いのちを迎えるすべての人へ Part3 ~出生前検査とどう向き合う? - ワークショップで考えてみた

9月25日(日)に行ったトークイベント「いのちを迎えるすべての人へ~赤ちゃんの出生前検査を考える~」の報告ブログPart1Part2を、科学コミュニケーターの浜口がお届けしました。シリーズ最終回のPart3では、トークイベント後に行ったワークショップの様子をご紹介します。

今回のワークショップでは、ワールドカフェ方式(※)を採用しました。参加者たちは、出生前検査に関するさまざまな「問い」が用意されたテーブルを周りながら、他の参加者とともにそれぞれの問いに対する意見交換し、自身の出生前検査との向き合い方を明確にしていきました。

問いのラインナップはこちら。

  1. 赤ちゃんを迎えるにあたり、どのような家庭であれば幸せだと思いますか?
  2. 出産・育児にどのような心配がありますか?
  3. 出生前検査を受けるか受けないか決める上でどのような葛藤がありますか?
  4. 障害や重篤な病気を持った子どもを産む、もしくは産まない場合、どのようなことが起こると思いますか?

参加者たちは、それぞれの問いにどのように答えたのでしょうか?そして、出生前検査との向き合い方が明確になったのでしょうか。議論を振り返っていきましょう。読者のみなさまも、読み進めながら問いに答えてみてくださいね。

1. 赤ちゃんを迎えるにあたり、どのような家庭であれば幸せだと思いますか?

いきなり変わった問いかけからスタート。

出生前検査は「お腹の赤ちゃんのことを知りたい」という思いから使われる技術ですが、「赤ちゃんを幸せなかたちで迎えれるか?」という問いに置き換えられるかもしれません。

この問いを考えるのは、通常、妊婦さん、そのパートナーや家族など「迎える」側ですが、忘れてはならないのが「迎えられる」側の赤ちゃんの立場です。ここでは、出生前検査は別として、生まれてくる赤ちゃんの立場だとしたら、どのような家庭であれば幸せであるか、想像してもらいました。

夫婦仲、経済的な面、育児環境など、さまざまなアイデアが出てきましたが、なかでも、多くの人たちが共感していたことが、赤ちゃんを心待ちにしてくれるところ、そして両親が仲の良い家庭です。

赤ちゃんの身になって考えてみると、両親に望まれていないとしたら寂しいですし、両親の仲が悪いと複雑な気分になります。細かい点では多くの違いがあると思いますが、この2つは、ほぼすべての赤ちゃんが望むことなのではないでしょうか。出産・育児の上で欠かせないこととも言えるかもしれません。

これは「迎えられる」赤ちゃん側の視点ですが、「迎える」側は、出産や育児の時、どのような心配事を抱えているのでしょうか?

2. 出産・育児にどのような心配がありますか?

ワークショップではいろいろな悩みがあがり、私は「こんなにも多いのか!」と衝撃を受けたほどでしたが、ここでは一部のみリストアップしました。このように出産・育児にはたくさんの心配事があるわけですが、出生前検査は、これらの悩みのうちどれを解決してくれるのでしょうか。参加者たちは「出生前検査は下の2つの悩みを解決できうる」と答えていました。

  • 病気を持った子どもが生まれたらどうしよう?
  • 40歳でも子供を産めるのだろうか?

これをみて「えっ?」と思われた方も多いのではないでしょうか。出産・育児の悩みはたくさんありますが、実際に解決できそうな悩みはほんの少しだけということです。さらに気がかりなことが、「解決できうる」としている点です。出生前検査によって健康であることがわかれば不安を解消することができるかもしれませんが、染色体異常の陽性判定がでた場合は、当事者たちがさらなる不安に駆られると参加者たちは危惧していました。

「陽性判定がでた時に悩めばいいじゃん」と思うかもしれませんが、そうはいきません。トークイベントでの一幕で、客席コメンテーターの楯岡さんがこんな言葉を述べていました。

