感動映画をきっかけに考える、医療を発展させるみんなの声

もし、あなたの子どもが治療法のない難病を抱えていたら、あなたはどうしますか? 今回は、そんな難しい状況に置かれた家族の実話をもとにした、ある映画の話から始めましょう。

希少疾患の我が子を救うために

映画『小さな命が呼ぶとき』は、ポンぺ病という難病の治療薬開発の物語。ポンぺ病は、難病の中でも患者数の少ない希少疾患です。筋肉に糖の一種であるグリコーゲンがたまり、全身の筋肉がうまく働かなくなっていきます。患者の平均寿命はわずか9年。治療法のない病気でした。そんな難病を患う2人の我が子を救うため、父親が奔走します。薬の段階にはまだほど遠い基礎的な研究をしていた研究者とともに製薬会社を立ち上げ、無謀としか思えない状況から、やっとのことでポンぺ病の治療薬を開発するまでのお話です。

映画『小さな命が呼ぶとき』 (YouTubeムービーより)

筋力が落ち、電動車いすに乗っていた2人の子どもが、この薬のおかげで回復した姿には、涙ぐまずにはいられない、そんな感動ストーリーでした。こうして開発された薬、マイオザイムは現在、世界中で使われ、ポンぺ病の治療に貢献しています。

ですが、これは幸運にもうまく治療法が見つかった数少ない例。世界には、治療法がないのはおろか、治療法開発の足掛かりとなる病気のメカニズムすらわかっていないような希少疾患がたくさんあります。

注目されづらい病気たち

『小さな命が呼ぶとき』は2010年の作品ですが、先日「RDD東大薬学部」というイベントで上映されました。これは、2月末日のRare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)に関連し、東大で開かれたイベント。患者数が少ないがゆえになかなか認知してもらえず、治療法も確立していないものが多い希少・難治性疾患。多くの方に知っていただき、治療法の研究開発の進展につなげることを目指しています。

RDD東大薬学部では、希少・難治性疾患について知ってもらう入り口として、映画の上映が行われました。加えて、希少・難治性疾患の治療法確立のためにも今後ますます重要になる「医療への患者・市民参画(Patient and Public Involvement, PPI)」について紹介がありました。では、「医療への患者・市民参画」とは、どんな考え方で、どうして重要なのでしょうか? 主催された東京大学大学院薬学系研究科 ITヘルスケア社会連携講座の特任教授、今村恭子先生にお話しを伺いました。

東京大学大学院薬学系研究科 ITヘルスケア社会連携講座の特任教授、今村恭子先生
(撮影:田中沙紀子)

大事なのは、みんなの声

まず、医療に患者さんが参画するってどういうことなのでしょうか? そして、なぜそれが必要なのでしょうか?

今村先生「今、医薬品開発のメインターゲットのひとつは、希少・難治性疾患です。これまでは、対象患者さんの多い病気の薬ばかりが注力されていましたが、概ね一周して、従来の開発のアプローチでは手詰まりになってきました。そこで、これまで手を付けられなかった難しい病気の治療薬や、通常の治療法が有効でない患者さんの治療法が模索されているのです。こうした病気は、対象となる患者さんが少ないために、開発した治療法の効果を確かめる試験をするのに必要な数の患者さんを集めるのが難しかったり、効果があるかを判断するための基準がなかったり、といった課題があります。これらを解決するためには、研究開発の最初の段階から患者さんに協力してもらい、意見を出してもらわなければ、うまく取り組むことはできません。そこで、患者さんに研究計画を立てる段階から意見をもらい、ともに開発を進めることが重要になるのです」

科学技術が発展することで、薬や治療法の開発も発展しました。たとえば、ゲノム解析が容易になって遺伝情報から病気の原因をさぐりやすくなったり、iPS細胞を活用して薬の良い候補を探しやすくなったり。そんな科学技術のおかげで、希少・難治性疾患にもアプローチしやすくなったと言えるでしょう。ですが、莫大なお金をかけて新薬を開発しても、患者さんのニーズに合わず使えなかったのでは意味がありません。そんなことが起きないよう、研究開発のすべての段階で患者さんに入ってもらうことが重要なのですね。

それでは、市民の参画の意味ってなんなのでしょうか?

