みなさまはじめまして。2018年10月より科学コミュニケーターになりました竹腰麻由です。専門は化学です。
ざっくり言うと「光る分子」をつくっていました。
この光る分子をつくっている者にとって、「有機EL」に応用するというのは一つの夢でもあります。
有機EL...きいたことありますか?
最近では、スマートフォンの画面として活用されたりもしています。
実は未来館にも有機ELが...!
しかし、そんな有機ELも実はまだまだ完璧ではありません!
有機ELの魅力を存分に引きだすため、現在も絶賛研究開発中なのです。
今回は、そんな未来の有機ELを語るうえで欠かせない研究者のお一人、九州大学 安達千波矢(あだち ちはや)教授にお会いしてきました!
でもいったい有機ELってなんなんだ?そもそも何がいいんだ...? という方も多いと思います。
安達先生の魅力について十分に語るため、まずは有機ELの基礎を少しご紹介します。しばしお付き合いください。
有機ELのすごいところをざっくりあげてみると...
- 構造が単純である
- 薄くて軽い
- 消費電力を減らせる可能性がある
...つまり、薄型のテレビやスマートフォンにぴったりといったところでしょうか。
さらに、"巻けるテレビ" "曲げることのできる携帯電話" を実現させたのも有機ELディスプレイ。
まさに今、有機ELがわたしたちの暮らしの身近な場所に入り込み、生活を変化させようとしています。
有機ELがもっと気になってきましたか...?
では、なぜ有機ELがこんなにすごい性質をもっているか紹介していきたいと思います。
有機ELって何...?
ところで、現在普及しているテレビやスマートフォンのディスプレイが、どうやって映像を映しているかご存じですか?
テレビやスマホの画面を虫眼鏡で拡大してみると...
小さな区画に区切られており、そのなかにR(赤)G(緑)B(青)の三色が1セットになって並んでいるかと思います。
この光の三原色が混ざり合うことで多彩な色を表現しています。
白を表現したいときは全部の色をONに、黒の場合は、全部の色をOFFにします。
少し話は変わりますが、今使われているディスプレイは「液晶」というタイプが主流です。
ご家庭のテレビやお手持ちのスマートフォンのほとんどはこの液晶タイプでしょう。
液晶とは、電圧をかけると方向が変わる分子のこと。
後ろで光っている白色の光(バックライト)を液晶分子でさえぎり、前方の3色のカラーフィルタに届ける光の量を調節することで色を表現しています。
懐中電灯にフィルムを張ってさまざまな色に見せている感じですかね。
黒を表現するときは、液晶分子ですべての光を遮っています。
一方で注目の有機EL、液晶と大きくちがう点は、自ら発光する分子を使うことです。
光る分子を電極ではさみ、電圧をかけると発光するという仕組みです。
そもそも、有機ELのELとは、エレクトロルミネッセンス (electro-luminescence) の頭文字。日本語でいうと電界発光。
つまり電圧をかけることで光る現象のことを指していたのです。
分子自体が光ることで発色するので、液晶ディスプレイで使っていたバックライトやカラーフィルターは不要になります。
その分、構造は単純になり、軽くて薄くなります。
さらに、液晶ディスプレイでは電源をONにすると常にバックライトがONになります。
真っ黒の画面を表示するときもバックライトは光っています。このため、電力消費量は大きくなります。
一方、有機ELでは色を発色したいときにだけ電圧をかけるので、消費電力を削減できる可能性があります。
だんだんディープな話になってきましたがもう少々お付き合いください。
分子が光るってどういうこと...?
分子を光らせるには、エネルギーを与えて分子を "ハイ"な状態にする必要があります。
そのハイな状態から元の安定な状態に戻るとき、分子から過剰となったエネルギーが光として放出されます。
これが、私たちの目には"光っている"とみえるのです。
では有機ELを光らせるには...?
有機ELでは、電圧をかけることで分子にエネルギーを与えています。
ここで、与えたエネルギーのうち、どのくらいが光るという過程に使われるのか、つまり「効率」が問題となります。
(ここでの効率は厳密には「内部量子効率」といいます)
例えばたくさんのエネルギーを与えたのに、全く光ってくれない分子はディスプレイの材料としては使い物になりません。効率が悪いと暗いディスプレイになってしまいます。
しかし、有機ELという現象がみつかるとすぐに「25%の壁」が研究者の前に立ちはだかりました。
理論上、与えたエネルギーのうち25%つまり4分の1しか発光としてとりだすことができないことが分かったのです。
これは有機ELの原理によるものです。
実は、分子の"ハイ"な状態には2種類あります。
分子をハイな状態にするために電圧をかけると、25%は一重項励起状態に、残りの75%は三重項励起状態に分配されます。
これは物理的な性質によるものなので、変えることはできません。
一重項励起状態からの発光を「蛍光」、三重項励起状態からの発光を「リン光」とよんでいます。
難しい言葉が出てきましたが、2種類あるとだけ覚えていただければ十分です。
最初に有機ELとして使われ始めた分子は、一重項励起状態からの光を用いる「蛍光」材料に限られていたため、加えられたエネルギーの量のうち、理論上最大でも25%しか発光させることができないのです。
この「蛍光」材料のことを「第一世代」の材料とよびます。
一方で、「リン光」材料は、三重項励起状態を使うため、エネルギーのうち残りの75%も発光に生かすことができます。
そのため、効率のよい発光体として期待されました。こちらを「第二世代」の材料と呼んだりします。
あと少し!何とか100%に達したいものです...さてどうしたものか...
