科学コミュニケーターの山本です。
この度の台風15号で被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。私も10代の頃過ごした地域が大きな被害を受けており、個人的にも心配をしているところです。少しでも早く皆様の状況が落ち着きますように、お祈りしております。
なお、今回ご紹介する動画・放送等のほとんどは、時間差でもご覧いただけます。落ち着いた頃などにお楽しみいただけると幸いです。
イグノーベル賞のシーズンがやってきましたね!
「笑えて、そして考えさせられる」という、たった1つの選考基準で、今年も(たぶん)10組の受賞者が選ばれます。
昨年は、昭和伊南総合病院の堀内 朗 氏が、座って自分に大腸内視鏡検査を実施して得られた教訓に対して「医療教育賞」を受賞しました。自らに実施する際の衝撃の姿を覚えている、という方も多いのではないでしょうか。
日本人の受賞が多いことでも注目されているイグノーベル賞。昨年の堀内氏で12年連続の日本人受賞でしたので、今年も記録が続くのかどうか、気になるという方もきっと多いはず。
ですが、皆さんは、こんな疑問を持たれてはいませんでしょうか。
「本家ノーベル賞とは、険悪な関係になってないの?」
「どうして日本人がそんなに受賞しているの?」
「授賞式で受賞者のスピーチを1分で遮るあの少女は、一体何者?」
9月13日朝(日本時間)に迫る授賞式を待ちながら、そんな疑問を解きほぐしていきたいと思います(果たしてそれにどれだけ需要があるのか、自信がないまま進めます)。
実は昨年、イグノーベル賞の仕掛け人であるMarc Abrahams氏が、未来館に来てくれたのです。
せっかくなので、ご本人に、ニコニコ生放送の視聴者さんと一緒に疑問をぶつけてみました。この記事では、その中からいくつかピックアップしてまとめています。授賞式の予習に(見終わったあとの疑問解消にも)、読んでいただけると嬉しいです。
なお、以下のまとめは山本による要約です。実際のやり取りは、ニコニコ生放送で(無料&エクセレントな通訳付きで)公開されています(https://live.nicovideo.jp/watch/lv315221697) ので、Marc氏ご本人のウィットに富んだスマートな語り口もぜひご覧ください(2時間くらいあります)。
それでは行ってみましょう。
最初に、気になる本家、ノーベル賞との関係から。
Q.
本家のノーベル財団から怒られませんでしたか? 何か言われたことは?
A.
怒られたことはありません。最初の頃から、ノーベル財団を混乱させないように気を使ってきました。イグノーベル賞の存在によって、ノーベル賞は何倍も輝いています。
やはり本家に対してはかなり気を使われているようです。怒られていないなら良かった。みんなで安心して笑えますね。
続いて、どのように受賞者を選んでいるのかについてです。
Q.
10組だけの受賞者を決めるのは、大変なのでは?
A.
毎年、10,000を超える推薦があります。過去の候補も選考の対象にしているので、そこから10の業績だけを選ぶのは本当に大変です。
Q.
2018年は、いつもはある「物理学賞」がなかったのはどうしてですか?
A.
イグノーベル賞では、まず受賞者を決め、それからどのカテゴリかを決めるからです。
時々、カテゴリを決めるのが本当に大変な業績もあります。例えば、7年かけてグリズリー対策の甲冑を開発・試験したTroy Hurtubise氏の業績に対してようやく考え出したカテゴリは、"Safety Engineering Prize(安全工学賞)"でした。
膨大な候補の中から選んでいるとのこと、いかにも大変そうです。実際に誰が選んでいるのかは謎ですが、少なくともMarc氏は「大変」と言いながらも「楽しい仕事」とも言っていました。
安全工学賞の他にも、北海道大学の中垣俊之氏らが2010年に受賞した"Transportation Planning Prize(交通計画賞?)"なども、無理矢理感がありますね。中垣氏らは、粘菌の研究で2回もイグノーベル賞を受賞しています。
「粘菌で交通・・・?」と疑問を感じたら、石田の解説ブログ(https://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20161028post-707.html) (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)も読んでみてください。
ちなみに、候補の推薦は、誰でもできます。気になる研究成果があるという方は、イグノーベル賞を主催する科学雑誌、Annals of Improbable Researchの募集ページ(https://improbable.com/ig/miscellaneous/nominate.html)まで。自分で自分の推薦もできますよ。
カテゴリと言えば、こんな疑問もぶつけてみました。
Q.
社会問題を皮肉るような賞があるのはなぜですか?(視聴者からの質問)
(註:これまでに、圧政を敷いた政治家や、粉飾決済をした企業、世界の終わりの日を外した予言者なども受賞しています)
A.