今村先生「倫理的な意味で、市民に参画してもらうことが必要です」

希少・難治性疾患にかかわらず、どの疾患に関しても言えることですが、研究者だけで研究開発を進めると、科学的に追究しようとする思いが強いために、ときに倫理的に問題がある判断をしかねません。特に希少疾患では、対象者の数が限られるがゆえに研究が進みづらく、こうした問題が起きやすい危険性を孕んでいると言えます。そんなことが起きないよう、ヒトを対象にして薬の有効性を確かめる臨床試験を行うにあたっては、どんな薬の場合も、必ず倫理委員会が試験の計画に問題がないかをチェックします。そして、ここには「一般の市民」という立場の委員がいます。一般の市民である委員は、「試験に参加する患者さんへの説明資料が、専門家でなくてもわかる内容になっているか」という判断のためにも重要なのだそうです。

また、そもそも「国として医療をどう支えるか」という社会全体で考えなければならない問題もあります。これは、市民の意見なしに決めていくことはできません。

今村先生「日本の医療費は膨れ上がり続け、このままだと財政破綻してしまうといわれています。その原因の一つは、高額な医療が増えていることです。では、こうした医療の問題をどうしていけばいいのか、市民の皆さんの意見を踏まえて社会全体で考えなければなりません」

高額医療の話は、時折ニュースで耳にするかもしません。2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生が開発されたオプジーボが有名ですね。承認された当初は、患者さん1人あたり年間約3500万円もの治療費が見込まれていました。このように治療費が高額になったとき、日本の医療制度では患者個人が負担する金額には上限があります。莫大な費用を払わずに治療が受けられるため、患者さんにとってはありがたい制度ですが、残りの費用を負担しているのは国、つまり私たちが払っている税金です。高額医療が増えるほど、税金での負担が増え、日本の医療制度はピンチになってしまいます。これは、税金を払っている私たち市民と切っても切れない重要な問題です。ですが、医療を受けることができたら、介護を受ける必要がなくなり介護費が減少したり、元気になった患者さんが働けるようになり経済を回し税金を払うことができたりと、財政的にプラスになる面もあります。医療費以外にもいろんな要素がかかわる複雑な問題ですが、だれかの問題ではなく、みんなの問題です。だから市民の意見を反映させる必要があるのですね。

今村先生は、こうした医療への患者・市民参画を進めるためには、人をつなぐことが大切といいます。

今村先生「日本には、希少・難治性疾患の患者団体は疾患ごとにたくさんあります。ですが、規模が小さいものが多いですし、当事者だけの活動では、社会からの助けを得にくいのが現状です。これに対して、何か力になりたいという市民は、実は少なくないと思います。たとえば、大きな災害が起きるとたくさんのボランティアの方が動きますが、これは、助けになりたい気持ちがあるからですよね。そうした想いのある市民をうまくまとめ上げることができれば、大きな力になります。また、異なる疾患の患者団体同士をつなぐことも重要です。疾患の特徴によって、先天的な疾患で子どもの患者が多いのか、大人になって発症する患者が多いのか、などが異なりますから、声の上げやすさも活動の仕方も異なります。患者団体同士をつなぐことで、お互いの知恵を生かし合うことができるはずです。そして、希少疾患の場合は、患者数が少ないですから、世界中で協力し合うことも必要です」

PPIコンソーシアムで人をつなぐ

医療への患者・市民参画を進めていくために、2019年、今村先生らはPPIコンソーシアムを設立しました。まずは、患者・市民のみなさんに向けて、ヨーロッパでの実践内容を参考に、医療・医薬品開発について勉強するツールや機会を提供します。そして、医療・医薬品開発に携わる人と患者・市民のみなさんをつなぐ場をつくり、患者・市民参画(PPI)を先導していく予定です。

さまざまな立場の人々が意見を出し合って、医療・医薬品開発を進めていく
(画像提供:PPI Consortium in Japan)

まずは、希少・難治性疾患を知ろう!

今回のブログでは、RDD東大薬学部のイベントから、希少・難治性疾患の治療法開発と今後の医療の発展において重要な、患者・市民参画についてお伝えしました。

2月29日のRare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)に向けて、疾患への関心を高めてもらうべく、東大以外にも、全国各地で関連したイベントが開催中です。大きいところでは、2月29日に東京ミッドタウンにてRare Disease Day in Tokyoが開催されます。会場に来られない方向けに、ライブ配信も予定されているようです 。希少・難治性疾患について、まずは知ってみるチャンスです。ぜひこの機会に希少・難治性疾患に注目してみてください。
※2020年2月26日 追記:新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐため、Rare Disease Day in Tokyoの開催が5月30日(土)に延期となりました。詳細は公式サイトにてご確認ください。

【関連リンク】
・患者・市民参画(PPI)ガイドブック(日本医療研究開発機構, AMED)
https://www.amed.go.jp/ppi/guidebook.html

【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださった東京大学大学院 薬学系研究科 ITヘルスケア社会連携講座 今村恭子特任教授に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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