2025年3月29日に、JAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)と日本科学未来館との共催イベント「海氷を割る! 地球の新たなフロンティアへ ~北極域研究船「みらいⅡ」ってなんだ?!」を開催しました。
実はこの「みらいⅡ」、2025年3月に大事な節目をむかえたんです。もしかしたら皆さんも、ニュースやインターネットの記事などで「みらいⅡ」を見かけた方もいるかもしれませんね。
でも、そもそも、「みらいⅡ」ってどんな船なのでしょうか?
そもそも、「みらいⅡ」って?
「みらいⅡ」とは、JAMSTEC を中心に建造が進められている北極域研究船です。大きな特徴の1つは、日本で初めて氷を砕いて航行できる能力(砕氷能力)をもつ研究船であることです。
ちなみに海氷が浮かぶ北極域は、「地球温暖化のフロンティア」 とも呼ばれるほどに、温暖化が進んでいる地域。北極海の海氷域を含む広い海域で、大気・気象・海洋といった幅広い調査観測が可能であることから、「みらいⅡ」は地球温暖化予測にも大きく貢献する船としても期待されているんです。
そんな建造途中の「みらいⅡ」の魅力を、未来館のイベントでみなさんにお伝えしようと、私は3月19日に神奈川県・磯子の造船所で行われた 「みらいⅡ」 の命名・進水式に足を運びました。JAMSTECで新しい船が建造されるのは、およそ10年ぶりとのこと。今回は、その北極域研究船「みらいⅡ」 の命名・進水式の様子をご紹介します。
船の誕生を祝う進水式。いざ、会場へ!
まず進水式とは、船を初めて海に浮かばせる式のことで、 その日は「船の誕生日」 と言われることもあります。人も、赤ちゃんが生まれると誕生を祝って名前をつけますよね。だから、船も進水式と一緒に命名式も行われます。船の誕生を皆で祝う儀式、というわけです。
北極域研究船「みらいⅡ」の命名・進水式は、ジャパン マリンユナイテッド株式会社(JMU)磯子工場で行われました。その日の午前中、関東西部では、雪がちらつくことも。翌日が春分の日とはいえ、まだ冬のひんやりとした空気は少しだけ北極域を思わせる「みらいⅡ」日和……だったかもしれません。
式が始まる前、30人ほどの報道関係者とともに、私も 「みらいⅡ」 が待つ建造ドックにバスで向かいました。JMU磯子工場の敷地は、想像以上に非常に広い! 横幅が300メートルほどもある大きな建物や、係留している他の船、そして 「みらいⅡ」 がいずれ乗り出す大海原につながる湾を横目に、初めて 「みらいⅡ」 とご対面です!

これまで私も、未来館でのイベントを準備する際に「みらいⅡ」のCG画像は何度も見ていたのですが、この日、自分の目の前に本物が存在していることに少し不思議な感覚を覚えました。やはり砕氷船らしくずんぐりした船体です。船首部には紅白幕が張られ、大きなくす玉も飾られています。途中、船上で作業をしている方が見えたのですが、人の幅はだいたい紅白幕の一色分の幅くらいにあたります。「みらいⅡ」 の大きさを感じていただけるでしょうか。
一般的に、進水の仕方は主に2種類、 「船台方式」 と 「ドック方式」 があります。前者は傾斜した船台から船を滑らせて海に浮かべる方法。後者は大きなプール(プールといっても長さ数百メートル以上!)のようなドックの中で船を建造し、ドックに水を注いで船を浮かび上がらせる方法です。今回は、後者の 「ドック方式」 がとられました。
私がドックに到着したときには、すでに注水されていて、水深はおよそ6.5メートル。みらいⅡの喫水 (船体が沈む深さ) は8メートルとのことですから、いずれ水面下に沈む船体下部の鮮やかな赤い部分も、今回はじっくりと見ることができました。
そしていつの間にか 「みらいⅡ」 に魅了されているうち、それまでの冷たい風もやみ、穏やかな青空が広がっていました。
単なる乗り物ではない! 私が感じた進水式の意味
さてここからが本番、命名・進水式です。
この式には、これまで建造に携わっていた方々のほかに、報道記者や、国会議員、そして皇族の愛子内親王殿下もいらっしゃっていました。
まずは、 「みらいⅡ」 の命名式。凛とした雰囲気のなか、一般公募の結果を参考に決定された「みらいⅡ」 という船名が、ファンファーレとともに船体に書かれた文字として現れました。
ふだん私たちは電車やバスなど多くの乗り物を使っていますが、一つ一つの乗り物に名前がついていることはあまりないですよね。船舶ごとにつけられるIMO番号とは別に名前をつけるというのは、みらいⅡが北極域への挑戦のための“単なる乗り物“ではなく、研究者や乗組員、その研究成果を還元する社会にとっての大切な “パートナー” であることを意味しているように感じました。

続いては、いよいよ 「みらいⅡ」の支綱切断です。
愛子内親王殿下が支綱を切断された瞬間、くす玉が割れ、紙吹雪や風船などが舞い、花火が打ち上げられました。色とりどりのテープが虹を描くように放たれたあと船を飾るように風になびく様子は、大海を力強く進む航海の姿を連想させました。



こうして15分ほどの命名・進水式は、華やかに幕を閉じました。
この半年間ほど、「みらいⅡ」 の建造の様子に注目していた私としては、命名・進水式全体を通じて、様々な思いをめぐらせる時間となりました。
想像をふくらませて、科学の世界をのぞいてみよう!
予想以上の華やかな進水式。そのなかで、私がふと気になり、考えさせられた光景は実はこの部分です。

これは、注水された建造ドックの端の様子です。沈んでいる階段が見えるでしょうか。先にお話したように、 「みらいⅡ」 はこの建造ドック内で、ブロックの組み立てや搭載などの建造が進められてきました。画像の沈んでいる階段は、そのときに作業員の方が、ドックの底(渠底)と行き来するために使われていたものだそうです。
そして今、建造ドックには水が張られ、船底は水面下に沈んでいます。「みらいⅡ」の船底には、船首部で砕いた氷片を船の外側へ流し、船体との干渉を減らす “排氷促進型” をはじめとする多くの工夫が施されています。3月29日に未来館で開催した「みらいⅡ」のイベントでも、北極域研究船推進部の方から「水に沈んでいる部分ほど多くの工夫がある」 とお話しいただきました。
今回命名・進水式の場に入ったことで、将来の「みらいⅡ」の観測の背後には、そんな建造の名残や船底といった、今では水面下に沈んでもう見えにくい部分にも様々な努力や技術が詰まっていることを、改めて感じました。
科学コミュニケーターとして働く私が、さまざまな科学と向き合うときにいつも意識しているのは、今自分の目に映るものを入り口に 「時間的・空間的な壁を超えて、想像をふくらませてみる」 ということです。過去や未来、今見えていない部分にまで想像を広げたときに自分の中から生まれる疑問や好奇心、感情の動きは、自分と科学のつながりを深めてくれるものだと思っています。そして「みらいⅡ」を入口に、目の前の船体に施された多様な工夫が機能しながら、これまで未知だった北極域の謎に迫っていく様子を想像することで、日本から5,000km離れた北極という新たなフロンティアにもより親しみをもてるようになるかもしれません。
命名・進水式を終えた 「みらいⅡ」 は、今後、観測機器の搭載といった船の内装工事(艤装)が進められ、いよいよ大海原への出航に向けた準備も本格化していきます。これからも日本科学未来館から、「みらいⅡ」 を応援しています!