10月に入りいよいよ、今年のノーベル賞発表の時が近づいてまいりました!
未来館ノーベル賞チームも、10月7日からの発表に向けて盛り上がりをみせております。
こちらのブログでも既に、生理学・医学チームから蚊に関するお話、物理学チームからは宇宙を見る窓のお話をしてきました。
続いて化学賞チームからは、ノーベル化学賞とも関係が深い「化学反応」についてたっぷりお伝えします!
化学反応ってモノづくりなんだ。
みなさん、「化学」「反応」ときいて何を思い浮かべるでしょうか...?
『 理科室、白衣、ビーカー、三角フラスコ、‥‥ 』 こんな道具を使って、実験しませんでしたか?
『 スチールウールの燃焼、リトマス紙、炎色反応、‥‥ 』 色や状態の変化を思い浮かべた人は上級者?!
ここでは、化学反応とは 世の中に存在するあらゆるモノをつくるための方法 と紹介しておきましょう。
化学反応の発展によって、これまで世の中になかったモノをつくったり、簡単につくれるようになったり、安くつくれるようになりました。
そう、化学反応って「モノづくり」なのです。
化学反応って意外と身近じゃん。
では、その "モノ" とは具体的にどんなものなのでしょうか。ほぼ、私たちの身の回りにあるすべてのものですが、生活の向上が実感できる例としては......
例えば、くすり!
例えば、農薬!
例えば、ディスプレイ!
実は上の図で挙げた例はすべて化学反応の中でも「クロスカップリング反応」という反応が発見・開発されたおかげで生まれたものなのです。
その他にもた~くさんのモノづくりを可能にしたこのクロスカップリング反応は、世の中を大きく変えたといえそうです。
ということで、今回は、このクロスカップリング反応に注目して、その研究の "今" に迫っていきます!
2010年ノーベル化学賞
クロスカップリングって、聞いたことがあるぞ?という方もいるかもしれません。今から9年前の2010年、ノーベル化学賞を受賞した研究テーマとして、テレビなどで大きく報道されました。
そのクロスカップリング反応発見の功績を称えられてノーベル賞を受賞されたのが、リチャード・F・ヘック博士、根岸 英一博士、鈴木 章博士です。
なにやらすごそうな、クロスカップリング反応とは一体なんなのか...
簡単にいってしまえば、全く違う2つの材料 をつなぎ合わせる反応 です。
もう少し難しくいうと、「炭素骨格」が異なる2つの「分子」をつなげる反応 です。
「骨格」という言葉からもわかるように、大まかな形のことだと思ってください。形が大きく違えば、性質も変わります。クロスカップリングは性質の違う2つの材料から、新しい分子をつくるお話です。炭素が何者なのか、そのお話はあとでのお楽しみ。
クロスカップリング反応ってなーに?
「クロスカップリング反応の "今" 」をご紹介するために、ざっくりと反応のしくみをご説明します。
それでは、登場人物のみなさんにでてきていただきましょう!
今回の主役となる分子のお二人(仮に六ちゃんと、五郎さんとしましょう)、そしてキューピットです! (パチパチパチ...!)
