こんにちは!
科学コミュニケーターの坪井です。
前回、2016年ノーベル物理学賞について「わからない...でも、わかりたい!」 (リンクは削除されました)というブログを書きましたが...
お待たせしました。わかってきました。
わかってきたのは、研究内容だけではありません。
発表当日に物理学チームで書いた解説ブログ (リンクは削除されました)では、十分な情報をお伝えできていなかったこともわかってきました。
そこで、改めて今年のノーベル物理学賞の受賞内容、「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」を解説させてください。
本記事を皮切りに、計4本のブログリレーを行います。
担当は、物理学チーム(通称:ぶつりーず)のメンバーであるこの3人です。
今回は、手始めに今年の物理学賞全体を見渡したお話と、これからの解説を読むに当たって、キーワードとなる「トポロジー」と「相・相転移」について、お話します。
どうぞ、お付合いください!
「わかった!」山への登山のはじまり
皆さんが「あっ!」と驚くときはどんな時ですか?
「当たり前だと思っていたことが、そうではないとわかった時」
「こうなると思っていたけど、そうならなかった時」
などなど、いろんな意味で自分の中の常識が覆ったときではないでしょうか?
今回の受賞内容は、その発見を発表した当時、物理学者を「あっ!」と驚かせたものでした。ここで着目すべきは「物理学者を」という点です。
「わが家の常識が世間の非常識」であるように、物理学者の常識が一般的には常識でないこともよくあること。ですが、今回の受賞対象となった研究は、物理学者たちの常識をも覆すものだったのです。物理学者でもない私たちには、その「途方もなさ」さえ、あまりピンときませんでした。
さらに今回のお話は、私たちが生きている3次元の世界ではなく、2次元や1次元の世界が出てきます。
...。
いやいや、1次元や2次元の世界の"常識"なんて知ったこっちゃないですよね。
物理学者からしてもかなりマニアックな分野だそうです。まして、物理学者でもない私たちからしてみれば、そもそも"1次元や2次元の世界に常識があったの?"というところからです。
そんなマニアックな話をできるだけ「わかった!」と言っていただけるよう、このブログリレーでは、そもそもの背景からていねいに積み上げていきたいと思います。少し長くなりますが、「わかった!」山の山頂を目指して、一緒に一歩ずつ登っていきましょう。
物質のふるまいを知りたいのだ...!
今回の受賞内容の分野は、「物性物理学」でした。
物性物理学の科学者が「わかりたい!」ものは何かというと...
物質のふるまい、です。
これがなかなか奥深いテーマなのです。
物質のふるまいを理解するには、「何が集まってできている物質なのか」を知るのはもちろんのこと、それらが「どのように集まっているのか」を知ることが重要です。
例えば、身近な物質である「水」。
水は、水分子(H2O)がたくさん集まってできていますよね。
では、「どのように」集まっているのかというと...
自由気ままな水分子がゆる~く集まれば水蒸気(気体)になり、そこそこ手をつなぐと水(液体)に、規則正しく並ぶと氷(固体)になります。
これ、改めて考えると、不思議ですよね。
このように、身の回りの物質は「小さなものがたくさん集まったとき、どのように集まっているかによって、物質のふるまいが変わる!」という面白いことが起こります。
そこに着目して、「どんな集まり方をしたら、物質のふるまいがどう変わるのか」をさぐるのが物性物理学です。
今回の受賞内容をすごくざっくりいうと、2次元や1次元で小さなものを集めてみて、それが全体としてどんなふるまいをするのかを調べた研究でした。
受賞内容は大きく分けて3つ
今年のノーベル物理学賞は冒頭でも書いたとおり、「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」です。
受賞者はデイビッド・サウレス博士。ダンカン・ホールデン博士、マイケル・コステリッツ博士の3人。
今回の受賞内容は、文言だけ見ると2つの発見のように見えますが、実は3つの発見が含まれています。
① KT転移の発見(サウレス博士・コステリッツ博士)
...2次元でも相転移が起こることを発見!
② Haldane相の発見(ホールデン博士)
...1次元でも相転移が起こる。しかも、それが変わった相転移であることを発見!
③ TKNN整数の発見(サウレス博士)
...実験的に発見されていた量子ホール効果を理論で説明
それぞれの中身は、まだわからなくても大丈夫です。3本柱だということだけ、頭の片隅に置いておいてください。
やっぱり「トポロジー」がキーワード
では、なぜこの3つの発見がまとめて2016年のノーベル物理学賞を受賞したのでしょうか?
