みなさんは「エルメス」と聞いたら何を思い浮かべますか?あの高級ブランドのバッグ?お財布?いえいえ、今回取り上げるエルメスは、細胞の中にあるエルメスです。
というわけで、みなさんこんにちは!科学コミュニケーターの田中です。これまで2つの記事で、ミトコンドリアについてご紹介してきました。今回は「細胞の中のエルメス」に注目して、ミトコンドリアのことをみていきましょう。
【これまでのミトコンドリアに関する記事】
・ミトコンドリアのほんとの姿はあの形とちょっと違う?!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20181109-4-gfprfp-mito-gfpmito-rfp.html
・もう君なしでは生きられない!ミトコンドリアと細胞の不思議な関係
https://blog.miraikan.jst.go.jp/20181221post-833.html
ミトコンドリアは脂質づくりにも重要
以前の記事「ミトコンドリアのほんとの姿はあの形とちょっと違う?!」では、ミトコンドリアは上図のような楕円の形で細胞にぷかぷかと浮かんでいるわけではない、とご紹介しました。ミトコンドリア同士がつながって、細胞の中でネットワーク状に存在していたのでした。また必要に応じて、ミトコンドリアは融合・分裂を繰り返しています。
また「もう君なしでは生きられない!ミトコンドリアと細胞の不思議な関係」では、そんなミトコンドリアがどんな役割を担っているのか、ということを紹介しました。ミトコンドリアは主に細胞に必要なエネルギーを作りだす働きをしているのでした。つまり、ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーを作り出す工場といえます。また、鉄-硫黄クラスターという特別な構造物を作り出す工場でもある、と少し突っ込んだお話もしました。
ここまでが前回までの記事のお話。でもほかにも、ミトコンドリアには非常に重要な役割があります。そのひとつが「脂質の工場」の働き。そして、このミトコンドリアの役割を果たすためには、「細胞の中のエルメス」が非常に重要なのです。
脂質がないと生きられない
でも、脂質って体に悪いものでしょ?......と思ったかもしれません。たしかに、揚げ物など油ものを食べすぎると健康に良くないのは事実。ですが、実は脂質は細胞にとって絶対に欠かせないものです。
細胞の一番外側は細胞膜という膜。この細胞膜が細胞を形づくっています。そして、細胞の中にはトコンドリアなどのオルガネラ(細胞内小器官)が入っています。これらのオルガネラも、膜によって形づくられています。こうした膜がないと、細胞もオルガネラも形づくれません。そして細胞が組み合わさってできている体も、生きられません。そんな重要な細胞の膜。その主成分が何かいうと、「リン脂質」と呼ばれる脂質なのです。
そんな重要な脂質をつくるために、ミトコンドリアが欠かせません。といっても、ミトコンドリアが単体で働いているわけではありません。ミトコンドリアと小胞体という2種類のオルガネラが一緒に働いてようやく、脂質を作り出すことができます1)。そしてミトコンドリアと小胞体が協力し合うために欠かせないのが、「細胞の中のエルメス」です。
ERMESが仲介役
この「細胞の中のエルメス」は、「ERMES」と表記します。これは、ER-mitochondria encounter structureの略。日本語にすると「小胞体(ER)とミトコンドリアをつないでおくもの」といった意味です。そう、ミトコンドリアと小胞体は、このERMESによってつながれているのです2)。ミトコンドリアは、ERMESを介して小胞体とかなり近接する場所がある、というわけです。
しかも、物理的にミトコンドリアと小胞体をつないでいるだけではありません。両者が協力して脂質をつくるうえでも、ERMESが仲介役を担っています。つまり、ERMESが脂質の運び屋なのです。小胞体で作られたリン脂質の一種PS(ホスファチジルセリン)というものがERMESを介してミトコンドリアに運ばれます。そしてミトコンドリアにおいてPSが形を少し変えられて、小胞体へと戻されます。そこからさらに形が少し変わって、細胞内の膜でもっとも需要が高いPC(ホスファチジルコリン)というタイプのリン脂質が出来上がります1, 3)。
