こんにちは。科学コミュニケーターの綾塚です。
猛暑が残暑に変わりつつある今日この頃、スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、…、と秋の楽しみが待ち遠しいです。
そして、未来館の秋、といえば、ノーベル賞イベントが欠かせません!
今年もやります!
科学コミュニケーターと楽しむノーベル賞2020
未来館では今年も、生理学・医学チーム、物理学チーム、化学チームの3チームを編成しました。ブログ記事の執筆、科学コミュニケーター・トーク、ニコニコ生放送など複数のコンテンツを用意しております。ノーベル賞を通して研究や研究者の魅力をたくさんお伝えします。
今年は特に、「なぜ、その研究がノーベル賞を受賞したのか?」「ノーベル賞をとった研究がどのように今の研究とつながっているのか?」といった、受賞の背景とこれからのお話を皆さまに楽しんでいただけるよう、リサーチを進めています。
研究の歴史から見る「レーザー」発明のインパクト
さて、いったいどんなリサーチをしているのか。
少しだけ物理学チームのリサーチの様子を覗いてみましょう。
今年の物理学チームのテーマは「レーザー」。
1964年にC.タウンズ、N.バソフ、A.プロホロフがノーベル物理学賞を受賞したレーザーの研究がこの分野の幕開けとなりました。
これだけ聞くと、「へぇ、ノーベル賞とるなんて、レーザーってすごいんだね」で終わりそうなもの。
ですが、面白いのはここからです。レーザー技術がいかに衝撃的な大発明であったかは、それ以降の研究のつながりや広がりを知ると見えてくるのです!
レーザーの現象を追求した研究、レーザー技術を応用した研究が数多くのノーベル賞を受賞し、さらに私たちの生活や世界観を変えてきました。
この記事では一つ、レーザー技術の応用で生み出された時計の話をしましょう。
2020年4月にスカイツリーで行った実験の発表で話題になった高精度な時計、「光格子時計(ひかりこうしどけい)」についてです。
時計が正確になりすぎて、ついに時間以外も測れるようになった!?
皆さん、時計は持っていますか?
昔ながらの振り子時計?クォーツ式の腕時計?それとも電波時計?
電波時計ともなると非常に高い精度を持ちます。うまく機能している限り、少なくとも私たち人間が生きている間は1秒もずれることはありません。
さて、もっと精度が高い時計を作れるとしたら皆さんは欲しいですか?
その精度、なんと300億年に1秒の誤差!
…え、今のもので十分?
ちょっと待ってください。今度の時計、正確に時間が測れるだけじゃないんです。
なんと、重力による時間の歪みまで測れてしまうんです!
なぜ測れるのか。
アインシュタインが提唱した一般相対性理論によると、重いものから離れるほど重力は小さくなります。そして、重力が小さいほど時間は速く進みます。
例えば、地球(=重いもの)から離れた場所、つまり、標高が高い場所では、低い場所と比べて重力が小さくなります。そして、時間は速く進みます。
ここまでの現象を言い換えると、「時間の進み具合から重力の大きさの違いを測ることができる」と言えます。
しかし、ちょっとした標高差から生まれる重力の差はあまりにも小さいものでした。時間の進み具合もほとんど変わりません。今までの時計では重力の差を測定することはできませんでした。
そこで登場したのが、「300億年に1秒の誤差」という精度の時計。
精度がものすごく高いため、わずかな時間の差、そして重力の差も検知できます。
理化学研究所・専任研究員の高本将男氏と東京大学大学院工学系研究科教授の香取秀俊氏らの共同研究グループが島津製作所と共同で開発した「可搬型光格子時計(かはんがたひかりこうしどけい)」になります。
今年4月、東京スカイツリーの地上階と地上450メートルの展望台にそれぞれ時計を設置し計測することで、時間の進み方が違うことを明らかにしました。
東京大学大学院工学系研究科のプレスリリースによると、この技術を応用することで、今までよりも詳しく地表面のわずかな変動や地球の内部の様子を調べることができるそうです。
以下、東京大学東京大学大学院工学系研究科のプレスリリースより一部抜粋します。
「高精度な可搬型光格子時計は、プレート運動や火山活動などによる地殻の数センチメートル精度の上下変動の監視、GNSS(全球測位衛星システム)や高感度重力計と補完的に利用できる超高精度な標高差・重力場計測システムの確立など、将来の社会基盤への実装が期待されます。」
ノーベル賞物理学チームの科学コミュニケーター太田は、「今までは人間が感じ取れなかった重力による時間の歪みや地球の歪みを検出することができるようになった。今回の技術開発が人類の世界観を更新した」と言います。
