前回は「回転対称性」についてお話しましたが、今回は「準結晶」とは何か、をていねいに見ていきたいと思います。
今年のノーベル化学賞の受賞者はダニエル・シェヒトマン博士。
1984年に初めてアルミニウム-マンガン(Al-Mn合金)から「準結晶」を発見したイスラエルの化学者です。
まず簡単に物体の状態について確認しましょう。
物体には固体-液体-気体の3つの状態があります。水でたとえると氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)です。今回の発見はそのうちの「固体」についてのものです。
シェヒトマン博士の発見以前には、固体物質はすべて結晶か非結晶(アモルファス)に分けられると考えられていました。準結晶はそのどちらでもない存在。シェヒトマン博士の発見は今までの認識を覆すものでした。
さて、準結晶とは一体何なのでしょうか。それを理解するためには「結晶」「非結晶」とは何かを知る必要があります。
前回のブログでも述べているように、結晶の条件は「固体を構成する原子や分子が規則正しく立体的に配列されていること」。
原子や分子を横にずらしたり(並進)、回転させたりしても元の形とぴったり重なる(前回の記事参照)、繰り返し構造で成り立っているということです。
食塩(塩化ナトリウム)の粒をよくみるとサイコロのような立方体をしています。
これは身近に見られる結晶の好例です。水晶のとがったつららのような結晶を見たことのある方もいるかもしれません。
食塩も水晶も、面は平らになっていますが、これは、原子や分子が規則正しく配列しているためにできる平面(結晶面)によるものです。
また、結晶によっては、ある決まった方向に割れやすいものもあります。例えば方解石には平行6面体に割れやすい性質があります。
一方、「原子や分子の配列に秩序がみられない」のが非結晶。例えばガラスがそうです。
粉々に壊れたガラスの粒を見てみると、その破片はバラバラの方向に割れている事がわかるはずです。
(結晶の中にはこのような割れ方をするものもありますが)
そして準結晶はそのどちらでもない状態を指します。つまり、「厳密な規則正しさはもっていないが全体的に見ると秩序をもっている状態」といってよいでしょう。
この3つをアリの集団で考えてみましょう。
「結晶」はアリとアリの距離がきっちり同じ、かつ全く乱れがない行列を成すアリの集団。
「非結晶」はアリの向かう方向がバラバラな集団。
「準結晶」はアリとアリの距離や向かう方向がきっちり揃ってはいないが、全体的に見ると行列という秩序を持っているアリの集団、に例えられます。(あくまでも田端個人の考えです)
さて、このような摩訶不思議な準結晶。いったい私たちの生活にどのように役に立つのでしょうか。
例えば、アルミニウム-鉄-銅合金(Al-Fe-Cu)の準結晶はフライパンのコーティング剤として実際に使われています。
テフロン(400℃~500℃)よりも高温(700℃~800℃)でも使えるのでかなりの高温で調理できるのが利点です。
2007年には名古屋大学の松下裕秀教授らが複合高分子の準結晶を世界で初めて発見しています。
準結晶であるがゆえの特異な光学的性質を利用して、そこにあるモノを見えなくするメタマテリアル(未来館では昨年の企画展ドラえもん展で紹介していました)をつくることも可能かも、と松下教授。
2回にわたってご紹介した、この「準結晶」。
ありえないと考えられていた構造をもつ固体物質のこの発見は、我々が知っているものは実はほんの一部に過ぎないことを気づかせてくれる、「無知の知」への入口かもしれません。
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