2016年ノーベル生理学・医学賞を予想する② 小胞体ストレス応答のしくみを解明

こんにちは、科学コミュニケーターの鈴木啓子です。ノーベル賞の予想も4回目になり、今年が最後かと思うと感慨深いです(5年任期で在籍5年目なので、ここで打ち止め)。

さて、私が今年予想する、イチオシの研究者はこちらのお二人です!

小胞体ストレス応答のしくみを解明

(写真提供:京都大学・森和俊)

森 和俊 博士(1958年生まれ)
京都大学大学院 理学研究科 教授

(Photo by ChristineWalterlab via Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)

ピーター・ウォルター(Peter Walter)博士(1954年生まれ)
カリフォルニア大学 サンフランシスコ校 教授

では、小胞体ストレス応答って一体どのようなことなのでしょうか?
私たちにとってどんな風に役に立つ研究なのでしょうか?
順番にお話していきます。

  1. 小胞体ストレス応答ってなに?
  2. こんなことに役に立つ。だから今年はこのお二人!

1.小胞体ストレス応答ってなに?

簡単に言うと、細胞の中でつくられるタンパク質の品質管理のしくみを解明 したという研究です。

私たちの体は約40兆個の細胞で構成されています。この細胞は、実に24時間365日休むことなくタンパク質をつくり続ける工場です。

24時間生産ラインを動かし続けるブラック企業のような細胞工場。あなたの体の中でも絶えず動いているしくみです。

出来上がったタンパク質を使うことで、私たちの体は問題なく動き続けます。

なるほど、そっかー。体の中では、そのタンパク質が動いているんだ。細胞って立派だなあ、と思ったあなた。いつだって完璧なタンパク質が出来上がると思っていませんか?

ネジやパンなどの工場でも、おそらく何百個、何千個と商品をつくる中には売り物にはできない不良品も出てくると思います。それは、私たちの細胞でも同じことです。中には不完全な、機能できないタンパク質も出てくるのです。それを見つけ、次のタンパク質の生産をストップし、必要ならば修理し、どうにもならなければスクラップする。そういうしくみが私たちの細胞にも備わっています。

さて、今回の予想テーマは「小胞体ストレス応答」でした。これは、「小胞体」がストレスを受けたときに、起こる反応、ということです。
「小胞体」というのは、多くのタンパク質がつくられたときに、そのタンパク質ができる途中で通過する、細胞の中にある装置のひとつです。この装置の中で、タンパク質は正確に折りたたまれて、機能できる特定の形になります。

タンパク質が機能するには、それぞれの形に折りたたまれる必要があります。シャペロンというプレッサーがくっつき、タンパク質は折りたたまれます。

小胞体がストレス(熱や有害物質、病気など)を受ける→不良品タンパク質が増える→対処して、小胞体の働きを元に戻す!

この最後の部分のしくみを解明したのが、森博士とWalter博士、というわけです。

小胞体がストレスを受けたときの対処方法。ポイントは3つです。

① 新しいタンパク質をつくらせないようにして、小胞体にタンパク質がこないようにする
② 小胞体の中にシャペロンを増やして、不良品タンパク質を修理する
③ どうにもならない不良品をスクラップする

これらのことは、細胞の中で(同じように)つくられるタンパク質などがやってくれています。森博士とWalter博士は、最初は酵母で起きているこの現象を明らかにし、さらにヒトの体の中で起きているこの①〜③の流れと、それぞれの関係するタンパク質や遺伝子を競い合いながら見つけだしました。そう、お二人は共同研究をしているわけではなく、熾烈な競争を繰り広げているライバル同士です。

こんなことに役に立つ。だから今年はこのお二人!

このブログを読んでくださっているこの瞬間も、あなたの体の中では、タンパク質工場が働きつづけ、検品作業も行われています。つまり、この検品作業がうまくいかなくなるということは、様々な病気を引き起こすことにつながっているのです。
脳の血管が引き起こす病気や、がん、糖尿病なども、小胞体ストレスが深く関わっていることが報告されています。もっと、小胞体の中で起きている現象を調べていくことで、新しい治療法が見えてくる可能性があるのです。

生物学はこれまで細胞がタンパク質をつくる巧みで精緻な仕組みを解明してきました。けれども、実際にどの程度それがうまく行っているのかの研究はそれほど進んでいませんでした。森博士とWalter博士の研究は、不良品タンパク質が生じることを盛り込んだ仕組みが細胞の中にあることを明らかにしたのです。これは、大きな驚きでした。

2013年のノーベル生理学・医学賞は、「細胞内でつくられたタンパク質が目的のところに運ばれるしくみ(小胞輸送)」でした。細胞内でつくられたタンパク質の品質管理は次にふさわしいと考えます。
今年は、「小胞体ストレス応答」のお二人が受賞されると、予想をします!

参考文献:
ブルーバックス「細胞の中の分子生物学」 森和俊 著


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