レーザー技術てんこ盛り!光格子時計の仕組みをざっくりと説明
ここまでは光格子時計のすごさについてお話してきました。次に、その仕組みについてざっくりとお話しします。
私たち人類は今まで、一定のリズムを繰り返す現象を利用して時間を測ってきました。例えば日時計では、太陽が昇って沈むのを見ておおよその時刻を測りました。振り子時計は一定のリズムで揺れる振り子を利用して時間を測りました。
より正確に時間を測るには、より細かくリズムを刻めること、リズムが安定して一定であることが時計に求められます。
現在、応用できるものの中で、最も細かくリズムを刻めるものが光になります。例えば、振り子が1秒で1往復振動するとしましょう。それに比べて、光の波は1秒に数百兆回振動します。一定のリズムで細かく揺れる、光の波の振動を測ることで、ほんの僅かな誤差にも気づけます。そして、ここで登場するのが光を束ねたレーザーなのです。
ただし、レーザーも何かしらの影響を受けてリズムが崩れることがあります。このリズムの乱れを調べる技術も同時に必要となります。レーザーを使った時計の全体像を大まかに見ると、下の図のようになります。レーザー光の波をカウントして時計として使う装置、レーザー光の乱れをチェックする装置それぞれを同時に動かします。
これだけ見ればとても単純なように見えますが、実際は非常に高度な技術がたくさん使われています。さらに、その中にはノーベル物理学賞を受賞したレーザーの技術が山ほどあるのです。
その一部がこちら!
1、すべてのはじまり、レーザーの開発
●1964年ノーベル物理学賞
「量子エレクトロニクス分野の基礎研究および、メーザー・レーザー原理に基づく振動子・増幅器の構築」
2、そもそもレーザー光の波を精密にカウントするなんてすごすぎ
●2005年ノーベル物理学賞
「光学コヒーレンスの量子論への貢献」
「光周波数コム技術を含む、レーザーに基づく精密分光法の開発への貢献」
3、レーザーは万能?分子や原子、イオンをレーザーで操る
●1997年ノーベル物理学賞
「レーザー光を用いて原子を冷却および捕捉する手法の開発(レーザー冷却)」
すごいのは、レーザーの応用幅がとても広いことです。レーザーは光の波として一定のリズムを刻むだけでなく、イオンを閉じ込めたり冷やしたりするのにも使われます。このような研究の広がりを見ると、レーザーの開発がその後の物理学やその他の分野に大きな影響を与えたことがわかります。
※光格子時計についてもっと知りたい、という方は、元科学コミュニケーターの坪井が記事を書いておりますので、ぜひご覧になってください。
研究のつながりを知ると、「なぜその研究がアツいのか」がわかる
日々、様々な研究開発が進むことで、新しいことがわかり、また新しい謎が生まれます。逆にそうした進歩を遡っていくと、その分野の始まりというべき研究にたどり着くこともできます。
私たち科学コミュニケーターは研究によって世界観が変わる瞬間を見逃しません。その様子を皆さんにお届けするのが私たちの大事な役割の一つです。そこで必要なのが、過去の研究のつながりを知ることなのです。
今年のノーベル賞イベントでは、どんな研究が受賞するか、というより、受賞した研究はなぜ受賞したのか、それがこれまでとこれからの研究にどういう意味を持つか、といった味わい深い面白さをたくさんお伝えします。
ノーベル賞を取ったからすごいのではありません。
すごいからノーベル賞を取ったのです。
そのすごさを明日から誰かに自慢できるような、そんな内容にしていきます。
私たち科学コミュニケーターと一緒にノーベル賞を楽しみましょう!
今年のチームメンバーとテーマの紹介と科学コミュニケーター・トークYoutube動画の公開
最後に、今年のノーベル賞イベントで活躍する科学コミュニケーターと、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の各チームテーマをご紹介します。
また、各チームで作成した科学コミュニケーター・トークが、日本科学未来館の公式Youtubeチャンネル「Miraikan Channel」にてアップされました!こちらもぜひご覧ください。
生理学・医学チーム
テーマ「遺伝子」
三澤 和樹
小林 望
竹下 あすか
物理学チーム
テーマ「レーザー」
片平 圭貴
太田 努
上田 羊介
化学チーム
テーマ「エネルギー」
竹腰 麻由
保科 優
廣瀬 晶久
ちなみに、当記事執筆者の綾塚は、ニコニコ生放送の総合司会として登場します。また、各チームの活動の様子を記事として今後公開していく予定です。
それでは皆さん、今年も一緒にノーベル賞を楽しんでいきましょう!