ウイルス研究者とともに考える未来 vol.1

PCRってなに? 研究者といっしょに実験するワークショップ

シリーズ「ウイルス研究者とともに考える未来」は東京大学医科学研究所の佐藤佳さん、西村瑠佳さんと日本科学未来館の協働活動を紹介するブログです。


vol.2研究の最前線をのぞいてみたら、アツい思いがみえてきた。https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250311post-546.html

vol.3 次のパンデミックに備えるためにわたしたちは何ができる?https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250312post-545.html

みなさん、こんにちは!

科学コミュニケーターの渡邉です。

 

819日と1116日にイベント「PCRってなに?特別編 ~ウイルス研究の世界をのぞいてみよう」を開催しました。今回のブログでは東京大学医科学研究所でウイルスの研究をしている佐藤佳さん、西村瑠佳さんと一緒につくりあげたイベントについて、お話しします。

 

みなさんは研究者が普段どんな実験をしているか、想像できるでしょうか。今回のイベントで行ったPCR実験は、まさにウイルス研究で日夜行われている実験です。PCRとはPolymerase Chain Reactionの頭文字を取った実験手法であり、遺伝子の調べたい部分を短時間で大量に増やす技術です。

新型コロナウイルス感染症が流行りはじめてから、PCRという言葉を繰り返し聞いたことがあるかもしれませんが、 PCR実験はウイルス研究をしている人は誰もが一度はやったことのある実験手法です。しかもPCRは医療、食品、環境測定など、さまざまな場面で応用されています。それではイベントで行ったPCR実験について、順を追って見ていきましょう。

まずマイクロピペッターの使い方をマスター

実験では、自分の手となり、指先になるマイクロピペッター(以下、ピペッター)の練習から始めました。ピペッターはごく微量な液体を正確に量りとる道具で、ウイルス研究の実験ではよく使います。はじめてピペッターを握ったという参加者が多く、最初は慣れない操作に苦戦するも、みなさんすぐにマスターしました。

ウイルス研究者の佐藤さんが見守りながら、ピペッターの練習。ちょっと参加者は緊張してるかも...

PCR実験で遺伝子を増やす

今回のイベントでは大腸菌をウイルスに見立てて、2種類の大腸菌の遺伝子を比べる実験を行いました。大腸菌に含まれる遺伝子の数は可視化するには少ないので、PCR実験で遺伝子を増やす必要があります。

まず、ピペッターを使って実験に必要な試薬と遺伝子をチューブの中で混ぜ合わせました。増やしたい遺伝子に、プライマー(遺伝子にくっつく目印)、核酸(遺伝子を構成するパーツ)、ポリメラーゼ(核酸をつなげる酵素)の4種類を混ぜて、ポリメラーゼが上手に働けるように温度を上げたり、下げたりすることで遺伝子を増幅させます。プライマーは調べたい遺伝子にくっつくように設計してあるので、その遺伝子だけを増幅させることができます。今回の実験では、片方の大腸菌だけがもつ遺伝子を増やすプライマーと両方の大腸菌がもつ遺伝子を増やすプライマーの2種類を使いました。試薬を入れ間違えたり、量が足りなかったりすると反応が正常に起こらずに失敗してしまいます。参加者も真剣な眼差しをチューブに向けつつ、ピペッターで順番に試薬を混ぜていきます。

さっそくマスターしたピペッターさばきを見せてくれました!
サーマルサイクラーにチューブをセット。緊張の一瞬です。

試薬が十分に混ざった人から、サーマルサイクラーにチューブをセットしました。サーマルサイクラーは温度を厳密に調節してくれるホットプレートになっており、プライマーが遺伝子にくっつく温度とポリメラーゼが働きやすい温度を繰り返すことで遺伝子を増やします。温度の上げ下げの回数を2030回も繰り返すと遺伝子を可視化するのに十分な数の遺伝子を増やすことができます。当日は50分間ほどで十分な数の遺伝子を得ることができました。

増やした遺伝子を可視化する

PCRで増やした遺伝子はそのままだと目には見えない状態です。そこで、見えるようにするため、もう一工夫が必要になります。増やした遺伝子を長さごとに分離して、色素によって光らせることで増やした遺伝子を可視化します。まず、増やした遺伝子に緑色の色素を加えました。この色素は遺伝子のすき間に入り込み、青い光を当てると光る物質です。ただ、光らせるだけでは、狙った遺伝子が増えているか分かりません。次に電気を流して、遺伝子を寒天ゲルの中で移動させる実験を行います。寒天ゲルを拡大すると細かな網目状になっており、長い遺伝子ほど遅く、短い遺伝子ほど早く網目構造の中を移動するので、調べたい遺伝子と大腸菌がもっている他の遺伝子を長さで分けて、PCR実験によって増やしたい遺伝子だけが増幅されているかを確認することができます。

寒天ゲルを突き破らないように慎重に試薬を流し込みます。見た目以上に腕がぷるぷる震えます。

参加者はそれぞれ、自分で増やした遺伝子に色素を混ぜた試薬を作成し、寒天ゲルの中に試薬を入れました。20分間ほど電気を流した後に、青い光を当ててみると遺伝子が光りました。

今回は2種類の遺伝子を増やしました。片方はどの大腸菌ももっている遺伝子、もう片方は一部の大腸菌がもっている遺伝子です。参加者全員が1種類だけ遺伝子をもつ大腸菌と2種類とも遺伝子をもつ大腸菌を見分けることができました。遺伝子を光らせると、参加者が驚きの声を上げながら、写真を撮ったり、実験ノートにメモしたりしていました。

みんなで肩を寄せながら実験結果を観察。青い光でゲルを照らすと、増やした遺伝子が光ります!

研究者といっしょの目線で実験をしてみる

今回のイベントで体験したPCRは、ウイルス研究や、ウイルスの有無を患者から調べる検査にも用いられています。他にも流行しているウイルスの種類を調べたり、あるウイルスの遺伝子が時間とともに変化している様子を分析したりとPCR実験はウイルス研究になくてはならない実験方法なのです。ウイルス研究を精力的に取り組んでいる佐藤さんたちも日常的にPCRを研究で取り入れているという話を聞きながら、参加者は実際に手を動かしたり、実験結果を確かめたりしていました。普段遠い存在である研究者や最先端の研究も、同じ部屋で研究者と話しながら、同じ実験をやってみると意外と身近に感じられるものです。佐藤さんたちはウイルス研究を通じて感染症のパンデミックといった社会課題に取り組んでいます。研究者と同じ目線で社会課題に取り組むのは難しいのかもしれませんが、本イベントのような機会を通じて研究者に歩み寄ることで、どのウイルス株のリスクが高いから気を付けなければならないといった研究者の課題意識をほんの少しうかがうことはできたのではないでしょうか。

 

研究者が行っている実験のイメージがわきましたでしょうか? まだまだ足りないという方も、イメージできたけど佐藤先生たちは何をしているんだろうと思った方も佐藤さんと西村さんの熱い思いに迫るvol.2をぜひご覧ください。

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