アンモニア社会へのロードマップ ―― 合成法の次は分解法

皆さんこんにちは!研究者の最新動向をもっと世の中に発信したいと試行錯誤中、科学コミュニケーターの鈴木です!

今年の4月末に、東京大学の西林仁昭(にしばやし よしあき)教授のグループからある画期的な研究が報告されました。あらゆる作物の肥料原料として世界中で利用されているアンモニアを水と空気から常温・常圧で作ることに成功したという研究成果です。現在のアンモニアは400-600度、100-200気圧で工業的に生産されているため、大きな改善です(これがいわゆるハーバー・ボッシュ法です)。

新アンモニア合成法: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190624-00010001-wordleaf-sctch(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

アンモニアは燃やしても二酸化炭素が発生しないことから、次世代に向けたクリーンなエネルギー源もしくは、エネルギーを運ぶエネルギーキャリアとしても注目されています。これがいわゆるアンモニア社会です。(*1補遺1に補足しています)

西林教授のグループによるこの研究成果によって、その実現が大きく近づいたと言えるでしょう。

そして、去る7月23日に西林教授から「今度はアンモニアを分解する新しい方法の研究を発表する」との一報をいただきました。

この2つの研究成果を聞くと、頭がこんがらがってしまいそうです。

「苦労して作ったアンモニアをどうして壊してしまうの?」

「壊すなら作らなくてもいいのでは?」

「まだ用途が見つかってない研究ということ?」

・・・

などなど、いろいろな疑問が一度に浮かんできてしまうのではないでしょうか。

今回は、このアンモニア分解研究の意義やこんがらがってしまいそうなその実態について、未来館科学コミュニケーターを1割くらい動員してお届け致します。

アンモニア分解はどういう研究?

アンモニア合成と分解、いずれも非常に有名なイギリスのネイチャー系雑誌に掲載されています。世界的にとても重要な研究成果であることは確かです。

どの点が重要で、どうしてこんがらがってしまうのかを3つのポイントに整理してみます。

ポイント【1】この研究はどこで必要?

実は、今の社会でアンモニア分解が利用される場面は限られています。つまり、未来の社会を想定した研究なのです。それは、前述のアンモニア社会です。(しかし、未来の工場事故でアンモニアが漏れてしまったときに必要!というわけではありません!)

アンモニア分解は、アンモニアからエネルギーを取り出すときに必要なのです。つまり、アンモニアから電気を作ることをアンモニア分解と言っています。火力発電では化石燃料を燃やして発電しているので、これは化石燃料の分解と言うことができます。

しかし、アンモニアと聞くとまず「におい」が気になりますね。(私はあまり気になりません)未来の社会がくさいというのはあまり嬉しくないです。未来のディレクター、科学コミュニケーター宮田龍(みやた りゅう)がこの点を鋭く突きました。

この研究で利用しているアンモニアは、実はアンモニウム塩、つまりアンモニアとは違う化合物なのでにおわないのです。(*2)さらに、人類はアンモニアを100年扱っており、技術は十分備わっているとのことです。未来でアンモニア臭を回避する方法はたくさんありそうです。

ポイント【2】アンモニアを分解したのは初めて?

実は、アンモニア分解は初めて成功したのではありません。今回の研究は今までとは全く異なる方法でアンモニア分解をできるようにしたのです。

アンモニアを分解して電気を取り出す方法としては、700-900度の温度をかけて直接電気を作る方法や、アンモニアを燃焼させて火力発電のように電気を作る方法が知られていました。いずれも装置は大型のものになります。

一方、西林教授のグループが発見した方法は室温でできます。温度制御が不要であれば小型化ができます。(*3)

図.触媒(左)と反応容器(右)の写真:反応を開始したところ。よく見ると容器の大きさは50 mlです。小さいですね。(写真提供:西林仁昭教授)

これほど簡単にアンモニアを分解し、エネルギーが取り出せればいろいろと使い道がありそうです。様々な科学に手を出そうとしている自然体な科学コミュニケーター三井広大(みつい ひろまさ)がその使い道を掘り下げてくれました。

日頃使い続ける用途だけでなく電力喪失などのリスクを低減する用途を考えているようです。貯める方法がすでにあり、簡単に発電が始まるという点は緊急時の利用にうってつけですね。

ポイント【3】なぜ「分解」?