この脂質づくりがうまくいかないと、細胞は正常な膜を作れず、正常な状態を保てません。そんな脂質づくりに欠かせないERMES、あの高級ブランドにも負けない価値がある!と言えるかもしれませんね。
※なお、ERMESは出芽酵母でみつかったもの2)で、ヒトの細胞ではみつかっていません。ですが、ヒトの細胞でもミトコンドリアと小胞体が近接している場所があることはわかっています。おそらくヒトの細胞でもERMESと同じような働きをするタンパク質があるのではないか、と考えられています。
ERMESには脂質を入れて運ぶポケットがある
もう少し詳しく、ERMESがどうやって脂質を運ぶかを説明しましょう。実は、ERMESとひとことで言っても、4つのタンパク質が集まった構造2)。このタンパク質たちが脂質の分子をバケツリレーのように運ぶものと考えられています。
このように脂質を運ぶため、たとえばERMESを構成するタンパク質のひとつであるMdm12には、1つの脂質分子がちょうどすっぽりと入るポケットがあることがわかっています3)。
この脂質を入れるポケットは、脂質を運ぶ役割を果たすために重要であると考えられています。それはなぜなのでしょうか?
細胞内という水の中で、脂質を運ぶ
私たちの体のほとんどは水でできている!そんなことを聞いたことがあるのではないでしょうか。その言葉通り、生き物の体は、細胞の中も外も水で満たされているような状態です(単細胞生物だと、細胞の外は外界ですが)。究極的に単純化して言ってしまえば、水の中を脂質の膜で適切に区切ったものが細胞、とも言えます。ここで、なぜ脂質の膜が水にはじかれないのか、不思議ではありませんか?その秘密は、膜の主成分であるリン脂質の頭の部分にあります。実は、頭の部分は水になじむ性質なのです。一方、足の部分は水となじまない性質。リン脂質の膜は、水になじまない足の部分同士が向き合って外に出ないようにし、水になじむ頭の部分を外に出すことで、水の中に存在することができています。
再度ERMESに注目してみましょう。ERMESが存在している場所のうち、ミトコンドリアと小胞体の2つの膜の間は水のような部分(サイトゾルと呼びます)。この膜の間の部分、そのままでは水になじまない脂質を運べませんよね。そこで必要になるのがERMESです。ERMESを構成するタンパク質が、外側は水になじむようにしながら内側で脂質を囲ってしまえば、脂質が水にはじかれてしまうことはありません。Mdm12の構造は、まさにこれ。内側のポケットに脂質を入れることで、水になじまない脂質をうまく運ぶことができるのです。
細胞もミトコンドリアも、まだまだ謎だらけ
今回は、ミトコンドリアが小胞体とともに「脂質の工場」として働くこと、そしてミトコンドリアと小胞体が協力するうえでERMESが活躍していることをご紹介しました。正常な細胞に欠かせない脂質をつくるうえで、ERMESの働きが重要なわけですが、少し立ち戻って考えてみましょう。たとえば、脂質づくりが小胞体だけで完結すれば、わざわざERMESに活躍してもらう必要もなく、脂質づくりもシンプルになりそうですよね。にもかかわらず、なぜ脂質をつくるうえで、ミトコンドリアと小胞体は協力しているのでしょうか?その答えは、まだわかっていません。このように、細胞もミトコンドリアなどのオルガネラも、まだまだ私たちが知らない謎だらけです。これからの研究で、そうした謎が少しずつわかっていくのも楽しみですね。
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・もう君なしでは生きられない!ミトコンドリアと細胞の不思議な関係
https://blog.miraikan.jst.go.jp/20181221post-833.html
【参考文献】
1. Scharwey M. et al., J Cell Sci., 126, 5317-5323 (2013)
2. Kornmann B. et al.,Science, 325 (5939), 477-481 (2009)
3. Kawano S. et al., J Cell Biol., 217 (3), 959-974 (2018)
【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださった京都産業大学総合生命科学部の遠藤斗志也先生に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。