2015年ノーベル物理学賞を予想する③ 宇宙には膨大な秘密がある

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今年のノーベル賞発表まであと少し、多くの科学愛好家が、今回は誰が受賞するかを予測しようとしていることでしょう。
受賞者を選ぶのは簡単な作業ではないはずです。素晴らしい候補者は大勢いるのに、選ばれる人数は多くて3人だけですから。

そこで、ノーベル賞委員会に掛かっているプレッシャーを和らげるために、大胆にも、私が今年の物理学賞の候補の一人を提案させていただきたいと思います。

私が今年のノーベル物理学賞にふさわしい候補として紹介したいのは、

ヴェラ・ルービン(Vera C. Rubin)博士(1928年生まれ)

画 科学コミュニケーター・戸坂明日香

彼女は、アンドロメダ銀河の動きを観測し、宇宙に対する私たちのそれまでの理解が根本的に不足していたことを明らかにしました。彼女の観測結果は、天文学界に大きな衝撃を与え、のちの「暗黒物質(ダークマター)仮説」を生み出すきっかけになりました。この業績により、王立天文学会ゴールドメダルを含む多くの権威ある賞を受賞しています。

銀河のスペクトルを測っているヴェラ・ルービン博士
(写真提供:Carnegie Institution of Washington, Dept. of Terrestrial Magnetism)

ヴェラ・ルービンの観測結果はどのようなものだったのでしょう?

彼女は、「渦巻き銀河の回転は、重力の法則から導かれる予想とは異なっている」、ということを発見しました。この発見のおかげで、私たちの宇宙の理解は大きく変わりました。彼女の発見を説明するには、目では見えない、望遠鏡でも観察できない非常に不思議な物質の存在が必要だと考えられています。さらに、理論天文学者たちの計算では、その物質の量はあまりにも多く、観察できる物質の少なくとも10倍の量があると予想されています。そして、これらは目に見えず光を出さない物質であるため、「暗黒物質(ダークマター)」と呼ばれています。

アンドロメダ銀河  (写真提供:Boris Štromar via Wiki Commons, CC BY 3.0)

ヴェラ・ルービンは実際にどうやってこのような発見をしたのでしょう、そして銀河の回転はどんなルール違反を犯したのでしょうか。

ヴェラ・ルービンと彼女の同僚ケント・フォードは、アンドロメダ銀河の恒星から来る光を分析して、その移動の速度を調べました。(方法については付録で説明します)。すると、銀河の中心からどのくらい離れているかに関係なく、一定の速度で回転していることに気づきました。当時知られていた、速度に影響を与えられるすべての現象(例えば宇宙の膨張)を考慮しても観察の結果は変わりませんでした。そして、それは非常に奇妙な結果だったのです。

一般に、重力の影響を受けて公転している天体は、重力の源から離れるほど速度が遅くなります。重力の強さが距離によって異なるためです(重力は距離の2乗に反比例します)。距離が大きいほど重力が弱くなり、速度を落とさないと軌道から外れてしまいます。地球を含めた太陽系の惑星もそのルールに従っています。下の表を見て下さい。おもな重力源である太陽から離れるほど、速度が遅くなっていることがわかると思います。

太陽系の惑星の太陽からの距離と速度

では、ヴェラ・ルービンの結果に戻りましょう。重要なポイントは、銀河の恒星も太陽系の惑星と同じように銀河核(渦巻き銀河の中心にある重力源)を公転します。例えば私たちの太陽は秒速200km(新幹線より3000倍も速い)を超えるスピードで天の川銀河核を公転しているのです。そして、物理法則は宇宙全体で同じはずなので、銀河核から遠い恒星は銀河核に近い恒星より公転の速度は遅くなるはずなのです。

しかし、ルービンの研究によれば、そうはなっていません。上に述べたように、ヴェラ・ルービンが観察した銀河(60群以上)の恒星は位置に関係なく同じ速度で動いています。この結果は天文学の世界では衝撃的でした。当時の研究者のほとんどが疑問視し、観測の間違いだと考えました。しかし、同じ結果が他の研究者からも次々と発表されたため「それまでの銀河に対しての理解が完全ではなかった」ということを受け入れるよりほかに、選択肢はありませんでした。

銀河の回転速度と銀河の中心からの距離との関係。予測された関係(青色)とルービン博士の観察の結果(赤線)

では、私たちの理解では、何が不足していたのでしょうか? ルービンの観測以降、多くの研究者がこの問題に取り組んでいます。さまざまな仮説が立てられていますが、おもに次の2つの説が有力で、さかんに研究が行われています。

1つめは「修正重力理論」といいます。この理論では、重力の法則はスケール(規模)によって違うと想定しています。太陽系より直径5万倍ほど大きい銀河の中での重力や地球上の重力の10億分の1程度のきわめて弱いところなどには、重力の法則を修正すればルービン博士のデータを説明することが可能になります。もちろん、その修正に根拠があるということを実証するには、修正重力理論にあうほかの観察結果も必要となります。その話はまた別の機会にしましょう。

2つめは、「修正重力理論」よりも知られていると思います。この理論によれば宇宙では望遠鏡で観察できる物質以外に、直接観察することができない物質、すなわち暗黒物質があると考えています。しかも、その暗黒物質は観察することができる物質よりもはるかに多いようです。銀河を安定するためには、少なくとも10倍以上の暗黒物質が必要です。そしてコンピューターシミュレーションによれば、銀河を安定するためには、量だけではなく、銀河を包み込むような形(ハロ)で分布していなければなりません。面白いと思いませんか?恒星の速度から新しい物質へ、そして、その物質の量や分布までが予測ができます。
しかし、あいにく暗黒物質理論には大きな欠点もあります。それは、その物質は何からできているのかが、何もわからないという点です。候補はいくつかあります。研究者たちはブラックホールからアクシオンやニュートラリーノのようなエキゾチックな素粒子まで次々と新しい仮説を立てていますが、残念ながら、どの説にもまだ証拠はありません。

想像図 ダークマターの配布(青雲はダークマターのあるところを表している) 
写真提供:ESA https://www.eso.org/public/images/eso1217a/)

どちらの理論が正しいか、まだ誰にも分かりません。重力の理論の改善となるのか、素粒子研究の新しい発見となるのか、どちらかにしても、ヴェラ・ルービンの研究が科学に多大な影響を与えているということは明らかです。この理由から、私はヴェラ・ルービンが今年のノーベル物理学賞の最も有力な候補だと思っています。どうですか、皆さん、賛成してくれますか?

付録

恒星の速度を測定する方法

遠くにある恒星の速度を測定するには、ドップラー効果という現象が役に立ちます。ドップラー効果とは、音波や光などさまざまなタイプの波に当てはまる現象で、波の発信源が観察者に対して動けば、観察者が測定する波長は発した波長と異なるというものです。その差は速度や動く方向によって違います。ドップラー効果のわかりやすい例は、救急車やパトカーのサイレンの音です。救急車が近づいているときは、サイレンの音は高く聞こえますが、自分を追い抜いて遠ざかっていくときのサイレンの音は低くなります。

光も波なので、ドップラー効果を観察できます。通常の光にはたくさんの波長が含まれています。含まれた波長の集合をスペクトルと言います。観察者より遠ざかっている恒星と観察者に対して静止している恒星のスペクトルは違います。その差を測れば光を出した星の速度を求めることができます。

スペクトル線の偏移。光を出している物体は観察者より遠ざければ、出した光に含まれた波長(色)が赤い方に偏移する。速度が高ければ高いほど偏移が大きい。 写真提供:Wiki Commons - Georg Wiora

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