常設展示紹介【ぼくとみんなとそしてきみ】

ぼくらの気持ちはつながっている?

 “共感疲労”という言葉を知っていますか?他人の痛みや苦しみに共感するあまり、精神的ダメージを受けてしまう状態のことです。
 患者さんで溢れた病院の様子、経済的に大きな打撃を受けた方々の悲痛な訴え・・・あらゆるメディアが、新型コロナウイルス関連の内容であふれかえる日々が続いています(20204月現在)。他人の痛みや苦しみに共感するあまり、見ている人の心が疲れてしまうことがあります。これは、脳科学や認知科学などの世界では、“共感疲労と呼ばれます。
 自分が直接痛みや苦しみを受けているわけではない場合もあるのに、どうしてこんなことが起こるのでしょうか。私たち人間には、他者の痛みや感情を取り込む仕組みが備わっているからです。
 そうしたヒトという生物の特徴を、脳科学や霊長類学、認知科学などの視点から紹介しているのが未来館5階の常設展示「ぼくとみんなとそしてきみ」。全4巻の絵本仕立ての展示を順番に探検していきましょう。

フォトスポットとしても人気のある展示入り口

自分を生み出す脳、第1巻「ひとり」

 入り口を入ってすぐ、1巻目のテーマは「ひとり」です。あなた自身が外の世界とつながる脳のしくみが見られます。具体的には、外の世界の情報を取り込んで「自分」を生み出す脳のしくみを感情記憶判断という3つのキーワードで読み解いています。

 例えば、“判断”というレバーを引いてみると・・・

第1巻「ひとり –自分を生み出す脳-」

 美味しそうなドーナツと、それを眺める少年が登場します。

 「いっただっき・・・」

 「待てよ、今食べたら、怒られるかな?」

 「まあいいか、食べちゃえ」

 少年は色々悩んだ挙句、ドーナツを食べることにしたようです。この過程が判断ですね。
 ところで、私もドーナツやケーキなど甘いものが大好きですが、なぜ甘いものは美味しく感じるのでしょうか? 脳のなかには、甘いものを見ると「これは、食欲を満たし喜びをもたらしてくれる食べ物だ!」と“判断”するしくみがあります。進化の過程で身につけたと考えられています。
 甘いものに含まれる糖 (グルコース) は、生物にとって、とても効率の良いエネルギー源です。脂っこいものを含めて生きていくうえで不可欠なものですから、美味しく感じ、チャンスがあれば食べようとする性質は、常に飢えと隣り合わせだった進化の過程では生存に有利にはたらいたと考えられています。しかし、現代社会では、その性質が逆に甘いものや脂っこいものの食べすぎに繋がっているのではないかと考える研究者もいます。大昔の人が聞いたら、なんとも信じられない話でしょうね。
 そんな風に、脳には無意識に好き・嫌いを判断する性質がありますが、この性質は人生の経験の中で変化していくこともあります。ネズミを使った実験では、甘い水にお腹を壊してしまうような物質を加えて与えると(ちょっとかわいそう・・・)、それまで好んで飲んでいた甘い水を飲まなくなることがあります。お腹を壊すという経験が記憶されることで、判断が変化することもあるということです。このネズミ君と似たような経験がある人、いるかもしれませんね。

お腹を壊したネズミは甘い水を好まなくなる

他者をとりこむ性質、第2巻「ふたりで」

 次の第2巻のテーマは「ふたりで」です。自分の体や感情は全て自分ひとりでコントロールしているかというと、実はそうでない部分もあるのです。他者が自分にどんな影響を与えるのかを見ていきましょう。ここでは、模倣同調共感という3つのキーワードが登場します。
 
 
 例えば、“共感”のレバーを引くと・・・

第2巻「ふたりで –他者をとりこむ性質-」

 1人のおじさんが向こうから歩いてきました、少年がそれを眺めています。すると、道を歩いていたおじさんが・・・
 石につまずいて転んでしまいました。どしーん!
 転んだ本人はとっても痛がっていますが、眺めていた少年も顔をしかめています。少年は転んでいないから痛くないはずなのに、「あれ? ぼくもいたいの・・・?」

転んだおじさんを見て、少年も痛がっているよう

 これが“共感”と呼ばれる反応です。ただ見ていただけの人も、実際に痛みを感じている本人と同じ脳の場所が反応して、同じ痛みを感じることがあることが知られています。
 身体的な痛みだけではなく、仲間外れなどの精神的な痛みでも同じ事が起こることがあります。私たち人間の脳には、無意識のうちに他者の痛みや感情を取り込むしくみがあるということですね。

見ているだけでも、同じ痛みを感じることがある

 冒頭で紹介した“共感疲労”には、この性質が関連しているのではないかと考えられています。共感疲労も生活習慣病と同じく、進化の過程で人間が手に入れた強みが、社会の変化によって裏目に出てしまった例なのかもしれませんね。

社会の中で生きる、第3巻「みんなと」

 第3巻のテーマは「みんなと」です。私たち人間には無意識のうちに他者の痛みや感情を取り込むしくみがあることが分かりましたが、さらに視野を広げて「みんな」、つまり社会全体に目を向けてみましょう。大きな社会を築く人間ならではの特徴を、“協力”“言語と記憶”“社会的ジレンマ”という3つのキーワードでひも解きます。

 例えば、“協力”というボタンを押すと・・・

第3巻「みんなと –社会の中で生きる-」

 1人の少女が、高い木になるリンゴを眺めています。どうやらあのリンゴが欲しいみたい。
 でも、少女の身長じゃあ手を伸ばしても届かないなあ・・・すると、通りがかった人々が、ホウキでつついたり、はしごに登ったりして、彼女を手伝ってくれました。
 みんなの協力のおかげで、少女はリンゴを手に入れることが出来たようです。

通りがかった人がはしごを持ってきてくれた

 通行人は少女に協力しても、直接のメリットはないように思われますが、どうしてそんな行動を取ったのでしょうか。このような自発的な手助け は人間に特徴的な行動と言われています。一見利益がないようにみえる行為が巡り巡って自分の生存に有利な利益をもたらすことがあったため、その性質が進化の過程で受け継がれてきたのではないかと考えられています。
 少女が、あなたの手助けで手に入れたリンゴを分けてくれる以外にも、一連の出来事を見ていた大富豪が手助けをするあなたの姿に 一目ぼれしてくれるとかも、ひょっとしたらあるかもしれませんよね。

未来をつくりだすちから、第4巻「きみとの未来」

 これまで、人間に備わったさまざまな仕組みを見てきましたが、最後の第4巻のテーマは、「きみとの未来」です。
 ここからは、あなたの物語です。あなたと、あなたを囲む様々な人々の顔を、絵本の中に送り出してみましょう。

第4巻「きみとの未来 –未来をつくりだすちから-」

 これらの仕組みは、社会や技術の変化によって少しずつ変わっていくかもしれません。例えば、SNSなどのオンライン上のコミュニケーションがどんどん発展し、多くの人が外に出歩かなくても生活できるようになったとしたら、道端でリンゴをとってあげるという手助けをしても、誰かに目撃してもらうことは期待できません。そのことをSNSなどで世界にアピールしなければ、自分に利益が巡ってこなくなるかもしれません。さらには、先ほど取り上げた生活習慣病や共感疲労などの例も、未来では形を変えているかもしれません。

 未来のあなたは、誰とどんな関係を築きたいですか、そのとき社会はどうなっているでしょうか。正解はありません、まわりを見わたして想像し考えたことを、ぜひフロアにいる科学コミュニケーターに教えて下さい!

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