この日語られたこと、考えたこと

➁ ~震災によって起こった健康被害~

トークイベント「納得できてる?低線量被ばくの影響-科学で示す、社会が選ぶ-」の実施報告②です。(①はこちらからご覧ください

続いては、第2部(越智医師パート)で語られたことです。


<第1部> 津田教授パート(リンクはこちら
 1. 低線量被ばくによる発がんリスクは?

 2. 福島県民調査における甲状腺がんの検出

<第2部> 越智医師パート(この記事です)
 3. 震災による健康影響(福島の医療現場から)

<第3部> 全員で
 4. ディスカッション「個人と社会は何をすべきか?」


3.震災によって起こった健康影響とは?

「私たちが議論しているのは、こういう地域です。原発から60kmくらい離れていて、普通に車が走っていて、スーパーでは野菜が売っていて、子ども達は普通に遊んでいます。明るく暮らしています。そういう風に普通に人が暮らしている町の話をしていることを知っていただきたいです。見たことも無い町だと、"数字"にとらわれてしまいがちですが、私たちが話をしているのは、普通に人が暮らしている場所だという認識をもって聴いていただけたらと思います」。このようなお話から、越智医師のトークは始まりました。

越智医師は、福島で起こった健康被害は、放射線のよる被害よりもはるかに多くて緊急性の高いものだと言います。では、震災によってどんな健康影響が生じたのでしょうか。

避難行動による健康被害

越智医師 病院にいる高齢者を避難させることで、多大な精神・身体ストレスがかかりました。避難指示が出たとき、対策本部では病院の避難先は決めてくれませんでした。病院のスタッフが個人のつてで移送先の病院を探し、バスを使って避難しました。水やマットレス、防寒具などが不十分な装備だったこと、移送後の急激な環境変化は患者への負担が大きく耐えられなかった例もあること、あるいは看護師不足で十分な申し送り(看護師間で行われる患者に関する情報のやりとり)ができなかったことで、相当な健康被害が出ました。

厚労省の報告書(国会事故調報告書)によれば、福島原発20㎞圏内の7病院には850名の患者が入院しており、2011年3月末までに60名死亡、そのうち少なくとも10名が移送中に死亡しました。

 

 

越智医師 また、病院だけではありません。長期療養施設にいる高齢者の場合、避難した施設の方が、避難しなかった施設と比較して、死亡率が増加したことが分かっています。下に示した図は、南相馬市の避難した長期療養施設と、相馬市の避難していない施設の方々の生存曲線です。生存曲線は、0日から経過時間と共に、人が亡くなると生存率が低下し、線が下がっていきます。避難した施設の方が、生存曲線が大きく下がっています。放射線が恐くて避難したのに、結局死亡した人が多いということです。

長期避難生活による健康被害

越智医師 震災により失業した方は、もともと農業や漁業などの一次産業に従事していた方が多いです。仮設住宅に避難した高齢者は、仕事がなくなったこと、買い物にも車がないと移動できない環境、そして居住空間の狭さなどが原因で、運動不足になりました。

(仮設住宅)

越智医師 下に示した図は、仮設住宅と隣接する住宅街(対照)で握力と片足立ちの持続時間を測定した結果です。興味深いことに、仮設住宅に住む人は、握力は対照よりも強いですが、片足立ちで15秒立っていられない人の割合が多く、脚力が大幅に低下していました。仮設住宅に住んでいる人の多くは、津波を逃れて来ており、もともと農作業や漁業に従事されていて筋力が強い人々です。そのため握力は強いのですが、運動不足によって衰えやすい下肢の筋力は、一年間の仮設住宅生活で急速に低下したと考えられます。

越智医師 仮設住宅での生活は精神的ストレスも大きいです。相当精神的にまいっている人の例ですが、仮設住宅を検診に行ったときに「少しは運動した方がいいですよ」と言ったら、「外で運動したら、帰ってくるときにこの家を見なければいけないじゃないか」と言って外に出ず、寝たきりの母親と暮らしている人もいらっしゃいました。今まで一戸建てに住んでいたのに、仮設住宅を見れば、"自分が仮設住宅に住んでいるんだ"と実感してしまう、その現実が大きなストレスをもたらしたのです。

被災地の医療崩壊

越智医師 目に見えにくい健康被害もあります。多くの医療従事者が福島から離れました。病院は医師以外に女性が多い職場で、看護師、薬剤師、介護士などは資格のいる仕事であるため、県外でも比較的勤め先が見つけやすい職業です。お子さんのいじめや被ばくを心配して避難した人、旦那さんの再就職に合わせて福島を離れる人もいます。避難を機に嫁姑が一緒に暮らさなくなり、楽だから戻らない人、いったん避難してしまったので、戻れば後ろ指を指されるのではないかと心配して福島に戻らない人もいます。その結果、震災直後に病院スタッフ数は半分以下にまで減少しました。徐々に回復してきていますが、現在でも震災前の85%です。様々な事情により、被災地の病院のスタッフ数が減少した状態が続いており、医療崩壊が起こっています。病院スタッフ一人あたりの患者数も改善されていない状況です。

越智医師 原発事故によって起きた健康被害は、放射線被害よりもはるかに大きいです。放射線ばかりに議論が終始することにより、多くの健康被害が見過ごされていたり、風評被害が収まらなかったり、実効性のある防災・減災・復興政策が立てられないといった問題があります。

