いのちを迎えるすべての人へ Part 1~診察室からみた出生前検査

新たな命と、家族の幸せについて、みんなで真剣に考えたイベントでした。

9月25日(日)、トークイベント「いのちを迎えるすべての人へ~赤ちゃんの出生前検査を考える~」を開催しました。
「みらいのかぞくプロジェクト」としては、今年度第2弾となったこのイベント。今回のテーマは、「出生前検査」です。

現在、妊婦さんが病院で受けることのできる出生前検査の種類と検査を受けられる週数。

出生前検査は、おなかの中の赤ちゃんの健康状態を知るための検査です。
検査で赤ちゃんに病気があると分かった場合、設備が整った病院で、経験豊富な医師のもと出産を行い、生まれてすぐに適切なケアができるよう準備を整えることができます。また、妊娠の継続をあきらめるという選択もできます。
赤ちゃんの生命や健康を守るための技術である一方で、生まれてくる生命を選ぶ技術にもなりうる出生前検査に関し、複雑な想いを抱いている方も多いのではないでしょうか。

今回は、産婦人科医として多くの赤ちゃん、妊婦さんと向き合ってこられた聖路加国際病院の山中美智子先生と、東京大学医科学研究所の武藤香織先生を講師に招き、子育て世代の方を中心とした多くの参加者の方とともに出生前検査について考えました。

当日司会・進行を担当した浜口がイベントの様子を2回に分けてお伝えします。
この記事では、講演パートの前半、山中先生のお話をふり返ります。

「診察室からみた出生前検査」
聖路加国際病院 山中 美智子先生

「赤ちゃんが生まれてくるまでには、想像を絶する、いろいろなことが起こっています。」
出生前検査の詳細について学ぶ前に、山中先生と私たちはまず生命の誕生について改めて考えました。

たったひとつの受精卵が分裂して細胞の数を増やす。それぞれの細胞は役割を持つようになり、組織や器官ができる。それらが協調して働きながら、赤ちゃんの身体がつくられていく...。
その中には、数え切れないほど多くの生物学的な出来事が含まれます。
また、出産の時、狭い産道を通って赤ちゃんが出てくるのも命がけです。
そうしたすべての段階で、予定通りにことが進むわけではありません。どこかで予定外のことが起これば、先天性の病気や、大きくなってからの体質として影響が出ることがあります。
そして、その予定外の出来事は「誰にでも起きている」と山中先生は言います。赤ちゃんが無事に生まれてくる、というのは、私たちが想像する以上に大変なことなのです。

だからこそ、「赤ちゃんがおなかの中で順調に育っているのか知りたい」と、多くの人が考えてきました。そこで登場したのが出生前検査です。
超音波で赤ちゃんの身体の様子を詳しく見て、どこかに病気の可能性を示すサインがないか調べたり、
お母さんの血液をとってきて、それを分析することで赤ちゃんの病気を推測したりすることができます。
また、羊水や絨毛(胎盤の一部)をとってきて、赤ちゃんの染色体や遺伝子を直接調べることができる、確定的な検査もあります。

一方で、「出生前検査でわかるのはその子のごく一部。すべてがわかるわけではない」と、山中先生は言います。
検査で調べられるのは、遺伝子や染色体の変化による病気の有無だけです。その変化が本当に病気に結びつくのかすらわからないこともあります。
仮に病気があることがわかっても、どんな症状となるのか――そうしたことはわかりません。
ましてや、その子はどんな可能性を持っていて、どんな人生を歩むのかも、検査から知ることはできません。
病気があっても、なくても、子どもたちはそれぞれの感性で世界とかかわり、幸せを感じて生きています。山中先生が紹介した、ダウン症候群の子どもたちが描いた絵からも、そのことがはっきりと伝わってきました。
病気=その子は不幸、というわけでは決してないのだ、ということを改めて感じました。

そうとはわかっていても、「やっぱり赤ちゃんの病気は心配...検査を受けた方がいいのかな...」と悩んでしまう人も多いと思います。
出生前検査を希望する両親は、「遺伝カウンセリング」を受けることができます。
検査を受けようと思った理由や家族の病歴などを医師や遺伝カウンセラーと確認した後、検査の方法、結果の解釈の仕方、検査によってわかること、わからないことなど、正確な情報提供を受け、検査を受けるかどうか自分たちの意思を決定します。
また、赤ちゃんに病気があると分かった時も、どんな病気か?どんな治療法があるのか?患者さんはどんな生活をしているのかなどの説明を聞いて、今後の対応を検討することができます。
(遺伝カウンセリングについてはこちらの記事(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)でも詳しく紹介しています)

講演の中では、実際に遺伝カウンセリングを受けた妊婦さんの声の紹介もありました。
どれも切実な、真実の言葉で、会場の方々も時折うなずきながら、真剣な表情で聞き入っていました。
赤ちゃんの両親は、遺伝カウンセリングの過程でたくさんのことを考えます。自分の人生の優先事項を見つめ直したり、本当は認めたくなかった感情に向き合ったりもしたかもしれません。
スライドに示された短い言葉の中に、ご両親の悩み抜いた過程が見えるような気がして、ひとつひとつの決断に頭が下がる思いでした。
(山中先生が紹介した、妊婦さんの声の具体的な内容は、当日の映像をご覧ください!)

さまざまな葛藤を抱えつつも、医師として出生前検査を提供する理由について、山中先生は「さまざまな妊婦さんとその家族が正確な情報に基づいて、それぞれに適した選択をしていけるようにするため」だと言います。
では、今の社会はそうした多様な選択を尊重しているか?個人のレベルではどうか?と考えると、まだ不十分なところも多いのではないでしょうか。
出生前検査が赤ちゃんも両親も含めた家族の幸せのために役立てられ、その目的や方向性を見誤らないようにするために、「あらゆる人の存在と、その意思が尊重される社会」がどんなもので、どうしたら実現できるのかをこれからも考え続けたいと感じました。

Part 2では、講演の後半、武藤先生による社会学・倫理学の観点からみた出生前検査のお話と、客席コメンテーターの方の体験談をふり返ります。次回も、どうぞお楽しみに。

「人文・社会科学」の記事一覧