after 3.11のエネルギー考

第3回 原子力エネルギーは中継ぎ投手?

この夏、私たちの将来にとってとても重要なことが、"国民的議論"を経て決められようとしています。知ってましたか?

私たち国民はいま政府から「日本のエネルギーの将来像として3つのシナリオのうちどれが良いですか?選んで下さい」と問われているのです。

東日本大震災の前、2010年の時点で、日本の1次エネルギー供給の割合(*1)は、化石燃料81%、原子力13%、再生可能エネルギー6%。発電電力量(*2)では、化石燃料63%、原子力26%、再生可能エネルギー10%でした。そして将来のエネルギー供給の長期戦略としては、原子力への依存度を高め、化石燃料依存度を下げていくというビジョンが掲げられていました(これが現行の「エネルギー基本計画」(*3)です)。ところが、福島第一原発の事故により原発の安全性に重大な課題のあることが誰の目にも明らかとなり、安全性向上に向けた取り組みとあわせ、将来にむけたエネルギー長期戦略、つまりエネルギー基本計画も大幅に見直すことになりました。その見直しのための"国民的議論"が、この7月からすでに始まっています! 具体的にどんなことを議論しているのか? 議論のポイントは何か? そして、議論に参加するためにはどうすればよいのか? を以下でご紹介します。

エネルギーの将来像、3つの選択肢

6月29日に、3つの選択肢(シナリオ)が政府から発表されました(*2)。政府と有識者が1年間をかけてのべ数十回の会合を経てつくったものです。政府はこの3つのシナリオのどれが良いかを、私たち国民に問いかけ、意見を募集しています。

それぞれのシナリオの一番の違いは、2030年時点での全発電量に対して原発の占める割合です。原発に関わる重要部分だけに注目するとそれぞれ以下のようなものです。

①ゼロシナリオ

2030年までのなるべく早期に原発比率をゼロにする。使用済み核燃料はすべて直接処分する。

②15シナリオ

原発依存度を着実に下げつつ、国際情勢や技術革新など環境の変化に柔軟に対応する。2030年での原発比率は15%程度。使用済み核燃料は、直接処分と再処理とがあり得る。

③20~25シナリオ

原発依存度を緩やかに低減しつつも、原子力及び原子力行政に対する国民の強固な信認のもと、一定程度維持する。2030年での原発比率は20%~25%程度。使用済み核燃料は、直接処分と再処理とがあり得る。

「直接処分」や「再処理」の解説は後回しにして、まずはこの3つのシナリオを原発比率の推移イメージで比べてみましょう(図1)。

図1 シナリオごとの原発比率の推移イメージ

一番左の①ゼロシナリオは脱原発案です。現存の原発をいずれかの時点で全て廃炉にし、今後は新しい原発は建設しないと決めることになります。

一方、一番右の③20-25シナリオは原発継続案です。原子炉の更新や新規原発の建設を今後も継続的に行い、"国民の強固な信認"のもと一定の原発比率を保ち続けるというシナリオになっています。

そして真ん中の②15シナリオは、なりゆき&先送り案です。このシナリオでは、原発比率を2030年には15%にまで減らすとしていますが、2030年以降については"柔軟に対応"することにしていて、脱原発なのか原発継続なのかについての決定は先送りするというものです。また2030年に15%程度という比率は、実は現状維持で達成できる数字です。現状維持とは、新しい原発を立てることもないけれど、寿命前のまだ使える原子炉をわざわざ止めるようなこともしない、という意味です。40年で廃炉にするという原則に基づいて、古くなった原子炉を止めていけば、原発比率は2030年にはおのずと13-15%にまで減ることがわかっています(*4)(図2)。つまり15シナリオでは当面は現状からのなりゆきにまかせておき、原発の存廃についての決定は先送りすることになります。

図2 寿命40年で廃炉とし新増設も無い場合の原発設備容量の推移:赤線は福島第1および第2,女川、東通、浜岡はすべて停止を想定。柏崎刈羽、島根も段階的に停止を想定している。(出典 環境エネルギー政策研究所「3.11後のエネルギー戦略ペーパー」No.1)

原発依存度が下がることで足りなくなるエネルギーはどうするのか、という点については3つのシナリオのいずれも、再生可能エネルギーと省エネルギーでまかなうという考えです。エネルギーミックスの全体像はそれぞれ図3に示したようになっていて、省エネルギーについては一律10%、再生可能エネルギーの導入割合については①35%、②30%、③25-30%という割合が想定されています。省エネルギーと再生可能エネルギーを大きく導入すればするほど、化石燃料依存度を減らしていけるという関係になっています。