解釈はそれぞれの自由です。皮肉、風刺と感じる人もいれば、中立な意見と感じる人もいるはずです。受け取り手に自由に判断してほしいと思っています。
解釈の仕方は人それぞれ、ということでお願いします。
続いて、気になる日本の受賞者についての疑問を2つ。
Q.
なぜこんなに多くの日本人が受賞しているのでしょうか?
A.
日本は、人口に対するイグノーベル賞の輩出者が世界一多い国です。英国も同様に、多くの受賞者を輩出しています。
変わった人が近所にいると、「その人を生み出したのは私たちだ!」と喜ぶ風土が、日本と英国にあるからだと思います。
Q.
日本の社会は、「他の人と同じことをやりなさい」という圧力も強いと思うのですが。
A.
その答えは、文学が教えてくれます。素晴らしい文学は、2つの対極するもののアツレキの中で生まれるのです。
確かに、才能のムダ遣いとも言えるような力作や研究、その作者を愛する風潮はある気がします。そんな気風を、巧く楽しく活かしていきたいですね。
それにしてもなんでしょうか、この説得力。あ、Marc氏はアメリカ人です。
Q.
2018年の堀内氏の(大腸内視鏡の)受賞理由を教えてください。
A.
堀内先生の業績を聞いた時、笑いませんでしたか? 長くそのことを考えさせられませんでしたか?
大腸内視鏡を日々使われる医師は、皆さん真面目な方です。そんな彼らに堀内先生の話をすると「知っているよ!」と大興奮します。大腸内視鏡を受ける際には、お医者さんに堀内氏を知っているか、聞いてみてください。
Q.
なぜ堀内氏は、「医学賞」ではなく「医学教育賞」なのでしょうか?
A.
堀内氏の業績は、他の医師も知らなかったことをして、彼らを啓発したことにあるからです。
日本は大腸内視鏡検査を受ける人が少なく、大腸がんの早期発見・治療が進んでいないそうですね。検査が怖くないということを広く伝えたくて試行錯誤をした結果、おもしろいことになったという、笑いと真面目が共存している業績です。
Q.
2018年のJohn Barry氏, Bruce Blank氏、Michel Boileau氏に対する「生殖医学賞」の受賞国に、「Japan」が含まれているのはなぜですか?
(註: 寝る前に男性器に切手を巻き付け、朝にちぎれているかで就寝中の"機能"を検査するという手法の開発は、"USA, JAPAN, SAUDI ARABIA, EGYPT, INDIA, BANGLADESH"の研究業績とされています)
A.
Barry氏が、日本でもキャリアを積んでいるからです。日本の皆さんにも、お祝いを言わせてください。
切手を巻く方法は、今や世界で広く使われているのだそうです。そんな研究者が日本でも経験を積んでいたというのは、とても誇らしいですね?
最後に、イグノーベル賞の特徴のひとつ、授賞式について3つ。
Q.
授賞式に登場する少女、ミス・スウィーティープーは、どんな存在でしょうか?
A.
何年も、授賞式で受賞者のスピーチが伸びるのを、全く防げずにいました。その対策として採用されたのが、持ち時間の1分を過ぎると「もうやめて。もう飽きちゃった。」と言い続ける可愛い8歳の女の子、ミス・スウィーティープーです。
彼女が初めて登場した年には、それまでより1時間も短く授賞式が終わりました。
Q.
歴代のミス・スウィーティープーの中に、科学者になった人はいますか?(視聴者からの質問)
A.
初代は、看護師になっています。まだ学生の方も多いです。
Q.
授賞者に贈るトロフィーは、誰が作っていますか?
A.
20年間、ずっとボストン科学博物館のEric Workman氏が作っています。チープな素材で作るというルールで作っています。賢くいろんなものを作る人です。授賞式でデモをやっているので、壇上の彼を見てみてください。
いかがでしたでしょうか。
謎が解消した方も、謎が一層深まった方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、「笑い、そして考えさせられる」業績を、みんなで楽しんで味わうための一助にはなるのではないでしょうか。
イグノーベルの受賞研究をまずは笑って、そのあとじっくり考えてみてください。科学にも、常に正解があるとは限りません。Marc氏の言葉にもあったように、解釈は皆さんの自由です。
ただし、考え事をしながらニヤリと笑う姿を目撃されないようにだけ、注意してください。
受賞者が発表される授賞式は、日本時間の9月13日金曜日朝7時に始まります(開場は6:30)。ニコニコ生放送で、通訳に加えて、運営コメント(字幕)の解説付きで生中継されますので、皆さん早起きしてご覧ください。
イグノーベル賞2019 授賞式 生中継<日本語同時通訳>
https://live2.nicovideo.jp/watch/lv321880806
残念ながら見られないという方は、タイムシフト予約(後からでも確実に見られるように予約できる仕組み)をぜひ! 運営コメントには、科学コミュニケーターの田中も運営コメントで参加予定ですよ。