9月28日、新常設展示「未読の宇宙」の公開を記念した連続企画の第二弾として、イベント「研究者とめぐる未読の宇宙 〜ニュートリノと、出会う」を開催しました。
このイベントでは、「未読の宇宙」の監修者の1人で、ニュートリノの観測を通して宇宙での高エネルギー現象を解明する研究をされている石原安野先生(千葉大学 国際高等研究基幹/ハドロン宇宙国際研究センター 教授)をお迎えし、前半にトークイベント、後半に石原先生と展示をめぐりながら解説を聞く「ギャラリートーク」を実施しました。
本ブログでは、後半のギャラリートークについて、石原先生と参加者との間で交わされたやりとりなどをたどりながら、展示の見どころやニュートリノ研究の最前線についてたっぷりとご紹介します。
見えない粒子を“見る”
展示「未読の宇宙」の入り口には、霧箱という装置があります。まずは、石原先生に霧箱についてご説明いただきました。
「霧箱の中は冷えたアルコールの蒸気で満たされていて、“種”があると、その部分が水滴となって白く見えるんです」と石原先生。“種”とは、小さな粒子を目に見えるようにするための微小な“きっかけ”で、目には見えない粒子の通った道筋が、そのきっかけをもとに水滴となって姿を現します。
では、どんなものがその“種”になるのでしょうか。
石原先生の説明では、宇宙から絶えず降り注いでいる宇宙線が大気とぶつかったときに発生する電子、陽子(厳密にはヘリウムの原子核であるα粒子)、ミューオン(ミュー粒子)などの粒子が、霧箱の中で水滴の“種”になるとのことでした。ふだん、これらの粒子を目で見ることができません。つまり霧箱は、目に見えないはずの粒子を実際に飛んでいる粒子の“軌跡”として可視化してくれる装置なのです!さらに石原先生は、粒子の種類やもっているエネルギーの違いによって“見え方”が大きく異なることも教えてくれました。軽い電子は、他の分子にぶつかりやすいため 細かくジグザグした線に。重い陽子(α粒子)は 太めの白い線として。そしてエネルギーの大きいミューオンは、長くまっすぐ伸びる線として見えることが多いといいます。
ミューオン(ミュー粒子)とは?
宇宙から降り注ぐ「宇宙線」が大気中で衝突したときに生まれる粒子のひとつ。電荷をもつ非常に小さな粒子で電子によく似ているが、質量は電子の約200倍と重いのが特徴。
石原先生は、霧箱を前にして笑顔でこう語りました。「見えないものを見ることができる。これを見ていて全然飽きないんですよ!」
そして続けて、広大な宇宙の中で「目に見えているものはごく一部です」とも話してくれました。見えない世界に目を向けることが、宇宙を深く知っていくための出発点になる。そんな印象的な言葉でした。
ここからそんな目に見えない粒子の代表例ともいえる“ニュートリノ”のお話を聞いていきます!
ニュートリノを“つかまえる”
そもそもニュートリノってどんなものなのでしょうか。
ニュートリノとは物を構成する一番小さい単位である“素粒子”のひとつです。今この瞬間も1秒間に数百兆個ものニュートリノが私たちの体を通り抜けていますが、ニュートリノはほかの物質と反応しづらく、姿を捉えることが難しいという特徴があります。そのため、「幽霊粒子」とも呼ばれています。そんな目に見えないニュートリノを“つかまえる”ためには、どうすればいいのでしょうか。幽霊をつかまえろ、といわれても困りますよね。そこで利用するのが、「チェレンコフ光」とよばれる光です。ニュートリノは、物質の原子核とぶつかると、チェレンコフ光と呼ばれる光を出します。この光を光電子増倍管という光センサーでキャッチすることで、研究者たちはニュートリノを“つかまえて”います。ただし、その衝突はとてもまれであるため、ニュートリノを観測するためには、ニュートリノがぶつかる相手となる物質を非常にたくさん用意しなければなりません。そのような大量の物質をそろえることで、ニュートリノとの衝突の“的”をぐっと広げることができるのです! そこでよく使われているのが、大量に手に入る水や氷です。
岐阜県飛騨市の神岡鉱山にあるスーパーカミオカンデと、南極にあるIceCube(アイスキューブ) では、それぞれ“水”と“氷”を使ってニュートリノを観測しています。スーパーカミオカンデは巨大なタンクいっぱいに超純水を満たしており、IceCubeは南極の透明な氷そのものを使っています。
「未読の宇宙」の展示内にある「ニュートリノ観測体験装置」では、IceCubeとスーパーカミオカンデにおけるニュートリノ観測の様子をそれぞれ4種類ずつ疑似的に見ることができます。参加者のみなさんにボタンを押してもらいながら、石原先生は、ニュートリノを“つかまえた”ときの光のパターンについて解説してくれました。まずはIceCubeからみていきましょう!
