昨日熊谷のブログでは生き物としてのウナギをご紹介してきました。
といっても、絶滅危惧種、漁獲量低下などなど、近年ウナギに関するネガティブな言葉をたくさん耳にします。
うーん......結局のところ、「食べていいの?!」「養殖してるからいいんでしょ?!」。
そんな疑問が膨らむばかりで、いっこうにウナギとの付き合い方がわからない...。
そこで、今回のブログでは食べ物としてのウナギをご紹介します。
その1:食べてOK!?~ウナギを取り巻くルール
いったいウナギに関するルールはどうなっているのでしょう?
結論から言うと、「ルール的には食べていい」ということになります。
昨年話題になっていた「ウナギが絶滅危惧種に!!」というニュースで心配になっている人もいるかもしれませんね。
まず、ここで言う「ウナギ」とは16種3亜種いるうちの「ニホンウナギ」を指します。そして、「絶滅危惧種」というのは「IUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト絶滅危惧種ⅠB類」のことで、これは3つある絶滅危惧種ランクの2つめ(最もではないけど、絶滅の危険性があるよ、というランク)に値します。
ですが、IUCNのレッドリストに指定された=採ること、食べること禁止、ではありません。
その後のルールを決めるのはまた別の話で、必要に応じて、世界、国、地方自治体レベルでルールが作られます。
例1)世界レベルのルール
かつてニホンウナギと同じように流通していたヨーロッパウナギは2008年からIUCNレッドリストの絶滅危惧種ⅠA類という絶滅危惧ランクの最高位(近い将来絶滅する危機的が最も高いよ、というランク)に指定されており、2009年からはワシントン条約付属書Ⅱ*に記載され、国際的な取引に制限がかかっています。これは世界レベルのルールです。
例2)国、自治体レベルのルール
日本では、ニホンウナギについて、農林水産省が稚魚(シラスウナギ)の漁獲量や、出荷先の報告を義務づけて、シラスウナギの量を制限しようと動いています。また、自治体レベルでニホンウナギの漁期を定めて、『産卵のために海に帰ろうとしているウナギは採らないでおこうね』、というルールを作っています。
このように、絶滅危惧種になったとはいえ、今のところニホンウナギを採ったり食べたりすることを全面禁止するルールはありません。でもそれは、食べても大丈夫(=ウナギに影響はないよ)ということでもありません。
その理由を次の章で見ていきましょう。
その2:養殖できてるから大丈夫?~今の養殖とこれからの養殖
スーパーの表示でも「天然」「養殖」はおなじみですね。もちろんウナギの養殖はすでにされています。
「え?養殖できるならどんどん作って、どんどん食べたらいいじゃない!」
...と思うのですが、今のウナギ養殖は稚魚であるシラスウナギが日本近海に来たときに捕獲して、それを養殖池で大きくなるまで育てる、という方法です(図の緑色の部分)。「養殖」と聞くと、全て人工的にコントロールしているイメージがありますが、結局自然のウナギを採ってきているのです。
これが、その1で言っていた"大丈夫ということではない"の理由です。
そこで、今研究されているのが「完全養殖」。
数年前、「世界初!ニホンウナギ完全養殖に成功!」なんてニュースが一躍話題になりました。「完全養殖」とは、自然から卵や稚魚を採取することなく、全て飼育下でまかなう養殖のことです。
飼育下で成長したウナギから卵と精子を採り、受精させて、卵をふ化させ、稚魚を成魚に育て出荷する。一部の成魚からまた卵と精子を採って次世代を作る(図の青色の部分)。
こうすれば、自然界のウナギを減らすことなくウナギを食べ続けることが一応は可能になります。
「やった!これで未来永劫ウナギが食べれるぜ!!」
いえいえ、完全養殖に成功したとはいえ、それは研究段階での話。私たちの需要に見合うくらいの量や価格を満たすまでは到達していないのです。それに、養殖に必要な餌は、今は自然界から採集しているので、こちらの方を採り尽くしてしまう怖れはないかという懸念もあります。
「じゃぁいつまで待てばいいの?何がクリアできたら食べられるの?」
こんな声が聞こえてきそうですね。
