細胞の"いま"を観る科学技術と、その未来

はじめまして!こんにちは。科学コミュニケーターの郡司です。

私は今年の4月から未来館の科学コミュニケーターとして勤務をスタートしました。以前は植物の研究に携わり、日々植物の細胞と向き合ってきました。

 今回のブログでは未来館の展示と関連する「生きた細胞を観る技術」についてお話しします。なかでも、私がワクワクする展示のひとつが、未来館階の常設展示「細胞たち研究開発中」です。

この展示では、私たちの体を形づくる「細胞」をテーマに、細胞のはたらきや構造、iPS細胞など再生医療の最前線について紹介しています。

細胞は動いている―でも、それを観たことがありますか?

突然ですが、皆さんは「細胞」を観たことがありますか?

学校の授業などで、自分の頬の内側の細胞や身近な植物の細胞を顕微鏡で観察した経験があるかもしれません。そのとき、どんな形をしていて、どんな様子だったでしょうか。そして、その細胞は「生きていた」でしょうか?

実は、ただ単に顕微鏡をのぞいたりしただけでは、細胞が生きているかどうか、すぐにはわからないことも多いのです。細胞を観察しているときに、細胞が動いたり、形が変化したり、色が変わったりすれば“生きている”とわかるのかもしれませんが、私たちが学校などで観察できる細胞の多くは、薬剤で固定されたり、染色されたりして動きのない状態であることがほとんどです。

細胞が「生きている」という定義は、細胞自体がエネルギーをつかって、周りの環境に反応したり、成長したり、分裂したりできる状態のことをいいます。例えば、食べものからの栄養を取り込んだり、傷ついたときに自ら修復をしたり、周りの環境に応じて動いたり、といった活動です。ですから、私たちの体を今、構成している細胞は一つひとつが絶えず変化し、動き、情報をやり取りしながら“生きて”います。

未来館の展示でも再生医療に関係する3種類の幹細胞を顕微鏡で観察できますが、これらも固定*1されており、生きているわけではありません(とはいえ、生きたまま展示すると増殖し続けて大変なことになるかもしれませんね……!)。

では、「生きている細胞」を観るにはどうしたらいいのでしょうか?

*1生物の組織や細胞をできる限り生体内に近い状態で保存・保管する化学的な処理のこと

生きた細胞を“観る”技術 「ライブセルイメージング」

実は、細胞が動いている“その瞬間”を観察する方法はあります。それが「ライブセルイメージング(Live-cell imaging)」という技術です。

ライブセルイメージングとは、顕微鏡にカメラを組み合わせて、生きたままの細胞のふるまいをリアルタイムで観察する技術のこと。たとえば、細胞分裂のようすを時間を追って動画で記録したり、特定の分子の動きを追跡したりすることが可能です。

 未来館の展示内でも、ヒトの卵子が精子と受精する瞬間から細胞が分裂・変化していく様子を動画で観ることができます。その映像はとても美しく、まさに生命の始まりの神秘を感じられる場面です。

ヒトの受精卵が受精後に細胞分裂する約1週間の映像の展示(未来館5階・常設展示「細胞たち研究開発中」内、『はじまりはひとつの細胞から』)

私たちの体は、たった1個の受精卵から約40兆個もの細胞をもつ個体へと成長します。その過程では、細胞が分裂して数を増やす「細胞分裂」と、異なる機能をもつ細胞へと変化していく「細胞分化」が同時に進んでいきます。

では、「どんな細胞が現れるのか?」「今、細胞は何をしているのか?」「どんな物質のやり取りが起きているのか?」──そんな疑問の答えを、もし目で“観る”ことができたら、さらに深く理解できると思いませんか?

そのような中、20世紀後半から特殊な顕微鏡やカメラ、さらには蛍光プローブという光る物質を使って、生きている動物や人の体の中で、細胞や分子がどのように動いているのかを撮影する技術が急速に発展しました。

このようにして撮影された映像が展示の動画にも登場します。

特定の遺伝子が発現している細胞をとらえたマウスの受精卵(未来館5階・常設展示「細胞たち研究開発中」内、『はじまりはひとつの細胞から』)

このマウスの受精卵はある特定の遺伝子が発現している細胞、いわゆる体の設計図をもとにタンパク質などをつくっている細胞が緑色に見えるように工夫(遺伝子組み換え)されています。つまり後から着色したものではなく、細胞そのものから緑色蛍光を発しているのです。その仕組みを支えているのは、なんとクラゲやホタルなどの発光生物。(この話もとても面白いので、また別の機会にご紹介します!)