 

以上、越智医師からは、福島の現場で起こっている放射線被ばくによらない健康被害についてお話いただきました。十分な避難計画が策定されていなかったことによる混乱、長期避難生活者の環境改善、病院スタッフの減少による医療崩壊の問題など、早急に対策を打たなければなりません。しかし、患者や高齢者の面倒をみる看護師や介護士に強制的に留まるように命令することはできないといったジレンマがあります。この震災を教訓に、社会はどんな制度や仕組みが必要なのでしょうか。そして個人は何をするべきなのでしょうか。この難しい問いを考えるにあたり、重要な視点とは何なのでしょうか。

「いま何をすべきか」を考えるための重要な視点

越智医師 様々な健康リスクが存在する福島に必要な対策を考えるときに必要なのは、リスクを相対化する視点です。がんのリスクは放射線だけではありません。喫煙、野菜不足、運動不足、お酒の飲み過ぎ、大気汚染、ストレスなどもがんのリスクです。これらのリスク比較した上で選ぶ、ということが重要です。

野菜を食べる、塩分を取り過ぎない、魚を食べる、運動をする、たばこを吸わない、などに気をつけた上で、放射線被ばくも低ければ低い方が良いということです。しかし、被ばく量を低くするために、外で遊ばなければ、逆にがんのリスクをあげてしまうかもしれないのです。

越智医師 被ばくなど一つのリスクについて語ることはとても大事です。疫学調査で明らかになったことを話し合うことも重要です。しかし、被ばくのリスクがなければ、"ゼロリスク"だと考えてしまうことは誤りです。ゼロリスクは存在しない以上、私たちにできることは"リスクを選ぶこと"です。これを認識し、科学と向き合っていくことが大切です。

リスクの大きさを決めるのは科学者ですが、リスクを選ぶのは一人一人で、正解はありません。そして、個人としても、社会としても、身の回りのリスクを比べ、包括的にリスクを下げる、つまり減災する視点が大切です。

越智医師 健康は、単に医療だけが担っているわけではありません。健康には経済や、上下水道、労働環境など様々な要因が関わっています。福島は放射性物質による環境汚染というだけでなく、健康に被害を与える様々な要因をもっています。例えば、避難、風評被害や原発停止による経済影響、一連の出来事があって雇用されなくなったことや、食生活が変わったことなども仲介因子になって大きな健康被害をもたらしているのです。

越智医師 私たちがいまやる必要があるのは、健康被害を俯瞰し、コストや、誰が健康被害を受けやすいのかを判断した上で、優先順位付けをすることです。一番重要なことが分かって初めて効果的な対策が打てるのです。

大事なのは「暮らし」の視点にたち、住民が健康になること。

越智医師 今必要な視点は、科学も、減災も、防災も、目標として建物が建つことでは無く、自分の理論が正しいことを証明することでもなく、人が健康になることです。そのためには、先ほど説明した、避難行動、長期避難生活、医療崩壊による健康被害を繰り返してはならないと思います。

 

越智医師 また、科学への過信は改める必要あります。正しい知識を得たからといって、住民の不安が解消されるわけではありません。大切なのは、「暮らす」という視点を持ち続けることだと思います。科学というのはそこで暮らす人が健康になるために科学を使うのであって、自分の科学を証明するために住民の方を説得してはならないと思います。パスカルの言葉に「二つの行き過ぎ。理性を排除すること、理性しか認めないこと」というのがあります。私はこの"理性"という言葉を"科学"を当てはめてもいいと思います。つまり、科学を排除してもだめ、科学しか認めないのもだめです。これから疫学調査は続けていく必要があると思いますが、科学しか認めずに議論をすることで人を傷つけるかもしれないということを忘れてはいけないと思います。

 

 

以上、第二部では越智医師から、福島で実際に起こった健康被害と、どのような視点をもってこれからの対策を考えたらよいのか、お話いただきました。

原発事故による被ばくの影響やその科学的根拠に注目し、議論を進めることは大事です。ただし、そこに住む人の暮らしをリアルに想像し、"人が健康で暮らすため"を大前提として、科学を有効に使い、議論をすることが大事なのではないかと改めて認識しました。

 

震災から5年が経過し、福島で起こった健康被害や今でも続く問題が明らかになってきました。

震災後の医療崩壊を防ぐ仕組み作りや高齢者の避難行動の策定などは早急に対応すべきですが、避難区域に残る人をどうやって決めるのかなど、様々なジレンマがある状況です。

そして、被ばくの影響により甲状腺がんが異常に多発しているのかどうかは専門家の間で意見が割れているという状況です。

このような状況下で、私たちがそれぞれの場所で健康に暮らすためには、個人として社会として何ができるのでしょうか、何をすべきなのでしょうか。自分が住んでいる地域や、おかれた状況で、必要な準備はそれぞれで異なると思います。

次のブログでは、第3部の津田教授、越智医師、参加者全員でのディスカッションで語られたことについてお伝えします。

この日語られたこと、考えたこと
➀ 低線量被ばくの発がんリスクと福島の甲状腺検査の結果の解釈
➁ 震災によって起こった健康被害(この記事です)
③白熱したディスカッション
④個人と社会は何をすべき?参加者の意見

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