図3 2010年実績とシナリオごとの電源構成比率の比較

原発をめぐる3つの大きな問い

政府から提示されたのはこのような選択肢なのですが、"国民的議論"では何を議論すべきなのでしょうか? 原発をめぐっては、そもそも次の3つの大きな問いが存在していると思います。

問1.原発の利用をやめるのか、継続するのか

問2.原発継続の場合、核燃料サイクル政策を継続するのか、しないのか

問3.原発利用を止める場合でも、現存の原発は再稼働するのか、しないのか

この3つの問いを1つずつ見ていきましょう。

問1.原発の利用をやめるのか、継続するのか

日本のエネルギーの将来について今回最も重要な選択は、原子力を今後も日本の基幹エネルギーの担い手として継続的に利用し続けるのか、それとも止めるのかという点だと思います。多様なエネルギー源を確保して国のエネルギーの長期安定供給を実現するために原子力利用は欠かせないと言われていますが、ひとたび事故がおきた場合の被害はあまりにも甚大であることもわかりました。また使用済み核燃料をはじめとする大量の放射性廃棄物の処理方法についても、いまだ決められていないという状況があります。原子力が次世代も含めた私たちの社会にもたらしてくれる利益とリスクとを、冷静に比較して原発利用の是非を議論する必要があると思います。

問2. 原発継続の場合、核燃料サイクル政策を継続するのか、しないのか

「核燃料サイクル」は技術的にも開発途上にある将来計画ですが、実用化されれば原子力燃料であるウランの資源寿命を100倍に延ばせるというもので、現行のエネルギー基本計画の重要な柱のひとつになっています。先ほど説明を後回しにした「再処理」と「直接処分」は、実はこの「核燃料サイクル」をやる、やらないにそれぞれ相当していて、選択肢を理解する上でも重要なポイントなので、以下で詳しく説明します。

現在の原発の燃料として使われているのは、ウラン235という放射性同位体です。これは、ウラン全体のわずか0.7%という非常に希少な存在です。このウラン235の資源寿命はおよそ100年ほどと考えられていて、やはり将来の枯渇のことを心配しなければなりません。そういう意味では、原子力は、持続可能なエネルギーシステムができあがるまでの間の"中継ぎ投手"の一人だとも言えそうです。

図4 資源ごとの採掘可能年数(出典 原子力・エネルギー図面集2012 電気事業連合会)

ところがウランの資源寿命を100倍に延ばすからくりが存在します(*5)。ウラン全体の99.3%を占めるウラン238を核燃料として利用できるようにするというものです。

軽水炉と呼ばれる現在の原子炉では、希少なウラン235が中性子を吸収すると核分裂を起こし、中性子を放出することを利用して核分裂の連鎖反応を起こさせます。このときに、生じる熱を利用して発電を行っています(図5上)。

一方、ウランの大半を占めるウラン238は中性子を吸収しても核分裂反応はおこしません。しかし、核分裂反応を起こすプルトニウム239へと変化するという性質があります。これを利用します。ウラン238とプルトニウム239とを混ぜた核燃料をつくり、プルトニウム239の一回の核分裂反応で、2つ以上の中性子が発生し、1つはプルトニウム239の連鎖反応に、1つはウラン238からプルトニウム239への変換に使われるように調整することができれば、プルトニウム239を消費して発電を行いつつ、プルトニウム239の製造も同時に行えることになります(図5下)。このしくみによって、ウラン238をプルトニウム239の姿を通して核燃料として利用できることになるのです。

図5 (出典 原子力・エネルギー図面集2012 電気事業連合会)

プルトニウム239とウラン238の核燃料利用を実現するには高速増殖炉とよばれる特殊な原子炉が必要です。日本では1960年代から研究されていて、実験炉「常陽」(1970~)、原型炉「もんじゅ」(1980~)が建設されましたが、実用化のめどはたっていない状況です(*6)。また、MOX燃料と呼ばれる高速増殖炉用の核燃料の製造についても技術開発研究がすすめられてきました。MOX燃料は、通常の軽水炉から出た使用済み核燃料棒を「再処理」して作ります。高速増殖炉が実用化されれば、使用済みMOX燃料を「再処理」してプルトニウムとウランを回収し、新たなMOX燃料へとリサイクルできることになるのです。

