ウイルス研究者とともに考える未来 vol.2

研究の最前線をのぞいてみたら、アツい思いがみえてきた。

シリーズ「ウイルス研究者とともに考える未来」は東京大学医科学研究所の佐藤佳さん、西村瑠佳さんと日本科学未来館の協働活動を紹介するブログです。

前回:vol.1 PCRってなに? 研究者といっしょに実験するワークショップ

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250310pcr.html

次回:vol.3 次のパンデミックに備えるためにわたしたちは何ができる?

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250312post-545.html

Vol.1で紹介したイベント「PCRってなに? 特別編 ~ウイルス研究の世界をのぞいてみよう」。これは、参加者みずから手を動かしながら、PCRのしくみやウイルス研究の最前線を知る実験教室です。この実験教室は私たち科学コミュニケーターだけでなく、東京大学医科学研究所でウイルスの研究をしている佐藤佳さん、西村瑠佳さんと一緒につくり上げてきました。このブログでは、実験教室の途中でお二人からお話しいただいたウイルス研究者の仕事や目指していることなど、ウイルス研究の最前線をお届けします!

※この実験教室は、夏休み特別編と秋の特別編の2回行いました。夏休み特別編の様子はこちらのアーカイブ映像をご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=7-YKr9yWtHQ

“実験”をせずにウイルスを研究する西村さん

最初にお話しいただいた西村さんは、次のパンデミック(感染症の世界的大流行)を起こしうるウイルスを見つける研究をしています。そんな西村さんの研究環境がこちら。

机の上にあるのは、2台のコンピューターとタブレット……。あれ、ウイルスの研究をしているのに“実験”をしていない?

そう、西村さんの研究は、コンピューターを使ってデータを解析することがメインなんです。ウイルスがもっている遺伝情報(ゲノム)を解読し、得られた大規模なデータをコンピューターで解析することによって、次のパンデミックを起こしうるウイルスを見つけようとしています。このように生物学とコンピューターサイエンスを融合した研究分野は生命情報科学といわれていて、病気のメカニズムの解明や治療薬の開発など、現在さまざまな研究が進められています。西村さんいわく、「今とてもアツい分野!!!」とのこと。

ちなみに、西村さんのようにコンピューターを使った解析がメインの実験を「ドライ(乾いている)」、PCRのように薬品や生物を使うのがメインの実験を「ウェット(湿っている)」といいます。ウイルスの研究と聞くとウェットな実験をイメージすることが多いと思いますが、大量のデータが手に入り、コンピューターの処理能力が上がってきた現在では、ウェットとドライを両輪で進めていくことが重要です。イベント参加者にとってもドライな研究は新鮮だったようで、ウイルス研究へのイメージが広がり、興味をもった人が多くいました。

生命情報科学にできることをアツく語る西村さん。このほかにも、西村さんが研究者になるまでの道のりなど、中高生が進路選択の参考になるような話が盛りだくさんでした。

コロナ禍でも最前線でウイルス研究を進めた佐藤さんの思い

次に佐藤さんから、ウイルス研究で目指すことについてお話しいただきました。佐藤さんは、いまでは新型コロナウイルスの研究者ですが、もともとは他のウイルスを専門として研究していました。新型コロナウイルス感染症が世界各国で広がるという緊急事態になり、「ウイルス研究者として何かしなければいけない」と考え、2020年から新型コロナウイルスの研究を始めました。

そんな佐藤さんが新型コロナウイルスの研究をしながら考えていることは次の3つ。それは、継続的に研究できる体制をつくること、若手研究者を増やすこと、そして感染症の教訓を残すことです。

研究者集団「G2P-Japan」 ~継続的に研究できる体制をつくる

デルタ株やオミクロン株など、新型コロナウイルスに関するニュースで一度は耳にしたであろう「〇〇株」。これまでにあったウイルスの遺伝情報が変わり(これを変異といいます)、その結果人間に対して何らかの影響が出うるウイルスにつけられる名前です。新型コロナウイルスはこの変異が早かったこともあり、「〇〇株」がほんの数年のうちにいくつも登場しました。このような状況を経て佐藤さんは、継続的にウイルス研究を行い、新しく登場したウイルスはコロナウイルスに限らずすぐに調べあげ、論文として報告する体制をつくる大切さを実感しました。