IceCubeのニュートリノ観測では、下の2つのパターンを見比べてみると、丸く広がる光と、線のように伸びる光の2種類があることがわかります。石原先生によると、丸く光っているのはニュートリノがつくり出した電子によるもので、線状に光っているのは、ニュートリノがつくり出したミューオンをとらえていることがわかるそうです。さらに石原先生は、「線のように伸びて見えるタイプのニュートリノは、光の伸びる“向き”を見ることで、どの方向からニュートリノが飛んできたかがわかるんです」と説明してくれました。
続いてスーパーカミオカンデの展示に移ると、光の見え方がまた大きく変わりました。チェレンコフ光は、決まった角度で広がるという特徴があります。スーパーカミオカンデのように水の中で観測すると、その性質によって輪のような“リング状”の光として映し出されるのだそうです。
「これは本当に美しいですね」と、石原先生は嬉しそうに語っていました。
ほかにも、銀河系内で超新星爆発(太陽の何十倍も重い星が寿命を迎え、最後に大爆発を起こす現象)が起きたときに、スーパーカミオカンデでどのようにニュートリノが観測されるのか、その“想定された様子”を見ることもできます。画面のあちこちが一気に光り、大量のニュートリノがいっせいに飛んでくると考えられています。
研究者の方から直接、ニュートリノ観測の具体的な“読み取り方法”を教えていただくことで、参加者のみなさんはほんの少し“研究者の視点”に近づいたように感じられたのではないでしょうか。
ニュートリノと、出会うとき
最後に、360度スクリーン「マルチメッセンジャー・ビジョン」に映し出される“ニュートリノ”に関する映像について石原先生からご説明いただきました。最初に流れてきたのは、IceCubeがある南極点で撮影されたタイムラプスの映像。太陽が水平線を一周しながら沈んでいく不思議な光景が広がっていました。南極の夏には白夜と呼ばれる、太陽が一日中沈まない日が訪れるそうです!ここで石原先生は映像を一度止め、画面に映る建物や装置について解説を始めました。画面の一角には、IceCube実験のコントロールセンター、そして電波観測に用いられる大型のアンテナが映り込んでいます。
「南極点には、たまにキョクアジサシという鳥がいるくらいで、人間しかいません」と語る石原先生。 南極大陸の沿岸部から数千キロ離れている南極点には、南極沿岸部の基地から飛行機を乗りかえていくとのこと。私たちの想像を超えた極限環境にIceCubeは建設されているのです。画面が切り替わると、今度は南極の地下へ向かって視点が“潜って”いきます。「最初の地下1,000 メートル付近までは白っぽい氷で、その後、“急に”透明な氷へと変わります」と石原先生が解説してくれました。その澄み切った透明な氷の中に、IceCubeの光電子増倍管が埋め込まれています。1本のケーブルには約60個のセンサーが縦方向に17 m間隔で取り付けられ、こうしたケーブルが横方向に125 m間隔でおよそ80本も並んでいるとのこと。体積で換算するとだいたい1 km3。こんな巨大な実験装置が南極の氷の下にあるとは驚きです。
しかし、どうして氷がある深さから“急に”透明になるのでしょうか。家の冷凍庫でつくった氷を思い浮かべてみてください。大きめの氷は、内部が白く濁り、向こう側が見えませんよね。石原先生は、その理由を“氷に閉じ込められた空気”から説明してくれました。南極の氷床では、雪が何千年もかけて降り積もり、圧縮されていく過程で氷の中に小さな空気の泡がつくられます。この気泡が、光が進むのを遮ってしまうため、上部の氷は白っぽく見えます。しかし、さらに深く進むと、氷の重みで圧力がどんどん高くなり、気泡はつぶれ、氷の結晶の中の極めて小さな領域に“閉じ込められた”状態になります。この状態は「エアハイドレート」と呼ばれます。気泡が光の進行を邪魔しなくなるため、氷は一気に透明さを増すのだそうです。こうした「透明な氷」になる深さは、およそ地下1,300 m付近だと、石原先生はいいます。そして、この透明さこそがニュートリノ観測には欠かせません。ニュートリノによって生じるチェレンコフ光はとても弱いため、その光が氷の中を“まっすぐ飛ぶ”環境が必要になります。IceCubeでは、1,300 mより深い氷が、まさにその理想的な環境なのです。今回のイベントのサブタイトルは「ニュートリノと、出会う」。実はその前に、いい氷とも出会っていたのですね。
続いて映像は、IceCube の光電子増倍管がニュートリノを“つかまえた”ときの様子を、光で可視化した映像へと移りました。
映像の中で、光っている丸の大きさは各光電子増倍管が受け取った光の“量”を、そして点滅のタイミングでその光を受け取った“瞬間”を表しています。光っている光電子増倍管が多いほど、高いエネルギーのニュートリノを“つかまえた”ことを示しているのだそうです。研究者たちは、こうした光の広がり方や時間差を丁寧に解析していくことで、「このニュートリノは宇宙のどの方向から飛んできて、どれくらいのエネルギーを持っていたのか」を少しずつ読み解いていくと、石原先生は話します。続けて、「アイスキューブ内の光電子増倍管の中を通っていくということは、人間にはできないので、氷の中に埋まってしまえば、もう想像するしかない。こうやって実際に“通った”ような気持ちになれるっていうのは、すごく貴重だと思います」というコメントもいただきました。「未読の宇宙」では、このように、ふだんは決して見ることのできない宇宙からの“メッセージ”を、のぞき見ることができます!
