【後編】「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」開催報告!

2019年9月15日に実施したトークセッション「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」の様子を2回にわたってお届けしています。

【前編】「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」開催報告!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200428post-49.html

月の環境や歴史を研究している東京大学理学系研究科准教授の諸田智克さんと、着陸機のランダーなどを開発している企業の代表、袴田武史さん(株式会社ispace 代表取締役)のお話を紹介した前編に続き、後編では、会場のみなさんとトークセッションのテーマである「人はなぜ、宇宙をめざすのか」について共に語り合った内容をお伝えします!

(©NASA)

あなたはどう思う?

イベント前半では諸田さんと袴田さんのお話を聞きしましたが、後半では会場の皆さんにもご意見を伺いました。まずはこちらの質問です。

質問:みなさんは月に行ってみたい? 行ってみたい/行ってみたくない

〈行ってみたい〉なら黄色の折り紙を、〈行ってみたくない〉なら青色の折り紙を掲げてもらいました。結果は、会場のほとんどのみなさんが〈行ってみたい〉でした。諸田さん(写真左)は〈行ってみたい〉、袴田さん(写真右)は〈行ってみたくない〉というご意見でした。

〈行ってみたい〉と答えた参加者のみなさんに理由を聞いてみると...

・安全であることが行きたい条件だが、毎晩見ているあの月に実際に降りたったらどんな感じか、どんな質感なのかを知りたい。インスタ映えしそうなので、撮影もしたい。
・地球からは見えない月の裏側を見てみたい。そして自分の足跡を残したい。

諸田さんは、「もともと私は、行ってみたくない派です。洗浄トイレがないところには行きたくないなという気持ち(笑)。でも、先ほど袴田さんの動画を見て、MOON VALLEY(※2040年代に人間が月や宇宙を生活圏としている構想)ができた月なら行きたいと思いました。でも袴田さんは行ってみたくないとのことで、裏切られました」と苦笑いでした。

諸田さん(左)の理由に顔がほころぶ袴田さん(右)

一方、〈行ってみたくない〉という方々の理由は...

・僕はとてもビビリなので、いろいろ問題が発生した時に怖いと思っちゃうから行かなくていい。
・今いる地球は、重力の井戸の底だと思っている。宇宙に飛び出し、せっかくその重力の井戸から脱出したのに、また重力のある月にいくのはどうかと思う。だったら、重力から解き放たれた別のところに行きたい。

袴田さんは、「月も含めて、宇宙に行ってみたいとは今の時点では思っていません。三半規管が弱く、絶対に宇宙酔いになると思っているからです。飛行機も苦手で、エレベーターでさえも酔いそうになるほどなんです」と自分の弱点を理由に挙げました。しかし、「MOON VALLEYが実現する頃には、そういった健康の問題を抱えている人でも自由に宇宙に行ける時代にしていきたい、そんな世界を作っていきたいと思っています。そうすれば自分も行けるかな」と大きなビジョンも語ってくださいました。

漫画『宇宙兄弟』の中では、地球上から月面にある重機を操縦したり、月面基地内から外にあるロボットを動かしたりという遠隔操作技術を活用したシーンがありました。このような技術があれば、地球にいながら月や宇宙を体験できます。月に〈行ってみたくない〉が体験はしてみたい!という人にはうってつけかもしれません。そこで、遠隔操作技術の現状について袴田さんに伺ったところ、実際にそうしたニーズがあり、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の遠隔操作技術が最近急速に進化しているそうです。「これからの宇宙開発は、危険な作業をすべて人間が行うのではなく、ロボットをうまく活用して進められていくのではないか」と語っていました。

人の動きに同期して動くロボット(©小山宙哉/講談社)

続いての質問はこちら。

質問:人類としては、これからも月に行ってほしい? 行ってほしい/行かなくても良い

登壇者のお二人、そして会場の半数以上が〈行ってほしい〉というお答えでした。
〈行ってほしい〉理由を聞いてみると...

・自分は行ってみたいが、心配な気持ちもある。そこで、みんなが行ってくれたら、月に住むところができたり、すぐに旅行に行けたりもできるようになると思うので、自分が行く安心感を得るためにも行ってほしい。
・最近、温暖化で地球がだんだん弱ってきている。いつか、地球に住めなくなった時が来たら、人類が繁栄する別の場所として月や火星に行くことが必要なのではないかと思っている。

袴田さんは、人間の本能として月や宇宙に出ざるを得ないのではないかと言います。「人類のDNAには生存の領域をどんどん広げていくことが刻まれていると思っています。海、陸を制覇し、飛行機で空も飛び、そして今では国際宇宙ステーションがある宇宙で生活ができるようになりました。この流れは今後も続き、むしろこういった流れを止めてしまうと、人間が破滅してしまうのではないかとまで思っています」

