生まれ変わったイノベーションホール
2026年4月にオープンした未来館の2つのシアターのうち、次に紹介するのはリニューアルされた「イノベーションホール」です。
イノベーションホールは多目的空間として貸し出しも行っていますが、利用予定のない日程において、没入型インスタレーション作品「Sky 雲の旅」の上映がスタートしました。
会場は天井高約8mの大空間。そこに、12.2チャンネルの立体音響システムと、前後左右に加えて床面まで広がる4K映像投影設備を導入しています。空間全体に広がる音と映像が、まるでその場に入り込んだかのような没入体験を生み出します。
さらに、特別インスタレーションの時間帯には、霧や風の演出も加わり、作品の臨場感をいっそう引き立てます。
本ブログは、公開に先駆けて行われたプレス内覧会での監修者のお話をもとに、「Sky 雲の旅」をより深く楽しめるよう、科学的な観点からの解説を盛り込みました。作品をこれから見る方も、すでに見た方も、ぜひご一読ください。
※「Voyage 未踏の向こう」編のブログはこちら https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20260608voyage.html
気象現象を体験する「Sky 雲の旅」
「Sky 雲の旅」は、気象学をテーマにした没入体験です。約5分間のループ映像作品の中で、朝から夕方までの時間が流れます。その中で発生する様々な気象の不思議さ、美しさを味わいながら、研究への理解と発見を得ることができます。
監修には荒木健太郎先生(雲研究者)をお迎えし、雲の形や物理現象を丁寧に描写しています。以下に本作品の簡単な解説を掲載します。
朝の海霧と薄明光線
作品は夜明けの海霧(うみぎり)から始まります。海霧は空気中の水蒸気が冷やされ、微小な水滴として凝結することで生じます。海上では気温と水温の差によって発生しやすく、これは日本近海(東北地方の沖合い)でもよく見られる現象です。
映像では、霧が徐々に晴れ、雲から太陽光が差し込む様子が描かれます。これは薄明光線(はくめいこうせん)という現象で、空から地上に向かって伸びてくるその様子から「天使のはしご」と呼ばれることもあります。このとき上空にある雲は層積雲と呼ばれるもので、層状で厚みがありながら隙間が空きやすいため、薄明光線が発生しやすい条件を整えます。
その後、視点は上空へと移動し、層積雲を上から眺める雲海のシーンへ移っていきます。
かなとこ雲は、なぜ平ら?
作品内の昼の時間帯にかけて登場するのが積乱雲です。地表が太陽で温められると、地上と上空の気温差が大きくなり、積乱雲の発達しやすい状況が整えられます。
作品では、積乱雲の上部が横に広がった「かなとこ雲」が登場します。この特徴的な形状が生まれる理由は、上空の温度の構造です。地上から上空に行くにつれて気温は下がっていきますが、ある高度を境に逆に気温が上昇していきます。地表からこの境界となる高度までを対流圏、それより上から約50㎞までを成層圏といいます。この境界の高さは季節や緯度によって異なりますが、日本の夏では約15㎞となります。成層圏で気温が上昇していくのは、そこに存在するオゾン層が太陽光の紫外線を吸収して発熱するためです。冷たい空気は暖かい空気に比べて重いので、対流圏で発生した積乱雲は成層圏では上昇できず、その境界で横に広がるしかなくなるため、かなとこ雲を形成します。このように積乱雲のかなとこ雲の高さは雲が発達できる限界の高さになっており、大気の状態が非常に不安定な場合には対流圏と成層圏の境界でかなとこ雲ができます。作品ではこの不安定な大気を再現しているため、かなとこ雲よりも上空には雲が描かれず、青空が広がっています。
積乱雲の中の、ミクロな世界
積乱雲の内部へ場面が転換すると、ミクロなスケールへと視点が移り、雪の結晶の成長過程が詳細に描かれていきます。ここではたくさんの結晶があらわれますが、その一つひとつの描写にも科学的正しさを追求し、実際の研究に基づいた3Dモデルを使っています。雪の結晶は温度や湿度条件によって形が大きく異なります。作品内では樹枝状結晶だけでなく、かなとこ雲付近の-60℃の低温環境で形成される低温型結晶という形状も登場します。
さらに、あられと雷も重要なポイントです。あられは積乱雲内の上昇気流によって生まれた水滴を雪の結晶が取りこむことで形成されるものですが、この一連の映像も実際のメカニズムを細部まで徹底して表現しています。また、雷はあられの粒や雪の結晶が衝突することなどで静電気が発生し放電に至る現象です。あられと雷が発生する映像と音響のタイミングにも注目してみてください。
虹の本当の姿
作品では、雨の降っている空に虹が現れます。虹は、太陽と観測者を繋いだ直線上の一点(対日点)を中心にして、太陽の反対側に見られます。普段わたしたちが地上から見る虹は、アーチ状に見えます。しかし、虹の本来の姿は真円です。観測者が地上にいるときは対日点が地平線よりもかなり下に位置するため、虹の円の下半分が地平線で隠れていることになります。一方、観測者が一定の高度よりも上にいる場合、対日点も地平線より上に位置するため、虹が完全な円として現れます。映像の中でも、この円の虹が登場します。
監修者:荒木健太郎先生からのコメント
「作品のストーリーをうかがったときに魅力を感じ、科学的な整合性も含めてちゃんとやらせてくださいとお伝えしました。制作チームの皆さんと非常に多くの議論を重ねてつくりあげた作品になっています。シアター内の状況によって、毎回雲の見え方や現れ方が変わって見えると思います。実際の空と同じで、一期一会の雲や空との出会いを楽しめる素晴らしい作品です。お子様から大人の方まで、何度でも楽しんでほしいです。」
科学は“学ぶ”だけでなく“感じる”こともできる
「Sky 雲の旅」も「Voyage 未踏の向こう」と同様、美麗な映像と立体的な音響を楽しめる体験ですが、徹底した科学的なリサーチをもとに制作されています。監修者の荒木先生は内覧会の中で、「演出のストーリーの部分はそのままで、雪の結晶や雲の形状は細部まで監修をした」と語っていました。その言葉から、多様な雪の結晶や円い虹などの特徴的ながらも美しい表現は、科学的な正しさを追求したからこそ生まれたものなのだと感じました。
そして、太陽系や自然現象に没入できる「Voyage 未踏の向こう」と「Sky 雲の旅」は、科学を“学ぶ”だけでなく“感じる”こともできる点において、大きな価値がある作品なのではないでしょうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。作品を鑑賞した方は、ぜひSNSなどで感想を共有してみてくださいね。
参考書籍
『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』 , 著者:荒木健太郎 , (ダイヤモンド社,2023)
『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』 , 著者:荒木健太郎 , (KADOKAWA,2021)