次にスクリーンは2017年9月22日に“つかまえた”ニュートリノに関する映像へと切り替わりました。このニュートリノはIceCube で観測されたものの中でも、とくに高いエネルギーを持つことで知られているものだそうです。
このようなエネルギーの高いニュートリノはどこから来たのか、その発生源を調べるためには、同じタイミングで宇宙のどこかで放たれた“光”を追いかける必要があります。「そこで急いで、さまざまな研究機関にフォローアップ観測(別の望遠鏡や観測装置を用いて追加で観測すること)をしてくれと、さまざまな研究機関にメッセージを送ったわけです」と石原先生。驚いたことに、この通知は数分以内に世界中の観測施設へ自動的に送られる仕組みになっているとのこと。
まず応答してくれたのは、宇宙望遠鏡の「Swift」。続いて、広島大学が所有する「かなた望遠鏡」がフォローアップ観測を行いました。その結果をもとに、定期的に全天の観測を行っていたガンマ線観測用の天文衛星「Fermi」によるデータ解析が行われました。ニュートリノが検出された方向の観測データを詳しく調べたところ、その方向にある天体がニュートリノ検出の時刻に、通常よりも活発な活動を示していたことが確認されました。
このときの裏話として、Fermi 衛星の研究グループの中に、かなた望遠鏡のチームにも所属する研究者がいたそうで、「ちょっと面白い事象があるみたいだよ」と伝えてくれたことで、Fermi衛星が即座にフォローアップ観測に動いたのだとか。宇宙研究の最前線でも、研究者同士の“つながり”が重要な役割を果たしていることを感じさせるエピソードです。これは研究に限らず、あらゆる場面で周囲にいる人たちと協力し合う大切さを思い出させてくれます!さらに、Fermi 衛星のあとにはスペインのカナリア諸島にあるMAGIC望遠鏡も高エネルギーをもつ光であるガンマ線でフォローアップ観測を行い、ニュートリノが観測されたのとほぼ同じタイミングで、大きなエネルギーの光が放たれていたことが確認されました。このことから、このニュートリノの発生源は、非常に高いエネルギーを放出する天体だとわかってきました。また、このようなガンマ線での観測以外にも、わたしたちがふだん見ている光である可視光での観測も重要です。天体そのものが明るいのか、それとも天体の近くで一時的に明るくなる現象が起きているのかを区別するために、ハワイにある「すばる望遠鏡」をはじめとする可視光を用いる望遠鏡もこの観測に参加しました。さらに、電波望遠鏡の「VLA(カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群)」は低いエネルギーである電波を観測します。電波望遠鏡の大きな特徴は、非常に高い角度分解能(方向を高い精度で特定できる能力)をもつことです。これにより、ニュートリノの発生源がどこにあるのかを、より正確にたどることができるのだそうです。
結果として、このときのニュートリノの発生源は「ブレーザー」と呼ばれる天体から来たと考えられています。ブレーザーは、銀河の中心にある超巨大ブラックホールから高エネルギーのガスや粒子がジェットとして吹き出している天体で、そのジェットの向きがたまたま地球のほうを向いているものを指します。
「このように、さまざまな光とニュートリノの“あわせ技”で初めて、高エネルギーのニュートリノの発生源がわかります。これがマルチメッセンジャー観測です!」と語る石原先生。私たちから遠く離れた宇宙で起きた出来事を、少しずつ解き明かしていく過程に、思わず胸が高鳴りました。
最後に石原先生は、「ニュートリノは目にも見えないし、たくさん来ているのに全然気づかない。そんな“変わった粒子”を使って、宇宙ってどんな世界なのかを展示を通して想像してもらえたらうれしいです」と話してくれました。
ギャラリートークが終盤に近づくにつれて、参加者の表情は最初とは明らかに変わっていました。単なる“説明”を聞くのではなく、石原先生とともに観測装置の意味を読み取り、ニュートリノやさまざまな光がどんな“情報”をもっているのかを知ることで、参加者自身が“観測する側”に立っていたように思います。自分で“観測する側”に立ってみることで、宇宙の見え方がいつもと少し違って見えたのではないでしょうか。
読者のみなさんもぜひ「未読の宇宙」に足を運び、“観測する側”の目線を体験してみてください!