々と取り組みたい」という方にもご参加いただけています。例えば、スケッチには積極的に取り組んでいるけれども、他の参加者とのディスカッションの時間では発言が多くないという方がいます。それは大人の場合も子どもの場合もありました。しかし、ディスカッションに参加していないわけではありません。その人のスケッチを見て、他の人が何かに気がついたり、他の誰かのコメントを聞いて自分のスケッチを手直しする場面もありました。議論に参加していないように見えて、実は議論に参加しているということが、ファシリテーションする私たちにも伝わってきました。このように、自分の発見を言語化するだけでなく、スケッチという手段でじっくり考えて表現してみたい方々にも体験していただけるワークショップができたことは一つの成果だと思います。
このワークショップが始まるまで、未来館のイベントでは、「みんなで議論する」「その場ですぐにコメントや質問を出す」といったものがよく見られました。言葉で語り合うことによって進んでいく形式です。
しかし、他の手段による表現方法でコミュニケーションが行われてもよいのではないかと、私自身は考えていました(例えば、ダンスするとか、工作するなど)。そこで「スケッチ」という手法を取り入れることにしたのです。これにより、未来館で参加者がアイデアを表現できる方法をひとつ増やすことができたのではと考えています。
今後は、このワークショップを引き続き実施しつつ、魚以外のモノを対象にできないか考えていきます。「もっとよく見たい!」「もっと知りたい!」と感じる対象物がよいと思っているのですが、みなさんはどんなものをスケッチしてみたいですか? アイデアをお持ちでしたら、次回来館されたときにでも科学コミュニケーターにお伝えいただけるとありがたいです。アイデアお待ちしています!
研究者インタビュー:科学イラストの世界とは?
ここからはワークショップのテーマに関連する科学イラスト (サイエンスイラストレーション) について研究されている有賀雅奈さんに、科学イラストとはどのような分野なのか、うかがったインタビューをお届けします。

―科学イラストとは、どのようなものですか?
有賀さん:科学の知識や情報を記録したり説明したりするイラストのことです。ワークショップ「科学の目で見て描いてみよう」のように、観察して描くタイプのものも含まれますが、恐竜の復元図や宇宙の星、人体構造など、直接見ることができないものや、DNAの構造など概念的に表現するイラストもあります。例えば、理科の教科書や資料集に載っているような細胞の図、科学図鑑の絵や標本図など、実はみなさんもいろいろなところで見かけているはずです。こうしたイラストでは、科学的に正しいことをクリアしつつ、見た人が伝えたい情報を理解できるように工夫して描かれています。化粧品の表示で出てくる肌の断面図も含まれますので、実は日常生活のなかでも目にする機会は多いと思います。
―恐竜の復元図や化粧品と聞いて、意外と身近な存在だとわかりました! ではこういった科学イラストの研究とは、具体的にどのような研究なのでしょうか?
有賀さん:その科学イラストが「どのような情報をどう表現して伝えようとしているか」に注目します。イラストレーターが残した原画やスケッチ、掲載された作品、文字で記録された記事や日記、ご存命であれば本人や関係者の証言などを集めて、どのような意図で何を描こうとしたのか、必要な科学知識をいかに学んでイラストに織り込んでいったのかなどを分析しています。
例えば、いま研究中(2025年5月現在)の素材として、故・木村しゅうじ氏(※)の原画があります。戦後の図鑑や科学絵本などのイラストを描いた、日本を代表するイラストレーターの作品です。木村しゅうじさんはニホンザルをたくさん描いているのですが、木村さんが実際に観察したニホンザルのどんな行動、どんなシーンに注目し、木村さんなりにストーリーを見出しているのかといったところを見ています。また、木村さんの動物や恐竜などのスケッチには「背景を沼地にする」「もっと細い」など、対象を生態学や古生物学などの観点からどう修正するかを文字でメモしていることがあります。このような書き込みが議論や思考の過程をたどるヒントになると考えています。
(※)木村しゅうじ
1930年-2021年。動物画家、漫画家。図鑑や絵本、雑誌などに動物の生態を多数描いた。昭和61年「ニホンザル」の挿絵で日本科学読物賞。

―「観察」という点では、木村しゅうじ氏のイラストにはどのような特徴がありますか?
有賀さん:直接観察していないにもかかわらず、見たかのように描くことがある点です。例えば、シーラカンスが泳いでいるこのイラスト (図5) は、木村さんが直接見たわけではないと思います。さまざまな情報をもとに、どういうシーンがシーラカンスらしく、印象的なのかということを考え、ご自身で再構成して描いたのだと思います。写真を見たり実物を観察したりしながら描くこともありますが、写真のまま描くことは多くないので、観察とご本人のアレンジがどのように絡み合っているのかを読み取るのが研究の面白さです。
―木村氏の作品のように、過去に描かれたものを含めて、科学イラストを研究する意義とは何でしょうか?
有賀さん:図鑑や科学絵本の科学イラストレーターたちは、科学知識の普及の最前線にいました。彼らがどんな信念で何を伝えようとしたのかを知ることは、日本の科学コミュニケーションの歴史を知り、これからのことを考える材料にもなると考えています。図鑑は、理科教育に関係しているけれど、学校の勉強とは別に自由に読んでいる人もたくさんいます。生物研究者はもちろん、理科が苦手な人でも図鑑は好きだった人も多いです。これほど科学知識の普及に貢献し、文化として今でも定着しているメディアってあまりないと思っています。
ー身近な「科学イラスト」から、このような興味深いことがわかるんですね。これからは、そういった視点で科学イラストを見ていきたいです。