これら全体が「核燃料サイクル」ですが、まだそのサイクルは完成していないので「再処理」してMOX燃料を本格的に製造することは始まっていません。しかし、原子炉からどんどん出てくる使用済み核燃料の処置は待ったなしで行わなければなりません。そのため「核燃料サイクル」のシステムが完成するまでは、使用済み核燃料を「再処理」するのではなく、地下深くに埋設するなどの「直接処分」で安全な場所に隔離することも必要でしょう。この「核燃料サイクル」は、他国でも長年研究されてきましたが、これまでに開発を断念した国も少なくありません。原発継続の選択をした場合でも、核燃料サイクル政策の継続か否かは、その開発に失敗したときのリスクも考慮して議論しなければならない問題です。

問題3. 原発利用を止める場合でも、現存の原発は再稼働するのか、しないのか

現在26%の原発比率から原発依存度をどのように下げていくか、という話をこれまでしてきましたが、現実には2012年7月時点で稼働している原発は大飯原発の3号基・4号基のみです。現状から最短で脱原発を実現する方法は、今停止中の原発についてはそのまま再稼働しないことです。しかし原発は地域経済の要の存在であり、再稼働するかしないかは原発立地地域にとって死活問題であることも忘れてはいけないでしょう。ただし再稼働するには原発にさらなる安全対策が施されること、有事の際の住民の安全確保対策を見直すことなど、福島第一原発の教訓を受けて取り組まなければならない数々の課題も存在しています。

以上3つの問いから選択肢①②③をあらためて見てみると、①ゼロシナリオは、原発利用を止めるとともに、核燃料サイクル政策の放棄。②15シナリオは、原発利用を今後止めるか継続するかを今は決めず、核燃料サイクル政策についての見極めも先送りする。③20-25シナリオは、将来的な原発利用を継続し、核燃料サイクルの実現を目指すが、将来的に核燃料サイクルが実現できない場合の直接処分の道もつけておく。このような意味になると思われます。そして現在止まっている原子炉の再稼働については、いろいろなシナリオがあり得るはずですが、今回の選択肢にはその論点は含まれていません。

日本のエネルギー戦略を野球の試合にたとえると、中盤で投入した原子力に対して、「今すぐ降板させるべきです!」と言うコーチ、「中継ぎとしてもうしばらく踏ん張ってもらいましょう」、あるいは「回を重ねるごとにどんどん調子を上げると思います。そのまま完封できるかもしれませんから辛抱強く見守って下さい」と進言してくるコーチとがいるような状態です。監督として熟慮が必要な場面です。

国民的議論に参加するには

それでは最後に議論への参加の仕方をご案内しましょう。今回のエネルギーの選択肢に関して、政府は3つの方法を用意しています 。ひとつめは政府に対して直接意見を送ることのできるパブリックコメントと言う仕組みです。政府ホームページ(*7)にある黄色いボタン(*8)のところに詳細な案内が書かれていますが、ウェブ上の入力、FAX、あるいは郵送で意見を送ることができます。ふたつめの方法は意見聴取会(*9)に参加することです。全国11カ所で開催が予定されていて、事前申し込みが必要ですが会場で直接意見表明する機会が得られるかもしれません。そして3つ目は討論型世論調査というものです。全国から無作為に選抜された300人が、専門家から必要な情報を聞き出しながら参加者同士で議論をした後に、個々の意見表明をするというもので、8月上旬に1回だけ開催される予定になっています。

国が用意している場はこれだけです。国とは別に、自主的に討論型世論調査の会議を開催しようという動きもあります(*10)が、まだまだ足りないと思います。ぜひこの夏は、自主的な議論の場をみなさんの周りでつくったり、日本科学未来館に来たりして(未来館では、エネルギーの選択肢に関するサイエンス・ミニトークを実施する予定です)、私たちの未来社会のことを話し合ってみてください。

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参考文献

*1 BP, Statistical Review of World Energy (リンクは削除されました)

*2 エネルギー・環境に関する選択肢(内閣府国家戦略室エネルギー・環境会議) 平成24年6月29日 (リンクは削除されました)

*3 エネルギー基本計画(閣議決定) (リンクは削除されました)

*4 経済産業省資源エネルギー庁 基本問題委員会第20回(2012/4/26) 配付資料2「原子力発電比率について(これまでの議論を受けて) (リンクは削除されました)

*5 核燃料サイクルーエネルギーのからくりを実現するー 藤家洋一、石井保 共著、ERC出版

*6 日本の高速増殖炉開発 小出裕章 (リンクは削除されました)

*7 エネルギー・環境会議 (リンクは削除されました)

*8 「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する御意見の募集(パブリックコメント)について (リンクは削除されました)

*9 エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会 (リンクは削除されました)

*10 エネルギー・環境戦略 市民討議 実行委員会 (リンクは削除されました)

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