現在では、細胞の中のさまざまな構造(たとえば細胞小器官やタンパク質、DNAなど)を、同時に・カラフルに・リアルタイムで観察することも可能になっています。

「観る」技術の未来―単に観察することから「理解」の時代へ

ライブセルイメージングは、単なる「観察」にとどまりません。技術的な進展に伴い、高度な顕微鏡と解析装置と組み合わせることで、細胞一つひとつの個性を深く読み解くことができるようになっています。近年、急速に発展している人工知能(AI)技術や、シングルセル解析*2やオミクス解析*3といった技術をライブセルイメージングと組み合わる研究も進んでいます(参考文献1, 2, 3)

例えば、AIとライブセルイメージングを組み合わせた技術で細胞の動きや形の変化をリアルタイムに自動認識・解析させ、人の目では気づけなかった微細な変化も見逃さずにとらえることができるような技術が開発されています(参考文献2, 3)

他にもライブセルイメージングを活用して……

◎がん研究:がん細胞が生体内でどのように増えていくのかを観察できる(参考文献4)

◎創薬や個別化医療:薬を投与したとき、体内の細胞にどう効いているのかを追跡し、より効きやすい薬を選ぶことができる(参考文献4)

◎再生医療:iPS細胞がどう成長するのか、長時間にわたって観察することができる。さらには体にiPS細胞を移植した後にどう働くのかを調べることが可能になる(参考文献5)

◎発生生物学:動植物の細胞がどのように分裂や分化し、複雑な形を作っていくかが明らかになる(参考文献6)

このように、細胞が生きている瞬間を観ることができれば「どの細胞が、いつ、何をしているのか?」を時間軸で追うことができます。ライブセルイメージングはもはや「観る」だけの道具ではなく、病気の進行を抑える手がかりや、新しい生命がうまれる過程を理解する手段として、細胞や組織の機能そのものを「理解」する必須のツールとなっています。

*2細胞を一つ一つ単離し、それぞれの細胞で見られる遺伝子発現やタンパク質発現などを解析する手法

*3生体内の様々な分子(遺伝子、RNA、タンパク質、代謝産物など)を網羅的に解析する手法

おわりに―あらためて、科学の研究ではなぜ「観る」ことが大切なの?

今回は、生きた細胞をリアルタイムで観察する「ライブセルイメージング」という技術を中心にご紹介しました。

昔から「百聞は一見にしかず」と言いますが、医療や生物学の研究でも同じです。「観察をする」という行為は、科学の基本でありもっとも力強いツールの1つです。これまでは、検査結果や断片的なデータから「きっとこうなっている」と推測するしかなかった現象も、映像として目で確認できれば、理解の深さや正確さは大きく向上します。ライブセルイメージングは「細胞は生きている」という当たり前の現象を“観る”ことで、私たちの医療や生命科学、そして未来の暮らしを大きく変える可能性がある技術なのです。

ぜひ未来館で展示をみながら、細胞と私たちの未来の可能性を探ってみせんか。

それでは、また次のブログでお会いしましょう!

関連する技術・キーワード:ライブセルイメージング、蛍光顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、蛍光タンパク質、蛍光プローブ、AI画像解析、シングルセル解析、オミクス解析

参考文献:

1.Watson ER, Taherian Fard A, Mar JC. (2022) Computational Methods for Single-Cell Imaging and Omics Data Integration. Front Mol. Biosci., 8:768106. doi: 10.3389/fmolb.2021.768106.

2.Pylvänäinen JW, Gómez-de-Mariscal E, Henriques R, Jacquemet G. (2023) Live-cell imaging in the deep learning era. Curr. Opin. Cell Biol., 85:102271, doi: 10.1016/j.ceb.2023.102271.

3.服部祐季、新たな生体イメージング法やオミクス・AI技術と融合する神経科学研究、実験医学、202442(19)、pp. 29922999doi: 10.18958/7623-00001-0001792-00.

4.Goto T, Nakano M, Danno S, Ueda C, Sakaue-Sawano A, Miyawaki A, Wrabel A, Nakahara I, Nishikata T, Mizoguchi A, Tamura Y, Mizuno K, Kataoka Y, Funabiki K. (2025) Microendoscopy for periodic intravital end-to-end tumor imaging of cancer cells. Cell Rep. Methods, 5(6):101056. doi: 10.1016/j.crmeth.2025.101056.

5.Wang J, Gleeson PA, Fourriere L. (2023) Long-term live cell imaging during differentiation of human iPSC-derived neurons. STAR Protoc., 4(4):102699. doi: 10.1016/j.xpro.2023.102699.

6.森田梨津子、生体イメージングの時空間情報がもたらす幹細胞生物学の新たな洞察、実験医学,202442(19)、pp.29852991doi: 10.18958/7623-00001-0001791-0.

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