ほったらかしで健康になる? ~体内ナノマシンによる医療革命~【後編】

体内に極微小の「ナノマシン」を送り込み、病気を発見!さらにその治療まで行ってくれる新コンセプトの医療技術「体内病院」。SF映画の世界で描かれたことを東京大学特任准教授の安楽泰孝氏は現実のものにしようと研究を進めています。
ほったらかしで健康になる? ~体内ナノマシンによる医療革命~【前編】(リンクは削除されました)では、安楽氏が研究を進める体内病院の研究について紹介しました。ブログ後編では、2018年12月9日に安楽氏をお招きして行ったトークセッション「ほったらかしで健康になる?~体内ナノマシンによる医療革命~」の内容を報告します。(イベントでは参加者が考えたことをふせんに書いて共有しました。)

■ナノマシンってどんなもの? (前編の内容のおさらい)

ナノサイズの人工物一般を指す言葉として「ナノマシン」という用語は使われていますが、ここでは、治療や健康維持を目的として体内に送り込むものをナノマシンと呼ぶことにします。必要な場所に、必要な量の薬を運ぶことを目的に作られた船です。この船は血流に乗って移動することで全身をめぐることができます。大きさは米粒の約10万分の1。毛細血管の細い部分と比べても100分の1以下のサイズのため、血管を詰まらせずに体のすみずみをパトロールできます。人体にいれることを目的に開発された材料を水中で混ぜ合わせてつくります。

■体内病院が実現した先の未来

安楽氏が思い描く「体内病院」という医療技術は、たとえばこんなイメージです。ナノマシンが体内を巡回して疾患の患部を見つけ出し、その場所で搭載した薬を放出! 病気を見つけるところから治療まで、体内をパトロールするナノマシンがやってくれるわけです。安楽氏はこの「体内病院」の実現を目指して、研究を進めています。
現在の医療システムでは、症状が出て、本人が調子の悪さを自覚してから病院に行きます。それから診断を受け、医師の選んだ治療を受けるという手順を踏みます。体内病院ではこの機能をナノマシンに集約します。

この体内病院の構想は、2045年の実現を目指しています。安楽氏ら研究者、製薬企業、医者など様々な立場の人が、ナノ医療イノベーションセンター (略称、iCONM)を拠点に研究開発を進めています。

イベントではこの体内病院の技術の未来について安楽氏から語って頂きました。その後、20xx年に体内病院が実現した未来を描き、参加者がどう感じたかを共有しました。
イベントで体内病院の技術で実現できることは、次のように設定しました。体内を循環するナノマシンが疾患を見つけ出し、患部の状態に合わせた適切な薬を放出して治療します。さらに、ナノマシンが調べた体内状態は、腕時計型の装置やパソコンなどから、常に知ることができるようになります (下図)。

この未来では、ナノマシンが疾患をごく初期の段階で見つけて治療することで、症状が進んで重い疾患になる人が減ると設定しました。それにより医療費を含む社会保障費が現在と比べて減り、私達が負担する社会保険料も減ると設定しました (下図)。

それでは、この未来での私たちの生活はどうなるのでしょうか?
イベントでは、体内病院が実現し、社会に浸透していく過程で起こり得る未来3つ (未来像①~③)を科学コミュニケーターから紹介しました。参加者には、それぞれの未来像を聞いて感じたことをふせんに書いてもらい、会場で共有しながら進めていきました。
ここから先は、イベントで話された未来像を紹介した後、それに対して参加者から頂いた意見を紹介していきます。

未来像①

社会保険費が減ることから、国がナノマシンの使用を推進する未来です。使用にかかるお金は、大部分を医療保険で国が負担してくれます。こんな未来が来たとき、みなさんはどう感じますか?