ここで、安達千波矢先生の登場です!
安達千波矢先生は何をしている人...?
安達先生は、有機ELにつかわれる「光る分子」の研究を長年されてきました。
光る分子を作っていた私にとって、その分子を使ってさらに有機ELのデバイスまでつくっている安達先生はスターのような存在なのです!
今のように有機ELなんてほとんど知られていなかった約30年前から有機ELの研究に携わっていらっしゃいます。
30年前といえば...家庭用テレビはブラウン管でしたっけ。
世界中の研究者らが材料に工夫をすることで効率100%を目指すなか、安達先生は新しい発光原理を思いつきました。
それが、TADF (Thermally Activated Delayed Fluorescence:熱活性化遅延蛍光) です。
三重項励起状態に分配された75%を、残りの25%の一重項励起状態のほうに移して、合わせて100%にしてしまおう!という方法です。賢い!
問題は、それを達成する分子をどのようにつくるか。
まずは、計算によってTADFが起きやすい分子の設計を割り出しました。
あとは分子をつくって分析するのみ!
約300種類もの分子をつくり、2012年、ほぼ効率100%の分子をみつけだしました! (参考文献:Nature 2012, 492, 234.)
「第三世代」の幕開けです。
しかしこの画期的なTADFにも、色の純度が低く、シャープな色にならない(いろんな成分の色が入ってしまう)などの問題があり、実際に未だ有機ELディスプレイには使われていないというのが現状です。
実は、色の純度という点では第一世代の蛍光材料の方が、TADFよりも優れています。
ディスプレイとして使うならば、より純度の高い色を作り出す必要があります。
最近になって安達先生は、高い効率を維持しつつ、鮮明な色を実現する研究を進め、HyperfluorescenceTMという究極の原理を発見しました。
先ほどの第三世代のTADFと第一世代の蛍光をまぜ合わせることで、TADFで生んだ100%のエネルギーを、より色の純度が高い蛍光材料に移すことに成功しました。
25%の壁を越えられなかった第一世代の「蛍光材料」を、なんとその4倍もの効率で光らせることができたのです。
つまり、ほぼ100%の効率で、かつ純度の高い色をもつ有機EL材料をつくりことに成功したのです!「第四世代」の幕開けです。
この HyperfluorescenceTM は、ますます有機EL市場を盛り上げてくれることと思います。
安達先生は、このような有機ELに用いられる新しい発光材料の開発業績が認められ、「名古屋メダル」という賞を受賞されました。
安達先生の受賞講演をぜひ聞こうと行ってきました!
安達先生が名古屋シルバーメダルを受賞されました!
今年で24回目になる名古屋メダル。毎年、有機化学の分野から約2名の受賞者が選ばれます。
ゴールドメダルは国際的に偉大な業績をあげた化学者へ、シルバーメダルはこの分野において優れた業績をあげ、今後の期待が高い化学者へ送られます。
過去の受賞者には、ノーベル化学賞や、国際的に権威のあるウルフ賞を受賞された著名な先生もいらっしゃいます。
ご講演の中で印象的だった言葉があります。
" OLEDs change your life(有機ELがあなたの生活を変化させる)"
最初にご紹介した曲がるテレビやスマートフォンなんて想像がつかなかった時代から研究が始まった有機ELが、まさに今花開こうとしています。
今後、私たちを驚かせてくれるようなどんなものが生まれるか楽しみですね!
最後に、安達千波矢先生からこのブログ読者の皆さんにメッセージをいただいてきました!
「有機分子は、レゴブロックの様に自由に設計ができて、これまでにない新しい機能を発現することができます。私たちの研究室では、化学と物理の融合によって新しい発光分子を設計して、ほぼ100%の(量子)効率で電気を光に変換することに成功しました。科学技術は自然の本質を理解して、それを技術に変えて、世界を豊かにしていくことだと思います。新しい分子を創って未来を変えてみませんか?」