みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの毛利です。連日、暑い日が続いておりますが、いがかがお過ごしでしょうか。
先月の6月9日、この暑さにも負けない熱気に溢れたイベントが未来館で開催されました。その名も「情熱プレゼン! 脳科学の最前線」。3名の新進気鋭の脳科学者に、ご自身の研究紹介を通して、脳科学への情熱やその奥深さをアツく語っていただくイベントです。以前にこのブログでも、同僚の森脇がイベント告知をし、張り切って準備する私達の様子を伝えてくれました。
「イベントを見逃してしまった!」「用事があって参加できなかった・・・」「当日の興奮をもう一度味わいたい!」などなど、脳科学が気になるみなさんに向けて、本日より3回連続シリーズで、当日の熱気をお伝えするイベント開催報告ブログをお届けします。当日、3人の脳科学者が私たちに見せてくれた世界を、一緒に体験しましょう!
情熱プレゼン! 脳科学の最前線開催報告
情熱プレゼン! 脳科学の最前線
その1 ~瞬きから探る「脳・心・社会」~(この記事)
その2 ~思い通りに動くということ~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20180724post-820.html
その3 ~誰も見たことがない世界を見てみたい!~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20180725post-817.html
トップバッターで登壇されたのは、大阪大学大学院 生命機能研究科 准教授の中野珠実先生!
プレゼンのタイトルは、"瞬きから探る「脳・心・社会」"です。
情熱プレゼン
みなさんは、瞬きのはたらきと言ったら何を思い浮かべますか。目の乾きを潤すため?誰かに気持ちを伝えるためでしょうか?私達人間は、一生のうちに5億回、頻度にして3秒に1回、瞬きをします。これは、人間が自発的におこなう行動のうち、心拍数の20億回、呼吸数の7億回に次いで多い回数です。起きているうちの1割は暗闇の中で過ごしている計算になります。
大学生の中野先生は疑問に思いました、「こんなにも多くの瞬きが、単に目の乾きを潤すためにだけにおこなわれているのだろうか?何か別の役目があるかもしれない・・・?」と。そこから中野先生の「ヒトはなぜ瞬きをするのか」を明らかにするための研究がスタートしました。
これまでにも、瞬きの頻度は心の状態で変化することが分かっていました。例えば、緊張した時や疲れた時は瞬きが増加し、ゲームなどに夢中になると瞬きは減少します。中野先生はそこから一歩進んで、脳の情報処理と瞬きとの関係を探り始めました。
そこで中野先生は、被験者に映画(ストーリーのある映像)をみてもらい、その瞬きのタイミングを記録する実験をおこないました(先生のプレゼンでも、みんなでMr. ビーンの映画を見ました!)。研究を進めていくと、人間は話の切れ目でいっせいに(0.4秒以内に)瞬きすることがわかりました。多くの人の瞬きが自然と同期しているとは・・・やはり瞬きには重要な役割があるのではないか、中野先生はさらに研究を進めました。
次に、映像を見ている際の瞬きと脳の活動や心拍数との関係を調べてみました。脳の血流を測定すると、脳内のどこが活性化しているか、逆にどこのはたらきが抑えられているかが分かります。また、心拍数を調べれば、体が活発に活動しようとしているか、リラックスしようとしているかが分かります。実験の結果、ずっと活性(沈静)状態が続くのをまるで避けるかのように、瞬きによって脳の活動や体の状態が"リセット"されることがわかりました。中野先生はこの結果から、瞬きには脳内の情報処理ネットワークのバランスをコントロールするという重要なはたらきがあるのではないかと考え、現在も研究を進めているそうです。
注)デフォルト・モード・ネットワークとは、私達が何もしていない安静状態のときに同期してはたらく脳領域で、過去の記憶の想起や未来の予測のために重要だと言われています。
さらに瞬きは、他者とのコミュニケーションでも重要な役割を果たしていることがわかってきました。私達は誰かと話している時、自然と話し手と瞬きを同期させています。これは、相手がアンドロイドであっても同様です。しかし、他者と円滑にコミュニケーションをとることが難しい自閉症スペクトラム障害の方は、この話し手との瞬きの同期が起こらないのだそうです。瞬きの同期は、円滑なコミュニケーションの証だとも言えるのかもしれません。
最後に中野先生からは、"瞬きは「脳・心・社会」を映す鏡である" というメッセージいただきました。中野先生が身近な生理現象である瞬きに着目し、ていねいな解析をすることで、瞬きの新たな役割が発見されつつあります。今後は、そのはたらきについてより詳しく調べるだけでなく、瞬きの研究を通して、私達が外界の情報をどのように脳内で処理しているかについても解明していきたいと語ってくださいました。中野先生の生き生きとした声や表情が印象的な、情熱溢れるプレゼンでした!!