不安に押しつぶされそうになりながら検査結果を待つよりも、「どんな子でもいいから、マタニティライフを充実させていこう」という結論に至った

両親は、出生前検査を受けるか受けないか決める時、検査を受けて待っている間も常に不安にさらされるのです。そう考えると、出生前検査は、出産・育児の悩みを解決するものというよりは、現状では悩みの種を増やす技術になってしまっているのではないでしょうか。次の問いでは、出生前検査に受けるか受けないか決める時に生じる葛藤について考えていきました。

3. 出生前検査を受けるか受けないか決める上でどのような不安・葛藤がありますか?

項目を眺めて私が思ったことは、もし両親が妊娠してはじめて出生前検査の存在を知るのであれば、出生前検査を受けるか受けないか決めることはとても大変だろうなということ(もちろん、知ってたとしても大変ですが・・・)。というのも、上記の「情報が多くて理解できるか?」という不安に表せるように、「何がわかるのか?」や「費用・全体のスケジュール」など検査に関するたくさんの内容を理解しなければなりません。「陽性判定がでたときの結果の解釈の仕方」や「検査を受けた後にどうするか?受けとめられるか?」など頭の中で整理をつけることが難しい概念を理解し、赤ちゃんの命をどうするか決断する姿を予め想像しなくてはなりません。そのため、出生前検査を受けるか受けないか決める段階でも、不安に思うこと、葛藤することがたくさんでてきてしまうのです。

遺伝カウンセラーが親身になって相談にのってくれますが、講演の中で山中先生が「(遺伝カウンセラーが)限られた時間の中で全部伝えるのは難しい」と言うように、すべての情報を網羅して伝えるのは難しいのが現状です。そこで、参加者の方々には、社会として他に何か良いサポートができないかと問いかけてみたところ、たくさんの提案してくれました。その中の2つの案を紹介します。

出生前検査を受けた人の話をデータベース化

出生前検査を受けると選択した人、受けないと選択した人、それぞれが何をどう考え選択したかをホームページで閲覧でき、誰でも容易にアクセスできるようにする。

相談できる環境を増やす

遺伝カウンセラーだけではなく、パートナーや家族、友人など頼れる人がたくさんいる環境が好ましい。そのために技術の社会的認知を向上させたり、染色体異常があるとわかった上で産む決断をした時などに、周りが両親たちの決断を尊重してあげられるような倫理観を学校教育の中で育むことが必要。

1つ目のデータベースがあれば自分と似たような境遇や考え方の人がいたらとても参考になるでしょうし、2つ目の相談できる環境についても、両親2人だけで悩むのは辛いため、周りにいる人たちが自分たちの意思決定をサポートしてくれるのであればとてもありがたいことです。検査を受ける前の段階で「検査の結果がでた後に自分たちが決断したことが周りからバッシングされたらどうしよう」と悩む方もいるので、本人の意思を尊重してあげられるような倫理観(多様な価値観を認め合う風潮をここでは倫理観と呼んでいます)は重要ではないかと私は考えています。

一方で、どれだけ想像していても、実際に出生前検査で重篤な病気を持っていることがわかった場合は別の話。そのケースについて想像を広げてもらいました。

4. 障害や重篤な病気を持った子どもを産む、もしくは産まない場合、どのようなことが起こると思いますか?

障害や重篤な病気を持った子を産むと選択したとき、どんなことが起こるのでしょうか。子どものこれからの人生を想像してみたり、情報を集めたりするでしょう。その結果、周りに協力してくれる人がいなければ、介護のため仕事を辞めたりすることもあるかもしれません。「なぜ産んだの?」と周りから批判されることを心配する声もありました。「自分より子どもの方が長生きするようだったらどうしよう」と案じる参加者もいたように、実際には、もっといろんなことが身に降りかかってくるかと思います。