そこで佐藤さんが2021年に立ち上げたのが、研究者集団「G2P-Japan」です。G2P-Japanでは、佐藤さんと同じ思いをもっている研究者が協力、分業しながら、感染症に関する情報をスピード感をもって報告できる体制を整えています。

全国の高校に著書を配布!? ~若手研究者を増やす

佐藤さんが新型コロナウイルスの研究を始めた2020年初頭、当時得体の知れなかった新型コロナウイルスの研究は厳しく制限されており、実験を行う“実働部隊”が全くいませんでした。実働部隊を担っているのは主に若手の研究者で、研究を進めていくうえで大切な存在です。だからこそ若手研究者を育てることが欠かせないと佐藤さんは考えました。

佐藤さんは著書*を、今回のような実験教室をはじめ、全国の高校に配布するなど、ウイルス研究に興味をもち、今後研究に携わってくれる人を増やすべく、さまざまな取り組みを精力的に行っています。

ちなみに佐藤さんは、ウイルス研究をより身近に感じてもらうために、自身の研究活動や日常について連載コラムを書いています。気になった方は「『新型コロナウイルス学者』の平凡な日常」で検索してみてください。

佐藤さんの著書「G2P‒Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち」。佐藤さんがコロナ禍で行っていたことが1日刻みで書かれていて、副題のとおり「疾走した」様子が伝わってくる1冊です。発行:日経サイエンス

「将来、またパンデミックが起こる」 ~感染症の教訓を残す

東日本大震災が発生した311日が近づくと、「東日本大震災から〇〇年が経ちました」といったニュースが流れたり、その当時を振り返る特別番組が組まれたりします。また、東日本大震災の被災地の実情や教訓を学ぶための震災伝承施設もあります。このような形で、震災の記憶や教訓が後世に受け継がれています。

震災伝承施設については、こちらのブログをご覧ください。

東日本大震災の伝承vol.3 震災伝承施設が伝えるもの

前編:https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20230804content-19.html

後編:https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20230807content-20.html

では、新型コロナウイルス感染症の場合はどうでしょうか? 「新型コロナウイルス感染症といったらこの日だよね」という感覚が生まれにくいこともあり、「新型コロナウイルス感染症から〇〇年」といった節目の日を定めるのはなかなか難しいでしょう。実際、そのようなニュースや特別番組はあまり耳にしませんし、新型コロナウイルス感染症を伝承する催しもそう多くはありません。

もしかすると感染症は記憶や教訓が後世に残されにくいのかもしれない、ただウイルス研究をしている実感として、将来、またパンデミックが起こるのは間違いない……。

佐藤さんが新型コロナウイルス感染症の教訓を残そうとしているのには、こんな思いがあるんです。

「将来、またパンデミックが起こる」と語る佐藤さん。スペイン風邪、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザなど、感染症はこれまで繰り返し起こっています。

アツい思いをもつウイルス研究者とともにつくりあげたイベント

今回の実験教室を企画するにあたって私たち科学コミュニケーターは、西村さん、佐藤さんの思いをもとに何度も話し合いながら、次の2つを念頭にイベントを企画していきました。

1つはこういったイベントを継続して行うことで、将来のウイルス研究を担いうる中高生をはじめ、多くの人にウイルス研究に興味をもってもらうようにすること。今年度は夏休み特別編、秋の特別編と2回実験教室を行い、多くの参加者がこの研究に興味をもつ入口を提供できたと思います。

もう1つは、感染症の教訓を残していくこと。ただこれは、研究者や専門家といった“だれか”のなかだけでの教訓ではありません。専門家ではない一般市民のわたしたちも含め、コロナ禍の時代を生きてきて、これからもパンデミックとともに生きていくことになるかもしれない、“みんな”にとっての教訓です。さまざまな人が訪れる未来館だからこそ、新型コロナウイルスのパンデミック時の“わたしの記憶”を思い出し、語り合い、その語りの集合をもって来たるパンデミックへの備えをみんなで考えることが大切ではないでしょうか。

実は今回、vol.1vol.2でまだ触れていない、未来館で感染症の教訓を残していくための取り組みも行いました。その詳細はvol.3にて。

Vol.3で紹介するのは、実験教室中のこの一コマのおはなし。

*佐藤佳, 聞き手 詫摩雅子. G2P‒Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち. 日経サイエンス社, 2023, 196p.

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