2016年ノーベル物理学賞を予想する② 移動するのは「情報」!量子テレポーテーション!

こんにちは!科学コミュニケーターの雨宮です。
化学賞、生理学・医学賞の予想第2弾に引き続き、物理学賞の予想、第2弾!

私が予想する受賞テーマは、量子の世界の不思議な法則を利用して、遠く離れた場所に量子や情報を送ることができるこちら!

量子テレポーテーションについての先駆的研究

...はー。自分で予想しつつ、ほれぼれするテーマ。

なんてったって、「量子」「テレポーテーション」「先駆的」というカッコいいワードが3つも入っているんです。スタートレックレベルのかっこよさ。

そんなほれぼれするテーマで受賞される、ほれぼれする研究者の方々は、こちらの4人!

左から

①アメリカの物理学者、チャールズ・H・ベネット(Charles H. Bennett)博士
1943年生まれ。IBMリサーチ所属。
写真提供:Charles H. Bennett
②カナダの物理学者、ジル・ブラッサール(Gilles Brassard)博士
1955年生まれ。モントリオール大学所属
写真提供:古田彩
③アメリカの物理学者、ウィリアム・ウーターズ(William K. Wootters)博士
ウィリアムズ大学所属。
写真提供:古田彩
④日本の物理学者、古澤明博士
1961年生まれ。東京大学所属。
写真提供:東京大学

...ノーベル好きの方なら、「おいおい。雨宮、4人て。」と思われるかもしれません。

そうなんです。ノーベル賞の方針として、1回の受賞は最大で「3人まで」。

でも、私にはどうしてもしぼりきれなかった...だって4人ともとても大きな功績をあげた研究者なんだもん...。というわけで、4人特別バージョンでお送りします!

量子テレポーテーションって何?

さて、今回のテーマの内容に入っていきましょう。

「テレポーテーション」と聞くだけで、なんだかワクワクしてきませんか?

SF映画や小説などの中では、「テレポーテーション=モノや人の瞬間移動」というイメージかもしれませんが、「量子テレポーテーション」は瞬間移動とちょっと違います。モノや人の移動というより、「(量子)情報の伝送」という方が正しいです。

「おいおい。雨宮、いきなり量子情報ってなんだよ。」

そんな声が聞こえてきそうなので、まずは量子について考えてみましょう。量子っていったい何なんでしょうか?

量子って何?

量子を扱う量子力学は、電子や光子といった、めっっっっっっちゃ小さい世界についての学問です。あまりにも小さいので、私たちの感覚では"ありえない現象"が起こります。

「その"ありえない"現象を、ちょっとでも身近に!」

ということで、このブログでは、この方を量子に見たてながら、なるべく図を使って説明したいと思います。

量子役の科学コミュニケーター田代さん

注)本当は、量子の世界は、人間の大きさよりもずっとずっと小さな世界なのでご注意を。

注)以降、「田代さん」を「量子」に読み替えてください。

"常識はずれ"の量子の性質~不確定性原理編~

この量子の性質を紹介するために、ためしに箱のなかに田代さん(量子)を1つ入れてみましょう。(ぽーい)

こんな風になりました。

これ、決して、箱のなかで田代さんが増えたわけではなく、田代さんが「どこに(=位置)」「どのような方向にどのぐらい動いているのか(=運動量)」がきちっと決められなくなってしまったのです。田代さんは1人ですが、位置や運動量がいろいろな田代さんが"重ね合わせ"になった状態です。

この状態でフタを開けて、田代さんの状態を観測してみましょう。すると...?

なんと!

観測の結果、田代さんの「位置」は1か所に定まったのですが、でも「運動量」はばらばらのようです。

それでは、もう一度田代さんを箱に入れ(ぽーい)、フタを開けて観察してみましょう。すると...?

なんと!

今度は田代さんの「運動量」は定まったのですが、「位置」が1か所に定まらなくなってしましました。

この2回の観測でわかる通り、『1つの量子の「位置」と「運動量」をいっぺんに知ることができない』というのが、量子の世界の常識なのです。(不確定性原理といいます。)

"常識はずれ"の量子の性質~量子もつれ編~

もう一つ性質を紹介しましょう。

ここに赤帽子をかぶった田代さんと、白帽子をかぶった田代さん(それぞれ別の量子です)にご登場いただきます。

そして、ある条件を満たすと、2人の田代さんが「もつれ」を起こします。

もつれた田代さん達は、位置や運動量(ここでは2つをまとめて「物理量」といいましょう)が影響しあうのです。

もつれ状態の2つの量子(赤田代さん、白田代さん)は、確かに2人いるのだけれども、どちらが、どっちなのか実は全く区別がつきません。2人の位置の真ん中の位置と、2人の運動量の合計の値だけは決まっているのですが、2人は量子なので、それぞれの位置や運動量はあいまいなままです。しかし、いったん2人のうちどちらかの位置や運動量を決めてやると、片割れの位置や運動量は決まってしまうという関係にあります。

このような赤田代さんと白田代さんの「もつれ」の関係は、2人がどんなに遠く離れていても変わることはありません。たとえば、赤田代さんと白田代さんをそれぞれ「もつれ」させてから(このブログでは「もつれ」を左右反転で表しています)、白田代さんを遠く火星に運んで...

そして、地球にある赤田代さんを観測して、位置あるいは運動量を特定してやると...

なんと!火星に運ばれた白田代さんの位置あるいは運動量も、一瞬にしてある値に決まってしまうのです!

...こんなことが本当におこるのでしょうか?だって、2人の間に何の通信手段もないのにもかかわらず、相手が"見られた"ことが、瞬時に分かってしまうというのです。 

いよいよ話は"量子テレポーテーション"に!

