2018年9月9日にCSF(Classical Swine Fever : 豚熱、豚コレラ)が国内発生してから約1年半が経った。養豚場で飼育されている豚へのワクチン接種の効果により、接種地域では直接的なCSF被害はある程度収まってきている。一方で、今年1月に沖縄県の養豚場でCSFが発生するなど事態は終息していない。国内のCSFウイルスを根絶しない限り、いつどこで再発するかわからないのが現状だ。このような状況の中、2月末に開催された農林水産省の対策検討会では、希望が持てる報告があった。ここでは、その報告を中心にCSFの現状と今後を見ていきたい。
CSFウイルスの根絶に向けた対策には長い年月と多大な労力が必要となる。その一つが野生イノシシ対策だ。イノシシがウイルスに感染したまま移動することが、感染地域の拡大の大きな原因となっている。ただし、野生イノシシの生態についてはわかっていないことも多いため、対策は容易ではない。
そのような背景の中、農水省、防衛省、各自治体、猟友会や隊友会など猟を行っている皆様によって、野生イノシシに潜むCSFウイルスの根絶に向けた具体的な対策がすでに始まっている。そして、いくつかの対策では効果が出始めた。ウイルス根絶への長い道のりは始まったばかりではあるが、光明が見えてきている。行政と現場の連携による努力の結晶ともいえるこうした対策を知ることは、私たちの食卓がどのような取り組みによって支えられているかを知る良いきっかけになるのではないだろうか。
2月26日に農水省で開催された第4回CSF経口ワクチン対策検討会の資料、およびOIE(国際獣疫事務局)の資料(Guidelines on surveillance/monitoring, control and eradication of classical swine fever in wild boar)を読み解いた内容を踏まえ、今後の対策のポイントを解説していきたい。
野生イノシシ対策、経口ワクチン散布
野生イノシシへの対策としてはいくつかの方法がある。移動を制限する柵の設置や全体の頭数を減らす猟なども挙げられる。そして、過去の実績もふまえてウイルス対策として最も重要視されているのがワクチン接種だ。野生イノシシにCSFウイルスへの免疫をつけさせることができれば、感染とその拡大を防げると期待される。
飼育されている豚の場合は一頭一頭に注射器でワクチン接種ができる。一方で、警戒心が強く、生息場所も数も明確にはわからない野生イノシシに注射器は使えない。こうした状況のもと、イノシシに対しては経口ワクチンが用いられている。経口ワクチンとは、ワクチンの液が入ったフィルムを餌でくるんだもので、ビスケットのような外観をしている。このワクチンを1平方キロメートルにつき約20~30個、1つ1つ10cm程度の深さの地中に埋める。植物の根などを掘り起こして食べるイノシシの習性を利用するためだ。また、他の動物に食べられたり、暑さでワクチンの質が落ちたりするのを防ぐのにも効果的だ。人が立ち入れない急峻な山奥などでは埋めることが出来ないため、ヘリコプターで地上に空中散布することもある。今回の経口ワクチンは以前ドイツにおいてCSFが発生した際に使われたもので、ドイツから輸入し、使用方法のレクチャーを受けたうえで進められている。
2019年度の対策の効果と調査結果
CSFは日本以外にもさまざまな国で流行を繰り返してきた。動物衛生の向上を目指す国際機関であるOIE(国際獣疫事務局)は、CSFについての研究論文や過去の発生事例、対策をまとめている。OIEによると、CSFウイルスの拡大を防ぐには少なくとも全体の40%の野生イノシシがウイルスに対する免疫を獲得している必要があるとし、本格的に根絶するには60%が免疫を獲得する必要があるとしている。
2019年度において、野生イノシシに対する経口ワクチンの効果が出ている例として注目したいのが岐阜県の例だ。岐阜県は今年1年間で14万7,651個の経口ワクチンを散布してきた。さらに、猟師の方々や研究機関との連携によって、野生イノシシの調査頭数、血液検査のデータ数も充実している。2月末の第4回CSF 経口ワクチン対策検討会の資料によると、少しずつ効果が出始め、10月以降は安定して40%以上の個体がCSFウイルスに対する免疫を獲得していたことがわかった。経口ワクチン散布において一定レベルの効果を示すことが出来たのは今後の対策への希望と言える。