もちろん、3つの発見には共通点があったからです。
その共通点が「トポロジー」。
受賞タイトルに2回も出てくる「トポロジカル」という形容詞も、「トポロジー」という名詞から派生したものです。
トポロジーは、発表当日の解説ブログ (リンクは削除されました)に書いたドーナツの穴の数の例などを含めて、モノを連続に変えた時にも変わらない性質に着目する数学の手法です。そのような見方を「トポロジーのメガネで見る」と解説ブログでは表現していました。
3つの発見はすべて、「トポロジー」という考え方を取り入れていました。
ただ、一口にトポロジーといっても、いろんな考え方があります。ドーナツの穴以外にもこんなのも。
この場合の変わらない性質は、「裏表があるかどうか」です。
左と右の輪はぐにゅ~っと輪を連続的に変形させたものですが、「裏表があるかどうか」という性質は変わっていませんよね。これもトポロジーの考え方です。
このとき、ハサミで輪を切って貼り直せば「裏表があるかどうか」の性質は変わりますが、それは連続的な変形ではありません。ハサミを使わない変形で、変わらない性質に着目するのがトポロジーです。
3つの発見も、それぞれがそれぞれの意味でトポロジーを取り入れていました。
穴の数も裏表の有無も、あくまでトポロジーの考え方の一つの例です。今回の受賞内容で、何かの穴の数を数えたり、物質の裏表を調べたりしたわけではありません。「モノを連続に変えた時に変わらない性質に着目する数学の手法」というトポロジーの定義をしっかり覚えておいてください。
もう一つ重要な「相」と「相転移」
トポロジーという手法を使って、3氏がみたものは何でしょうか?
そう、「相」です。(うぅ、どうしても言いたくて...すみません。)
相とは、物質の状態です。物質のふるまい方です。
固体・液体・気体に分類される物質の三態は、中学校で習った覚えがあるのではないでしょうか?
水(H2O)の例でみると、固体の氷・液体の水・気体の水蒸気、それぞれの状態が「相」です。
さて、氷を温めると何が起こりますか?
温めるにつれて、固体だった氷が水になりますよね。
さらに温めていくと、水は水蒸気になります。
このように、ある物理量(この場合は温度)を変化させることによって、相が変わることを「相転移」と言います。
相は、物質の三態だけのことを言うのではありません。「磁石の性質(磁性)を持つ/持たない」も「相」です。そして、磁性を持って
いたものが持たなくなること、また、その逆の変化も「相転移」といます。相転移のために変化させる物理量は温度に限らず、磁場や電圧などさまざまです。
3つの発見のうち、最初の2つ(KT転移とHaldane相の発見)は、相転移に関わる話です。しかも、2次元とか1次元での...!
これからブログリレーで1つずつ解説します
と、ぼんやりと全体がイメージできたところで、今日はここまで。
「そもそも」というお話ばかりで、読むのに我慢を要する内容だったかもしれませんね(ごめんなさい)。
次の記事からいよいよ本題に入り、3つの発見を順に解説していきます。その時に「そもそもこれ何だっけ?」と道に迷うことがあれば、この記事に立ち返っていただければと思います。
3氏が行った研究はすべて、実験や観測ではなく、数学的な方法で万物の原理を解き明かしていく理論の研究です。なので、私たちが生きている世界と結びつけにくい面もあります。そこが、今回の受賞内容を難しいと感じる点なのではと個人的には思っています。
でもでも!
数式と理論で展開される物理の世界は、物事の本質にとことん迫る美しくエキゾチックな世界です。一緒に一歩ずつ登って行きましょう!
次回はあさって11月10日(木)ごろ公開予定。お楽しみに!
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「わかった」への相転移
① ブログリレーでもう一度解説します(この記事)
② 2次元での相転移を説明したKT転移 (リンクは削除されました)
③ 1次元ではもっとすごい相転移が起こる (リンクは削除されました)
④ 量子ホール効果をトポロジー (リンクは削除されました)
このブログリレーの作成にあたりまして、学習院大学の田崎晴明先生に取材協力をしていただきました。田崎先生はノーベル財団の研究内容を解説したリリース文でも論文を3本も引用されているこの分野の第一人者です。大阪大学の菊池誠先生にも電話取材をさせていただきました。田崎先生・菊池先生のご協力なくしては、ここまで理解を深めることはできませんでした。ここに心からの御礼を申し上げます。また、未来館の47期ボランティアでもある中島多朗さん(理研・創発物性科学研究センター)にも多大なご協力をいただきました。誠にありがとうございました。