ここまで「不確定性原理」と「量子もつれ」の話をしてきました。さて、本ブログの本題である、"量子テレポーテーション"の説明へと入っていきます。

ここからの説明には、白田代さん、赤田代さんに加えて、もう一人量子役をかって出てくれた科学コミュニケーター坪井さんにもご登場いただきます。

量子役の科学コミュニケーター坪井さん

注)以降、「坪井さん」も「量子」に読み替えてください。

量子テレポーテーションの方法

このブログでは、「地球にいる坪井さんを、火星に伝送(量子テレポーテーション)する」ことを目標にしましょう。

①まずは赤田代さんと白田代さんを量子もつれの関係にして、地球と火星に送ります。

②地球にいる赤田代さんの箱に、坪井さん(別の量子)を入れて、強制的に赤田代さんに影響を与えます。
すると地球にある箱には、坪井さんと赤田代さんとが混じった量子の状態が現れます。

すると、赤田代さんと量子もつれの関係にある火星の白田代さんの様子も変化します。

③さてここで、地球の箱の中にある、赤田代さんと坪井さんが混じった状態の、位置と運動量を測定します。

...あれ?そんなことできるんですか?両方を同時に決めることはできないって言っていたのに!

...実は、1つの量子の位置と運動量を同時に決めることはできないけれど、2つの量子(赤田代さんと坪井さん)をまとめて観測して位置と運動量とを同時に決めることはできるのです!そして得られた観測結果(位置と運動量の数値)を、火星にメールします。(決して、坪井さん単体の物理量を送っているわけではありません!)

④仕上げの作業です。火星でメールを受け取り、その物理量を持った粒子(量子ではありません)を白田代さんにぶつけるという作業を行います。するとなんと、白田代さんが坪井さんに変身するのです。

ビバ量子テレポーテーション!

...ということで、あたかも、さっきまで地球にいた坪井さんが、火星に突然現れたということになります。

実は、上記のテレポーテーションを成功させるためには、あらかじめ火星に送りたい量子と同じ種類のものを素材として送っておかなければなりません(しかも、赤田代さん白田代さんのように、量子もつれを起こした状態で、です)。たとえば、地球から電子を1つ送りたければ、火星にもあらかじめ、電子を1つ送っておかなければなりません。

もちろん、量子テレポーテーションをする前は、地球にある送りたい量子と火星に運んでおいた量子では、その位置や運動量が異なるので、違う情報を持っているといえます。そこに、量子テレポーテーションを利用すれば、あらかじめ運んでおいた同種の素材に、地球にある量子と同じ情報(位置や運動量)を持たせることができるのです!

「テレポーテーション」という名前がついているので、まるで「物体が瞬間移動する」と思われがちなのですが、そうではなく、あくまで「情報を移動」させて、送り先にある素材を使って、地球にあった量子を再現するのです。

実際にできるの?

さて、今量子テレポーテーションの方法を説明してきました。ここまで読んでくれた皆様本当にありがとうございます。

実は、この方法を考えだしたのが、ベネット博士、ブラッサール博士、ウーターズ博士の3人なのです。1993年のことでした。
そして、古澤博士が世界で初めて量子テレポーテーション実験に成功したのです!

古澤博士は1998年、当時留学していたカリフォルニア工科大学院で、世界で初めて実験に成功。さらに2004年、3つの量子間のテレポーテーションを成功させ、さらにさらに2009年、なんと9つの量子間のテレポーテーションも成功させたのです!!ひえー!

今後なにに応用されるの?

このブログでは、例えば電子といった、とても小さい物質の伝送を扱いましたが、今後もっと大きな物質も伝送できれば、地球から火星に食料などを送ることもできるかもしれません。(もちろんその場合、あらかじめ火星に「食料の素材」となる水素や炭素や窒素などのガスを送っておかなければならないですが...。)

でも、現在のところ、量子テレポーテーションに成功している最も大きなものは原子です。ですので、食料などの大きなものをテレポーテーションできる日は、ずっとずっと先です。

それよりも、ここで紹介した量子の性質を使って、「物質」ではなく「情報」を運んだり処理したりする未来の方が早くやって来るでしょう。その最たる例が、量子コンピューター。

量子コンピューターは、現在私達が使っているコンピューターの処理速度や容量をはるかに上回るもので、最新のスーパーコンピューターが数千年計算し続けてやっと解ける問題も、数十秒のうちに解いてしまうかもしれないという、大きな注目を集めているものなのです。

ただ、その量子コンピューターがネットワークを組んで様々な処理をするためには、「送信者役の量子」、「受信者役の量子」、そして「制御者役の量子」の3量子がお互いに情報をやりとりしなければならないという制限がありました。

...そこで登場するのが古澤博士です!

先ほど、「古澤博士が2つの量子間だけではなく、3つの量子間での量子テレポーテーションを成功させた」と書きました。実はこの「3つの量子」というのが、「送信者役、受信者役、制御者役」のことで、量子コンピューターの実現を初めて実証した大きな大きな一歩となったのです!

(古澤先生ご自身も「量子テレポーテーションが2者で出来たことと、3者で出来たことでは、意義は決定的に違うと思います」と仰っていますし、そのときの論文が英国の科学誌「ネイチャー」の表紙を飾ったことからも、インパクトの大きさが伺えますね!)

つまり、ただでさえ夢のある量子テレポーテーションは、未来のハイパーコンピューターの足がかりでもあったんです!

そんな量子テレポーテーションの理論を確立したベネット博士、ブラッサール博士、ウーターズ博士、そして世界で初めて実験成功させ、量子コンピューターを実現に大きく近づけた古澤博士にこそ、ノーベル物理学賞が輝くべきです!

 

※編集注
この記事は、2017年2月にタイトルを修正しました。当初のものに誤解を招く表現があったためです。

2016年ノーベル賞を予想する

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