また、岐阜県の調査では、成獣と幼獣に分けたデータの解析も行われている。成獣と幼獣の違いは一般的に、大きさや体重、歯の生え具合などの特徴から繁殖可能な年齢(1~2歳)に達しているかどうかで判断されている。実は、成獣か幼獣かどうかで繁殖行動や移動範囲、採餌内容などの行動パターンや生存率が大きく変わってくるため、この違いは重要な情報となる。OIEの報告を見ると、幼獣の免疫獲得率は低くなることが一般的だ。事実、岐阜県の調査でも同じような傾向がみられる。10月以降でデータが少ない時期を除き、免疫獲得した個体を成獣と幼獣に分けると、それぞれの割合がおおよそ50~60%、おおよそ10~20%と報告されている。こうした詳細な調査が行われることによって、どのような野生イノシシをターゲットにすればよいかなど、対策の計画をより具体的かつ効率的に組むことが出来る。今後の経口ワクチン散布がさらに改善されることになるはずだ。
今後の対策、調査に向けた課題
ただし、今後に向けた課題もまだ多く残されている。例えば、今回の調査結果は12県(岐阜、愛知、三重、福井、長野、富山、石川、滋賀、埼玉、群馬、静岡、山梨)で実施されたものだが、各データにおける免疫の獲得率のバラツキが大きい。経口ワクチンの個数や時期に違いがあることも一因だろうが、地域によっては感染エリアの拡大に応じて散布地点を移動させてきたことで、結果的に同じ場所での散布回数が少なくなったことが原因ではないか、という考察もされている。一方で、こうしたバラつきの理由を示すその他の理由についてはまだ明確にはわかっていない。
また、散布した経口ワクチンが実際にどの程度、野生イノシシに食べられているかを調べるため、毎回散布後ほどなくして回収作業を行っている。その際、ワクチンの噛み跡や散布地点周辺に動物が来た痕跡も合わせて調査している。その結果を見ると、別の動物に食べられていた例も含め、散布数の半分以上がイノシシに食べられずそのまま残っていることもあった。経口ワクチンの摂食率を上げるため、散布地点にイノシシを誘引するための餌付け装置を設置するなどの工夫も行われているが、まだ改良の余地があると言えるだろう。
ブラックボックスの野生イノシシ、さらなる調査が必要
経口ワクチン作戦が必ずしも効率的にうまくいかない理由の多くは野生イノシシの生態がまだよくわかっていないことによる。そこで今後の対策として、散布地点数の1/10を目安としてセンサーカメラを設置することが検討されている。野生イノシシが散布地点でどのような行動を取るのか、散布地点は適切かどうか、他の野生動物の影響はどうかなど、映像データによる解析を行う予定だ。実際にどれほどの台数が設置されるかはわからないが、散布地点数の多さから考えると膨大な数のカメラが設置されることになる。野生イノシシというブラックボックスに本気でメスを入れる計画であることが伺える。
今後の対策、調査エリアの拡大
野生イノシシの移動による感染拡大を防ぐため、経口ワクチンを散布するエリアや野生イノシシの捕獲調査をするエリアも拡大される予定だ。今回の調査結果には入っていなかったが、茨城、栃木、東京、神奈川、新潟、京都も2019年度冬の経口ワクチン散布から参加しており、以前からの12県と合わせて計18県が散布を行っている。また、野生イノシシの重点捕獲調査地点として新たに千葉、奈良、和歌山、沖縄が追加され、合計22県での調査が今後も進められる予定だ。
また、ここで忘れてはいけないのは、野生イノシシに県境は関係ない、という点だ。イノシシが移動しやすいルートや地形などの様子から判断して、県境関係なく経口ワクチン散布等の対策を進める必要がある。今後の調査や対策も各県が足並みをそろえて一丸となることが重要だ。
関係者の皆様へエールを!
ここまでで、現状公開されているCSFの根絶に向けた野生イノシシの対策と調査結果について見てきた。2019年度の対策において経口ワクチン散布の効果が見えてきたことは今後の終息への希望だ。ただし、経口ワクチン散布や回収、野生イノシシの調査や分析には大変な時間と労力がかかる。経口ワクチンの散布数や散布対象の地域の広さなどを考えるとその大変さは想像に難くない。また、野生イノシシの調査には猟友会や隊友会の皆様を始めとした現場の方々の協力なくしてあり得ない。CSFの根絶にはいかに大規模な対策が必要になるか、ということを改めて思い知らされる。
CSFの根絶を目指して、こうした対策が功を奏し野生イノシシのCSFが少しでも早く収まることを願いたい。そして、私たちもこうした取り組みを行っている方々へ心よりエールを送りたいと思う。