いまさらですが、アンモニア分解という言い方は少しわかりにくい気がします。(*4)補遺4にも書きましたが、アンモニアの「触媒的酸化反応」や「直接的エネルギー変換」と言い換えてもイメージしにくいかもしれません。要するにアンモニアで電気を作ろうとしているのですが、なぜ「アンモニア発電」と言わないのでしょうか。それは、この研究成果がまだ初期段階だからです。

この方法を使えばアンモニアから電気が取り出せそうだという可能性は見えてきました。しかしまだ発電所や電池を作って実際に発電してはいません。研究者が「できた!」と言うのは十分な証拠をそろえたあとになるのです。

アンモニア研究のこれから

西林教授率いる研究グループはこれからどのようにアンモニア社会を切り開くのでしょうか。今後の研究について特に関心を持ったのは、未来館SDGs・教育問題の担い手、科学コミュニケーター高橋尚也(たかはし なおや)です。

西林教授はアンモニア社会を日本から発信することを目指しています。そうなれば非常に大きなインパクトです。ぜひ達成していただきたいです。

アンモニア社会に向けたアンモニア分解研究、いかがだったでしょうか。今回の研究成果によって、未来の社会でアンモニアが使われる様子が具体的に思い描けるようになったと思います。未来館科学コミュニケーターを総動員(1割)したおかげです。

未来館では研究者をお招きしたイベントを度々行っています。いずれも科学コミュニケーターが、「どのようにすれば皆さんにわかりやすく伝えられるか・未来像を共有できるか」とアイディアをしぼっているので安心して見に来てください。そしてぜひ皆さんの思いや望みを研究者に伝えてください。

日本科学未来館イベント紹介ページ

補遺

(本記事には載せきれなかった詳細)

*1 石油は掘り出せば出てきますが、アンモニアは人間が作り出します。作り出すときのエネルギー源は太陽光などの自然エネルギーを想定しています。そういう意味では、アンモニア社会の究極的なエネルギー源は太陽光です。こうしたエネルギー源に対してアンモニアはエネルギーキャリアなどと表現します。詳細は以下の記事に載せています。

(アンモニア社会について: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180513-00000002-wordleaf-sctch(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。))

*2 アンモニアとは違う化合物なのにアンモニア分解とは、またこんがらがってしまいそうです。アンモニウム塩(NH4-A)とは、アンモニア(NH3)と酸(H-A:Aには共役塩基が入ります)が化合した物質です。アンモニア等価体として研究現場ではよく用いられ、そのまま「アンモニア」として議論することもよくあります。アンモニア分解反応の中で酸が出てくるのは当然なので、塩の中の酸は気にならず、塩はにおわないし固体なので扱いやすいのです。論文中では、アンモニウム塩でもアンモニア水でも反応が進むことをちゃんと確認しています。アンモニウム塩はそのまま植物の肥料としても使われます。

*3 このように簡略化できたのは、西林教授のグループが発見した触媒が溶液になるからです。今までの触媒は溶けない固体でした。こちらは「不均一系触媒」と言います。西林教授のグループの触媒は「均一系触媒」です。アンモニアを分解できる均一系触媒は世界で初めて発見されました。不均一系触媒であれば常に高温で反応し、均一系触媒であれば常に室温で反応するというわけではありませんが、西林教授のグループが新たに均一系の触媒を発見した結果、これまでとは違い室温でも反応することがわかったというわけです。

*4 実は、「アンモニア分解」と書かれていたのは私が西林先生から受け取った第一報だけでした。東京大学のプレスリリースや論文には「触媒的酸化反応」や「直接的エネルギー変換」と表現されていました。いずれも「分解」の言い換えであり、やや専門的ですが詳細のわかる言い方です。

(東京大学プレスリリース:

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/press/setnws_201907251101484135182640.html)(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

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