今から、この六ちゃん・五郎さんカップルが成立するまでのお話をします。
分子たちをよくみてみると、それぞれにリボンや帽子などのアクセサリーがついていますね。このアクセサリーが、分子の性格を決めるひとつとなっています。
そのひとが身につけているものによって、「あ、このひとはこんな趣味なんだな。こんな性格なのかな」ってなんとなく予想したりしますよね。
ただし!放っておいただけでは、ふたりは勝手にくっつきません。
そこにキューピットがいることにより、くっつきやすくなるのです。
そして、条件がうまく適合すると、カップリング成功!となるわけです。
このキューピット、ひとつのカップルを成立させた後、また別のカップルをくっつけにでかけます。
さて、もう少し詳しく説明してみましょう。分子たちが身についていたアクセサリーのことを化学的には 官能基 といったりします。ここでは 「タグ」とよびます。
また、キューピットのことを化学的には「触媒」といい、分子どうしがくっつくのを手助けする役割を担っています。この触媒自身は、分子がくっつく過程の前後で変化せず、何度も繰り返しはたらきます。
先ほどの六ちゃんと五郎さん、そしてくっついたカップル、実際にはこんな形をしています。
クロスカップリングで、赤色の部分をくっつけました。
これはクロスカップリングによってできるものの一例で、実際には分子1、分子2を変えることで、数えきれないほどの種類の分子3を作ることができます。
クロスカップリングの登場で、これまで作れないものを作ることができるようになったのです。
ここで、少し考えてみましょう。もしくっつけたい分子があったとき、そもそも趣味の合いそうなタグがなかったら?キューピットも、少し強引なお見合いコンサルタントの方が良いかもしれません。
実は、2010年にノーベル化学賞を受賞したクロスカップリング反応が、どんな分子もつくることのできる究極の反応だ!というわけではなく、まだまだ広げるべき可能性が残っているのです。
まだまだすごいぞ、クロスカップリング反応
それでは、そんなクロスカップリング反応の開発の "今" をお届けしちゃいます。
クロスカップリング反応の発見ののち、どのように反応の開発が進んでいるのか?
その過程は大きく3つに分けられます。
① 反応機構の解明
② タグの開発
③ 触媒の開発
順番にみていきましょう。
① 反応機構の解明
仲のよい分子たちと、キューピットがいて、条件がそろえばくっつくことはわかりました。
でもこれは、いわばドラマの第1話と最終話だけをみたようなもの。
途中のお話をみないと、どういう生い立ちで、どんな性格の2人がどういう経緯でカップルになったのかがわかりませんよね?
クロスカップリング反応が発見されたのち、この、分子がくっつくまでの経緯、つまり反応の過程を調べる研究が行われてきました。
反応の過程が分かれば、次に少し性質のちがう分子をくっつけたいと思ったときにも、どこを工夫すればよいのか、論理的に考えていくことができます。
反応を設計することが可能になるのです。
② タグの開発
実は、分子にアクセサリーをつけるのにも手間がかかります。デートのためのおめかしをするにも、時間がかかるのです。
また、そもそもアクセサリーがつかない分子もあります。
つまり、反応させたい分子にタグをつけるには、何度か事前の反応が必要になってきます。
タグをつける工程にコストがかかれば、いくら新しくて良いものがつくれても、実用化への道は険しくなります。
そこで例えば、多くの分子にもとからついている官能基(汎用官能基といったりします)をタグとして使ったり、タグをつけなくても反応できたりするように(C-Hクロスカップリング)、といった開発が行われています。
③ 触媒の開発
触媒の開発には大きく二つの方法があります。
1.触媒に使う金属を検討する
実は、キューピットにもいろんな性格のキューピットがいます。
でも、せっかくなら、手数料の安いコンサルタントにお願いしたいですよね?
例えば、今回ご紹介したノーベル化学賞の受賞者らは触媒にパラジウム Pd という金属を使っていましたが、パラジウムよりも比較的安い金属として、ニッケル Ni や鉄 Fe などが知られています。
高価な触媒よりも安いものの方が、気軽に反応実験を試すことができますよね?
しかし、いくら安くても全然効かないものでは触媒には使えません。
そこで次のような工夫がされていきます。
2.金属の上の配位子を開発する
実は、キューピットもおめかししているんです。
どんな飾りでおめかしいているかによってキューピット自身の性質も少しずつ変わっていきます。
この飾りのこと、化学的には 配位子 といい、触媒に使われる金属の周りについています。
これまで使えないとされてきた金属でも、この配位子を変えることによって、よい触媒としてはたらくようになったりします。
研究者たちはどんな飾りをつけたらより反応を効率的に進ませてくれるのか、試行錯誤しているのです。
④ おまけ
実は、上で述べたような試行錯誤、人間より機械に考えさせほうが得意なのでは?という考えが最近生まれています。
現実は、まだ人間が予測できる程度しか機械でも行うことはできない...ということですが、機械学習は今後、研究スタイルをどのように変化させていくのでしょうか。
そんな興味深い「化学反応×機械学習」のお話も近いうちにできたらいいな...と考えています。
今回ご紹介した"今"の研究は、「クロスカップリング反応をより幅広い分子に対してつかっていこう 」という目標に向かって、現在も盛んに研究されています。
クロスカップリング反応は、まだまだ進化し続けているのです!