■会場から出た意見 (一部を紹介)

ナノマシンを使用することで得られるメリットを重視する人がいる一方で、ナノマシンを異物として捉え、それを体内に入れることへの抵抗感が強い人もいるようです
さらに、病院で働いていたお医者さんの職がなくなったり、個人を管理するために使うような組織が現れることを心配する声もありました。この技術によって起こる可能性がある社会の変化を心配する意見と言えるでしょう。

未来像②

ナノマシンを使用した人は医療費が減ることから、民間保険に入るときの保険料が安くなる未来です。ナノマシンを使用するとお金の面でもメリットがある。こんな未来が来たときにみなさんはどう感じますか?

■会場から出た意見 (一部を紹介)

自分の保険料が安くなるなら使いたいという意見や、社会全体でかかる金額が下がるならば使うべきという意見が出ています。一方で、使用しない選択をした人に対して平等でないという意見も出ています。さらに、自分で使用するかしないかの判断ができない場合や、何らかの理由でナノマシンを体内に入れることができない人などに配慮してもらえるのか?という意見も出ています。
やはり保険料が安くなる、という利点は魅力的なようです。一方でナノマシンを使わない選択をした人にとっては生きづらい社会になるかもしれないという懸念や、使用の選択を自分自身で行うことが難しい方はどうするのか、という懸念も出ています。

未来像③

ナノマシンが、病気に対してだけでなく認知機能などの能力向上などに使われるようになる未来です。この使い方は保険対象外と設定していますが、個人の判断でナノマシンを使った人の能力が向上する。こんな未来が来たとき、みなさんはどう感じますか?

■会場から出た意見 (一部を紹介)

回復力を上げるという使用方法なら良いという意見や、個性を引き立たせつつ苦手な部分はナノマシンで補っていけば良いという意見。スマホのように最後は普及するならば積極的に使っていく方が良いのではないか、という肯定的な意見が出ています。一方で、できないことがあることも含めて個性なので能力向上にナノマシンを使うべきではないという意見や、ナノマシンを使う経済的な余裕がある人だけが能力も向上した場合に、さらに格差が広がってしまうのではないか、という否定的な意見も出ています。

また、人によって「個性」の捉え方も違いそうです。(人と比べて)得意な部分が個性と考える人もいれば、苦手な部分を含めて個性と考える人もいるようです。この捉え方の違いによって、ナノマシンを能力向上に使うべきか、そうでないかの立場に差が出てきています。

以上3つの未来について、参加者から計90枚のふせんを頂きました。
ふせんに込められた意見を紐解いていくと、この技術に対する期待や抵抗感、それぞれの人の立場や考え方、さらには当たり前と考えていることの違いが見えてきました。そしてその違いによって体内病院という科学技術とどう付き合いたいか、が異なることが見えてきました。今回設定した未来は起こり得ることの一例であり、安楽氏らが進める研究開発次第でそれを変えることも可能なはずです。

安楽氏は、望ましい生活や社会の在り方を一般の方と語り合い、自身の研究に活かしていきたいという想いを持ってイベントに登壇してくれました。今回、出てきた意見がどのように安楽氏の研究に活かされていくのか。また、安楽氏の研究がどのように私たちの生活に入ってくるのか。私もイベントの参加者の一人として今後の研究の進展を楽しみに見届けたいと思います。

今回のイベントをきっかけに、安楽氏が所属するナノ医療イノベーションセンター全体で広く体内病院に関する意見を聞きたいという要望を受けました。未来館5階にある常設展示「オピニオンバンク」 で体内病院について皆さんからの意見を募集しています(2019年11月ごろまでの運用を考えています)。

また、2019年11月2日 (土)12:30-13:30、15:00-16:00にナノ医療イノベーションセンターと連携したトークイベントを行います。こちらも是非ご参加ください。

【参考】
・ほったらかしで健康になる? ~体内ナノマシンによる医療革命~【前編】
https://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20190214nanomachine.html

・ナノ医療イノベーションセンター (略称、iCONM) HP
https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/index.html

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