反対に、〈行かなくても良い〉を選んだ会場の7歳くらいの男の子の理由がこちら。

・月が汚染されたら嫌だから。

この核心を突いた発言に、多くの参加者はハッとした表情になりました。登壇者のお二人も大きく頷き、月面開発を計画されている袴田さんは、こうコメントしました。「鋭いご指摘ですね。月面の活用は重要ですが、むやみに環境を破壊してまで利用するというのは倫理的にも許されないことです。そのため、人間が発展する上で最低限必要な部分でのみ開発を行うこと、そしてルールを作り、その下で開発を進めていくことが重要です。資源の所有権や平和的な利用などについて、国際的なルールを作るための議論が進められています」

人類の知識の拡大や繁栄のために、未開の地に手を付けることはどこまで許されるのか。そして、どんなルールの下で進めるべき、もしくは進めるべきではないのか。そんなことを改めて考えさせられる男の子の一言でした。

人が宇宙をめざすことで、人類に何をもたらすか

これまでの宇宙開発を振り返ると、ガガーリンによる人類初の宇宙飛行、アポロ計画による月面着陸とさまざまな出来事がありました。人が宇宙に行くことで、我々人類にはどのような影響を与えるのでしょうか。未来館では、本イベントのテーマ「人はなぜ、宇宙をめざすのか」に関連したパネルの制作も行いました。そこに各方面の著名人からメッセージをいただいたので、一部を抜粋してご紹介したいと思います。

まずは、漫画『宇宙兄弟』の作者である小山宙哉さん。

漫画家 小山宙哉さん(©小山宙哉/講談社)

「人が月に行ったことで、気持ち的な意味で月への距離は近くなりました。月や火星に人が行くことで勇気をもらい、自分ももっとできるのではないかと意識や気持ちが底上げされると思います」

宇宙に行く人たちの挑戦が、地上にいる私たちに勇気を与え、自分の気持ちが前向きになる、というお考えです。

次に、『宇宙兄弟』の1巻にも登場した日本科学未来館館長、毛利衛からのメッセージです。

兄弟の背中を押す(©小山宙哉/講談社)
日本科学未来館 館長 毛利衛

「人間が挑戦して本当に新しいことを成し遂げた時、私たちの意識は『個』や『国』を超えて広がります。アポロの挑戦と成功は、私たちに『人類』という意識を芽生えさせたのです」

アポロ11号におけるアームストロング氏とオルドリン氏の二人の月面歩行が、価値観に大きな変容をもたらしたというコメントです。また毛利自身は、アポロ11号の月面着陸をテレビで見たことが、自分の人生の大きな分かれ目だったとも語っています。

ここまで、人が宇宙に行く影響について触れてきましたが、宇宙のめざし方は必ずしも人が行くことだけではないとコメントをくださった方もいらっしゃいます。宇宙物理学者の池内了さんです。

宇宙物理学者 池内了さん

「望遠鏡や科学衛星を使って宇宙を探索し、想像力を働かせて宇宙を理解する、そんな自分を客観視できる目をもつことが、誰にとっても大切な活動です。それが、個人の精神的な豊かさを高めていく、文化としての科学の役割です」

三者三様のお考えがあるようです。みなさんはどう思いますか?

人はなぜ、宇宙をめざすのか

最後に、登壇者のお二人に「人はなぜ、宇宙をめざすのか」についてのお考えを伺い、イベントを終了しました。

諸田さん 宇宙のことで知らないことがたくさんあるからではないでしょうか。人類の知識領域を広げていくことに、人類は喜びを感じているのだと私は信じています。その知識領域をいかに広げられるか、その広げる先に宇宙があるのだと思っています。そのために我々は何十年もかけて、さまざまな開発をしながら、宇宙をめざしていると認識しています。

袴田さん 人間は生活圏を拡大していく運命だと思っています。誰かが積極的に止めない限りは、こういった世界は続いていく。ただ、人間が宇宙に行くことで、貧乏になったり、精神的に負担を負ったりしてはいけないと思います。より豊かな生活ができる先として、私は宇宙をめざしていきたいと思っています。


【おわりに】
近年、再び月に人類が立ち、さらに火星をも目指そうという世界的な流れがあります。月面歩行を成し遂げた50年前とは異なり、今では宇宙産業に民間企業も多く参与しています。そんな時代だからこそ、「人はなぜ、宇宙をめざすのか」について立ち止まって考え、宇宙開発をどのように進めるのが良いのか、人類にとってどのような意味があるかを考える必要があるのではないでしょうか。なにより、宇宙開発によって争いが起こってはいけません。宇宙開発に直接関わる人もそうでない人も、夜空に浮かび輝く月の美しさをいつまでも平和な気持ちで眺められるよう、新たな時代を紡いでいきたいですね。

【謝辞】
本イベントにご登壇くださいました諸田智克様、袴田武史様に心より感謝申し上げます。また、関連パネルの制作にご協力いただきましたJAXAの若田光一様、佐々木宏様、漫画家の小山宙哉様、宇宙物理学者の池内了様、開催にあたり画像提供等でご協力くださいました株式会社コルクの仲山様に御礼申し上げます。

【関連動画】
・トークセッション「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」
https://youtu.be/56KSf-wrtnI

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