では、魚の養殖にはどのような過程があって、クリアすべきハードルがどこにあるのか紐解いていきましょう。(先ほどのイラスに養殖に関わる技術を足してみました。)
成熟
命の元となる卵や精子を得るためには、成熟して卵や精子を体の中で作ってもらわなくてはいけません。成熟を促す方法は魚の種類によって様々で、水温や光環境を変えて促す方法や、ホルモン投与によって促す方法などがあります。
ウナギの場合は卵や精子の形成を促進するホルモン投与(雌性ホルモンなど)が主流ですが、低コスト化や安心できる商品化を目指して、自然成熟させる方法も研究されています。
採卵
養殖ではその後順調に成長する質の良い卵を採る技術も不可欠です。
人工的に絞り出すのか、水槽の中で自然に産卵してもらうのか、ウナギでは目的に合わせてより質の良い卵を大量に得られる方法を模索しているところです。
成長(幼生から稚魚へ)
現在の養殖では、自然から採ってきたシラスウナギがスタートになりますが、ウナギの稚魚はふ化後レプトセファルスというプランクトン生活の段階を経てやっとシラスウナギになります。このような魚は珍しくないのですが、ウナギの場合何を食べるのかすら分からなかったのです。
この段階をクリアして、人工的に得た卵からシラスウナギの育成に成功したのが2002年のことでした。
成長(稚魚から成魚、親魚へ)
完全養殖では人工的に作ったシラスウナギを成魚まで育て、その一部を次世代の親にします。飼育下で卵→幼生→成魚→卵のサイクルを完結できたのが2010年です。
2014年には大量生産を見据えた大型水槽でのシラスウナギの生育にも成功しています(それまでは数十L規模の水槽)。
しかし、一匹のシラスウナギ生育にかかるコストは約1万円と、私たちが気軽に買えるようになるまでにはまだいくつかハードルを越えなくてはいけません。
ここで紹介したように、魚の養殖といっても様々なステップがあるので、単純に○○をクリアしたら商業化できる!というよりは、それぞれの技術で効率化、低コスト化を目指して技術改良し、じわじわと攻めている最中と言えるでしょう。
他にも、飼育下では雄が多くなってしまうという現象があり、それも完全養殖を確立するためにはクリアすべき問題のようです。
その3:おまけ~生き物を研究するということ
先日、東アジア鰻資源協議会 日本支部会主催の「うな丼の未来Ⅲ 科学はウナギを救えるか」というシンポジウムに参加してきました。
そこで何人かの研究者が言っていたのは、「いつとは言えないが、ウナギの完全養殖は必ず商業化できる!」という言葉でした。
確かに、ウナギの生態解明も、養殖技術も進歩しています。2002年に人工シラスウナギができて、2010年に研究上の完全養殖が成功して、その間に広い海からニホンウナギの幼生や卵が見つかって、産卵場所も絞れてきて、、、
みなさんの目にはこのスピードがどう映っているでしょうか。私にはすさまじく順調に進んでいるように見えます。
というのも、特定の生物の研究はその生物のペースに合わせてしか行えません。
例えば、どこで産卵するか、どのように成魚になるのかを調べたくてもチャンスは年に1回。(10年やってもチャンスは10回!)養殖技術の研究はそういった生態研究の上になりたっているので、やはりそう易々とはいきません。これを考えると、そもそもどのように生まれて育つのか、誰も見たことがなかったウナギについて、このペースで完全養殖まできていることは単純にすごいと感じます。
今年の土用の丑の日は、少しだけ生き物や研究の「ペース」にも思いを馳せてみませんか。
*ワシントン条約付属書Ⅱの内容:
輸出入には、輸出国の政府が発行する許可書が必要(現在EUではヨーロッパウナギの輸出に対して許可書を発行しないという体制をとっています)
【参考資料】
塚本勝巳(2012)「ウナギ大回遊の謎」 PHPサイエンス・ワールド新書
堀江則行、宇藤朋子、三河直美、山田祥朗、岡村明浩、田中悟、塚本勝巳. ウナギの人工種苗生産における採卵法が卵質に及ぼす影響(搾出媒精法と自発産卵法の比較). 日本水産学会誌 2008; 74(1):26-35
水産庁「ウナギをめぐる現状と対策について」 (リンクは削除されました)