ある参加者はこんなアイデアを考えてくれました。

「ペアレントメンターという制度を作り、障害や病気を持つ先輩お父さん、お母さんからアドバイスをもらえる制度があればいい」

ペアレントメンターがいれば、子どもの人生を想像しやすくなったり、情報集めが簡単にできるようになりますよね。

また、他の参加者はこのような提案をしていました。

「施設にあずけることができる」

保育園のように、施設に子どもを預けることができれば、仕事を辞める必要はなくなるかもしれませんし、場合によってはフルタイムで働くというのもできるかもしれません。保育園については、最近、「障害児枠」というのを導入しているところがあり、特別な施設でなくても保育園でも子どもをあずけられるようになってきてます。また、子どもたちが社会に出たときに働けるような能力を、施設で身につけられるようにしたら将来的に自立して生活できるようになるのではと声があがっていました。

こんな提案も

「インクルーシブ教育をする」

「周りに手伝ってくれる人がいない」ということがありましたが、手伝いたいけど知識がなくて、どうしたらいいのかわからない方もいそうです。病気や障害を持った子どもとの付き合い方がわかれば、もっと積極的に手伝いをしてくれるようになるかもしれません。そういった風潮がでてくれば、「なんで産んだの?」という言う人も少なくなってくると思います。

では、産まないと決断した場合はどうでしょう。

「一生、罪悪感をひきずりそう」──これが最も苦悩することかと思います。それをフォローするために、「同じ苦悩を経験した人たちとわかちあえる場があればよい」と述べる参加者もいました。調べてみると、ソーシャル・ネット・ワーキングサービスmixi内の非公開制コミュニティ「泣いて笑って」では、人工死産をなさったご両親のための意見交換の場があるそうです。このコミュニティでは、出生前検査の告知により、妊娠継続を継続するか否かの意思決定のための支援も行っているそうです。そういった場が、もっと増えてきたら妊婦さんたちの苦しみも和らぐのではないでしょうか。

また、「産まないという選択をすることに理解がない人に、どう説明、対処するか」については、前述のように本人たちの意思を尊重してあげられるような倫理観教育や社会的風潮が必要になってくるという主張がありました。

5. おわりに

ここまで、出生前検査にまつわるさまざまなケースについて想像をひろげていきました。

1つひとつの問いがヘビーだったたけに、参加者は「どっと疲れた」という感想を述べていました。このワークショップでは出生前検査への向き合い方を明確にすることを目的にしていましたが、参加者が記入したアンケートを見てみると、ほとんどの人が「よりわからなくなった」と回答しており、モヤモヤが倍増するような結果になってしまいました。

ワークショップが終わった直後は「失敗だったか?」とも思ったのですが、すこし時間がたった今は「いや、意外に成功だったかも」と考えています。ワークショップで感じたモヤモヤは、出生前検査を受けるか受けないか、受けた後の決断など、実際の当事者たちの経験する思考に近いものがあり、すべての人がこの悩みを共有することが大事だと思ったからです。

ワークショップではさまざまなバックグランドをもった参加者が集まった分、一人の頭では考えきれないようなことにたくさん気づけます。実際に「さまざまな意見を聞ける良い場だった」と感想がありました。一方で、出生前検査に関する情報がたくさん知るほど、考えれば考えるほど意思決定が難しくなることを、参加者の方々も、その場にいた未来館スタッフも、ファシリテーターをしていた私も、全員が感じていました。

出生前検査という技術はこれからも発展し続けるでしょう。みらいのかぞくプロジェクトはまだまだ出生前検査について追いかけていきます。知れる場、考える場、対話の場をたくさん作っていきます。すでに未来館展示フロアでは参加型ミニトーク「おなかの赤ちゃんのこと、どこまで知りたい?~2025年こうのとり相談室~」を不定期で実施しています。さらに、このミニトークに動画やスライド資料をインターネットに公開し、広く活用してもらえるようにオープンソース化しました。その他にも、どんなことができるか今も模索しています。

皆様も、私たちとともに出生前検査について考えてみませんか?

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