志水です。
皆さま、ご無沙汰しております!!
いやはや、8ヶ月ぶりの記事ですか。
便りが無いのは元気な知らせ...は、ちょっと違いますが、最近は常設展示をつくる裏方として元気にやっております。
さてさて、前回の伊藤の記事につづいて、今回も未来館の展示フロアで研究者とお客様が行う実験イベント「ともにつくるサイセンタン!」でどんな成果が出ているのかご紹介しましょう。
ご協力いただいたのは、東京女子大学で心理学を研究する田中章浩教授の研究室。昨年8月から約1年間、のべ850名の未来館にいらしたお客様を対象に、「相手の顔や声からどのように気持ちを読み取るか」という実験を行いました。
はぁ~、850名ですか!!
ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました!!
そんなにたくさんのお客様にご協力いただいたなら、きっと面白い結果が出ているはず!今年の夏にも実験イベントを控える研究室の皆さんに、お話を伺ってきました。
私たち人間は、相手と会話をするときに言葉だけで情報をやりとりしているわけではありません。同じ言葉であっても、声のトーンや顔の表情から「あ、この人、なにか良いことがあったのかな?」と気持ちを読み取りながら会話をしています。
田中研究室では、そのような気持ちの読み取り方が、国や年齢によってどのように異なるのかを中心に研究しています。
「一般に、子供から大人になるにつれて、複数の情報を組み合わせて相手の気持ちを読み取るようになります」と語るのは、田中研究室の山本寿子研究員。山本さんによると、表情と声、あるいは声と口の形といったさまざまな組み合わせで、大人になるほどより多くの手がかりを頼りに相手の気持ちを読み取る傾向にあることが分かっているそうです。
※ちなみに筆者は、声や表情から相手(特に女性)の気持ちを読み取ることが苦手なので、しばしば「地雷」を踏みます(笑)
下のグラフは、昨年夏に未来館を訪れた親子にご協力をいただいた6種類の実験の1つ「顔声情動判断課題」の結果です。ごく簡単にいうと、顔は笑っているのに声が怒っている人の映像を見たときに、「この人は、声が怒っているんだから、きっと怒っているにちがいない」と判断したケースの割合を示しています。
イメージとしては、やましいところがある夫が、不敵な笑みを浮かべる妻に問い詰められているところを想像すると良いでしょう
(わ、わたしですか?そんなことあるわけないじゃないですか、ハハハ...。ちなみに、実験はもっとマイルドですよ。念のため)。
5~6歳では、ほとんどのケースで表情を頼りに気持ちを読みとるのですが、大きくなるにつれ、声という情報も頼りにしながら気持ちを読みとる傾向になることが分かります。
しかし、ここでおかしなことに気がつきませんか?
そうなんです!一緒に実験に参加した30歳代のお父さん・お母さんの結果が、あたかも9~10歳のお子さんと同じような結果に逆戻りしているのです。
「初めてデータを見たときは『正しく実験を行えていないのでは?』と疑いました。子供が実験をやっている姿を、親があらかじめ見ているのが影響しているのではないか、とも。しかし、親御さんにしっかり注意を伝えたときでも同じような結果でした」
なんとも不思議な結果ですね。そこで山本さんは、はたと気がつきます。
「もしかしたら、大人になってからも気持ちの読み取り方は変化しているのではないか、と。年齢によるかもしれませんし、子供を育てるという経験が影響しているかもしれません」
たしかに、お子さんに合わせて話すお父さん・お母さんは、お子さんとコミュニケーションのルールが似てきても不思議ではありませんね。
そこで、今年3月に行った実験では、お子さんがいる30代の方と、お子さんがいない30代の方を比較することにしました。その結果、お子さんがいる人の方が、いない人より顔の表情を重視するということが統計的に示されたのです(数値は論文投稿前なので非公表)。
周りの人と関わるなかで、大人になってもコミュニケーションのあり方が変わってくるかもしれないなんて、面白いですよね!
もちろん、この一つの実験だけで、子育て経験が気持ちの読み取り方に影響を与えると結論づけるのは早急でしょう。しかし、この発見は、私たちにさまざまな考えを促します。例えば、学校や職場で交わす会話の一つ一つが私たちのコミュニケーションのしかたに影響を与えているかもしれません。
「初めは失敗だと思った実験が、実は失敗では無かったことに幸運にも気がつきました。これも多くの来館者の方にご協力をいただいたからこそだと思います」と山本さんは笑みを浮かべながら、声も本当に嬉しそうに(筆者の勘違いじゃないはず!)、話してくださったのが印象的でした。
取材の最後に、研究室のリーダー・田中章浩先生は未来館のお客様に参加いただいた今回の「ともにつくるサイセンタン!」の意義を次のように語ってくださいました。
「心理学では、(研究者にとって身近な)大学生を一般的な『大人』とみなして解釈する傾向にあります。しかし、私はオランダで研究していた時期に、まず文化によっても心のありよう、具体的にはものの見え方、聞き方、感じ方は、大きく異なることを実感しました。そして、未来館でさまざまな年齢、さまざまな背景の方にご協力いただいたことで、『大人』になってからもさまざまな変化があるということが分かりました。
国際的な学術雑誌に掲載される論文では、『欧米の大学生』のデータだけをもとに『大人』についての結論を導いてしまいがちですが、これには大きな危険があります。文化間比較をしたり、発達的視点を取り入れたりすることで、より深い、多面的な人間観を得ることができるのです。多様な来館者にご協力をいただく実験の場として、未来館には大きな意義があると思います。」
皆さんからいただいたデータの解析はまだ道半ば。これから新しい発見もあるでしょう。多様な背景をお持ちの皆さんにご協力いただくからこそ分かってくる人間の本質。さらに新たな実験を積み重ねるなかで、「心理」についてどんな「真理」が明らかになるのか、楽しみです!
ともにつくるサイセンタン!「気持ちの鑑定所~コトバで隠せないホントの気持ち~」
研究者:東京女子大学 現代教養学部 田中章浩研究室
期間:2016年8月4日~2017年5月2日(のべ19日間)
開催場所:日本科学未来館 3階 実験工房
参加者数:のべ850名
企画:武田真梨子、志水正敏、高知尾理(日本科学未来館・科学コミュニケーター)
※研究の成果は以下で発表されました。
日本発達心理学会第28回大会(2017)
「視聴覚による情動判断と音韻知覚の関連と発達的変化」
(山本寿子・河原美彩子・田中章浩)
International Conference on Auditory-Visual Speech Processing, Stockholm, Sweden (2017)
"The Developmental Path of Multisensory Perception of Emotion and Phoneme in Japanese Speakers".
Yamamoto, H. W., Kawahara, M., & Tanaka, A.