こういった研究が進むことにより、今までに作ることのできなかった分子がつくれるようになるだけでなく、分子をつくる効率もよくなっていくのです。
モノづくりの主人公、分子、そして炭素
あなたが普段何気なく使っているモノの裏には、それを作るために、考えたり実験をしたりした作り手がいます。こんな壮大なストーリーがあったなんて...
思いもよりませんよね。
ふと、周りを見渡してみてください。どんなものがありますか?
『携帯電話、ペットボトル、本、ハンカチ、メガネ、りんご、自分の手、‥‥』
これらは全て、先ほどお話した「分子」からできているんです。
分子って偉大ですね。
さらに、この分子をつくる材料となっているのが、
炭素 C、水素 H、酸素 O、窒素 N、硫黄 S、ナトリウム Na、カリウム K、リン P、ホウ素 B、...などの「原子」です。
なかでも、その材料の中心となっているのが 炭素 C。
実は先ほどご紹介した分子たちにも、炭素が多く含まれていました。
もともと炭素を主な骨格としてもつ分子(有機化合物といったりします)は生物が作り出す物質として知られてきましたが、私たち人間は化学反応を用いてこの有機化合物を人工的に合成することによって様々なモノを生み出し、社会を発展させてきました。
ここまでのお話ではっきりとは書いてきませんでしたが、今回ご紹介したクロスカップリング反応というのは、有機化合物をつくる際、異なる分子の 炭素と炭素をつなげる反応 として非常に重要な反応のひとつだったのです。
分子の組み合わせの自由度を広げたクロスカップリング反応によって、多くの種類の有機化合物が生み出されました。
そして、新たに合成できるようになった有機化合物の機能を利用して、液晶ディスプレイや多くの医薬品など私たちの暮らしを豊かにするモノが誕生しました。
そんな果てしない可能性を秘めている反応の開発が、現在もこの地球のどこかで起こっている...そう考えるとなんだかワクワクしますよね!
隠れたストーリー(編集後記)
分子を扱っている研究者たちは、ひとつ試してはうまくいかず、次は別のパラメータを変えて...なんていうふうに、途方もない開発を日々続けているのです。
もちろん、ぜんぜんくっついてくれない分子たちをみて、心が折れることもあるでしょう。
大学時代、化学を研究していた私もそのひとりでした。
さらに、欲しい分子がつくれたとして、その発見が私たちの身近なものに応用されるまで、どのくらいの月日がかかるか、それには途方もない努力や時間がかかることでしょう。
でもその労力なしには今の私たちの、そして未来の生活はないのかもしれません。
そんな化学の魅力、私は いろんな分野とつながっている ことだと思います。
例えば、今回のクロスカップリング反応を使って、自分のつくりたい分子がつくれたとします。それをどんなところに生かそうか、もしそれが光る分子であれば、体内で光らせることで病気の場所を知らせるプローブというものに使えたり、有機ELに使われるような発光する材料に使えたりするかもしれません。
例えば医療や電子機器など、いろんな分野に貢献している、つまり、巡り巡って私たちの生活のいろんなところに潜んでいるのが "化学" なんじゃないかな、と思っています。
(だからこそ、ノーベル化学賞は受賞者の予想や、受賞後のリサーチが難しい分野でもあります...!)
今年のノーベル化学賞の発表は10月9日(水)!
もうまもなく発表されるノーベル化学賞をきっかけに、そんな身近な生活に隠されたストーリーに思いを馳せてみてはいかがでしょう。
◎ 本記事を執筆するにあたり、早稲田大学理工学術院 山口潤一郎 教授にお話を伺いました。ここには書ききれないワクワクするお話をたくさん聞かせてくださりありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。