質疑応答
中野先生のお話が終わると、会場からは堰を切ったように質問が飛び出しました。ここでは、その中のいくつかを抜粋してご紹介します。
Q1.参加者_会話している相手の顔を見ていなくても、瞬きは同期するのでしょうか。
A1.中野先生_同期しません。声のみ、静止画または顔の一部のパーツを見せながら会話していただく実験をおこなったところ、瞬きは同期しませんでした。しゃべり方やうなずきなどを含めた、顔全体から発しているシグナルをお互い感じることで、瞬きが同期すると考えています。
Q2.参加者_意図的な瞬きによっても脳の情報処理に影響があるのでしょうか?
A2.中野先生_影響ありません。意図的な瞬きをする時には、脳の運動野がはたらきますが、デフォルト・モード・ネットワークははたらきません。心拍数も上昇しませんし、脳の活動も大きく変わりません。脳の情報処理の変化は、あくまで我々が無意識にやった瞬きから引き起される現象なので、コントロールできるものではないのです。
Q3.参加者_聞き手が好意や敵意を持っているかによって、聞き手の瞬きは変化しますか?話者はその変化を感じられるのでしょうか?
A3.中野先生_変化しません。ただ、好意や敵意からではなく、話者の話題に興味があるかないかによって、瞬きが同期するかどうか決まることはあります。聞き手の瞬きは話者の瞬きを見てから起こっているわけではなく(話者の瞬きから0.25秒以内に生じているため)、両者が話の内容を理解しながらその場の空気感を共有することで、結果的に瞬きが同期しているのです。逆に、不自然なタイミングで瞬きをしていると、聞き手が話をちゃんと聞いていないことがばれるかもしれません。
Q4.参加者_人間と動物のまばたきでは、はたらきは違うのですか?研究が進んでいたりしますか。
A4.中野先生_人間と動物では違いますし、動物同士でも種によって違います。サルの場合は、人間の回数の半分位の頻度で瞬きをしていて、社会集団が複雑なサルほどたくさん瞬きをするという報告があります。一方、イヌ、ネコ、ネズミなどは人間と比較して、非常にまばたきの回数が少なく、1分間に数回程度です。そして、実は人間の赤ちゃんも、1分間に1、2回しか瞬きをしません。しかし、10~20歳頃になり脳が発達してくると、自発的な瞬きが必然的に増えてきて、成人と同じ頻度で瞬きするようになります。
最後に、私からも中野先生に質問させていただきました。
Q5.毛利_中野先生以前にも瞬きの研究はおこなわれていましたが、先生の研究がブレークスルーを起こせたポイントはどこでしょうか。
A5.中野先生_従来とは異なるオリジナルな実験手法で研究を進めたことでしょうか。私が研究を始める前におこなわれていた瞬きの実験は、被験者に問題を与え、回答してもらい、その間の瞬きの様子を観察するというものでした。私はより自然な状態の瞬きを観察したかったので、Mr.ビーンの映画を用意し、それを見ている参加者の瞬きを観察するという方法をとりました。この方法を使うことで、映像のストーリーの切れ目でみんなの瞬きが同期することをはじめ、さまざまなことを発見することができました。
なるほど~、新発見の陰にはそんな工夫があったのですね!研究者の方々のアイデアやひらめきにはいつも感動しっぱなしですが、今回もノックアウトされてしまった毛利でした。
今回は、6月9日に未来館で開催した「情熱プレゼン! 脳科学の最前線」の当日の様子をお届けしました。この日は、中野珠実先生だけでなく、同志社大学 脳科学研究科システム脳科学分野 神経回路形態部門の藤山文乃先生と九州大学大学院医学研究院 疾患情報研究分野の今井猛先生にもご登壇いただきました。このあと、科学コミュニケーター仲間の高橋尚也と森脇沙帆がお二人の先生のプレゼンもこのブログでご紹介します。
そして!
こんな面白そうなイベントがあったなんて!見逃した!と思われた方に、耳寄り情報です。来る2018年7月29日(日)に、今回ご登壇された先生が、再度みなさんに向けてプレゼンテーションを行うイベントが神戸コンベンションセンターで開催されます!詳細は以下のページをご覧ください。
第41回日本神経科学大会 市民公開講座「脳科学の達人」
2018年7月29日(日)神戸コンベンションセンター
http://www.neuroscience2018.jnss.org/open_lecture.html
【謝辞】
最後となりましたが、本記事を執筆するにあたり、大阪大学大学院 生命機能研究科の中野珠実先生には、大変お世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。