はじまりました未来館の恒例ノーベル賞イベント!今年の(も)物理学賞を担当します片平です。さて、今年のノーベル賞イベントの総合司会をつとめる綾塚の記事でお伝えしたように、今年のイベントでは「何でその研究が?」に注目して、ノーベル賞を一緒に楽しんでいきましょう!
私が考えるノーベル物理学賞の「何でその研究が?」のポイントは、私たちの世界観が大きく変化するきっかけになることです。過去の物理学賞を受賞した研究を振り返ってみると、その研究が出発点となって新しい科学の分野が開かれたり、全く新しい発明につながったりしたことがわかります。
たとえば、第1回ノーベル物理学賞を受賞した研究は「X線の発見」。レントゲン写真にその名を残すヴィルヘルム・レントゲン氏が受賞しました。X線の発見は、医療だけでなく化学や物理学の世界を大きく広げるきっかけになりました。
歴代のノーベル賞の中には、X線という言葉がタイトルに含まれるものだけでも8回(物理学賞 1914、 1915、 1917、 1924、 2002、化学賞 1936、 1964、生理学・医学賞 1946)も登場するほどインパクトの大きな発見でした。世界を見る新しい視点をもたらし、世界観を変えたノーベル物理学賞と言えるでしょう。
このブログで、X線と同じように、その後の世界に大きなインパクトを与えた研究として改めてスゴイ!と私がお伝えしたいのは、1964年C.H.タウンズ、N.G.バソフ、A.M.プロホロフの3氏が受賞したレーザーの開発です。
レーザーは光
レーザーと言われるとみなさんはどんなイメージを抱くでしょうか。コンサート会場で飛び交う光、アニメや漫画で描かれる光線銃、プレゼンテーションの場で使うレーザーポインターがなじみ深いと言う方もいるかもしれません。身近なところでは、レジのバーコードを読み取る機械やDVDの読み取りにも使われています。
身の回りにもたくさんあってなんとなく光の一種のようなイメージがあるレーザーですが、どんなものなのか、ここでは電球の光との違いを見てみましょう。
そもそも光には波の性質があることをご存じでしょうか。光は、規則正しく山と谷が繰り返す波のように伝わります。波の大きさによって光の強さが、そして波の周期の長さによって、光の色が異なります。
白色に光る電球からは、様々な色の光が混ざって出てきますが、レーザーは光の色が1つ、つまり周期が1種類の波を取り出しています。
さらに光の波がそろって出てくることもレーザーの特徴です。電球の光はたとえ、1色の電球であったとしても、光の波はバラバラに出ています。そろった波の形で光が放出されるため、重なり合って非常に強い光となります。こうした特徴が様々な分野でレーザーが活用される理由の1つです。では、どうしてこのようなキレイにそろった1つの周期の光を出すことができるのでしょうか。
原子が光る仕組み
物質から光が出る、ということを小さな原子のサイズで考えると、光るという現象は、電子が持っているエネルギーを放出することということができます。
原子のモデルで、原子核の周りを電子が回っている絵を見たことがあるでしょうか。電子が回る位置はどこでもよいわけではなく、いくつかの位置であることが決まっています。電子に外からちょうどいいエネルギーを与えると、原子核から少し離れた場所を回れるようになります。ただし、もともと電子がいた場所が、電子と原子核との一番居心地のいい距離感なので、電子はもとの位置に戻ろうとします。もとの位置に戻るために持っている余分なエネルギーが光となって放出されます。電子の位置関係は、原子の種類によって異なるので、失われるエネルギーの量も異なります。つまり放出される光は原子によって異なるのです、花火が様々な色に輝くのはこの原理によるものです。
そろった光のわけ ~誘導放出
レーザーの光を得るにはさらにもう一工夫必要です。先ほどのエネルギーを与えた電子に放出されるのと同じ周期の光を当てると、出てくる光は当てられた光と波がそろった状態で放出されます。この現象を誘導放出といい、先ほどの原子が光る仕組みとともに1917年にアインシュタイン博士が提唱しました。
誘導放出を繰り返し、そろった光を強めて放出する装置がレーザーです。実現したのは、1960年、アメリカのタウンズ博士らによるものでした(正確にはこの時、可視光ではなくマイクロ波が使われました)。実現には、原理の発見から43年もの時間がかかりました。タウンズ博士自身も著書の中で、レーザーをつくるための理論や装置を作る技術自体は既にあったにも関わらず自分が発明するまで、実現されなかったのは驚きだ、と語っています。
広がるレーザー
理論の提案から実現まで時間のかかったレーザーではありましたが、そのインパクトは現代社会の中で大きなものとなりました。身近な例だけでなく、レーザーの発明をきっかけにノーベル賞を受賞するほど大きな発見につながった分野がたくさんあるのです。ノーベル賞受賞研究だけでも10個をゆうに超えます、分野もレーザー技術のブレイクスルーに加え、物理学の分野での重要な発見、精密な時計技術、お札などに使われるホログラフィー技術などです。
※レーザーを応用した研究でノーベル賞を受賞したもの、ということで受賞テーマや発表のリリース文の中で明確にレーザーと書かれているもの14個を選びました。リサーチしている間に、これもレーザーを使っている研究だ!と気付くことがたくさんあり、我々もその広がりに改めて驚いています。
ごく当たり前に研究の基本的な部分でレーザーを利用している研究がほかにもあるかもしれません。これもレーザーが使われているよ、ということをご存じの方はぜひコメントなどで教えてください。
その中でも今回は、ノーベル物理学賞のレーザー技術から、ノーベル「化学」賞に広がった応用例、1999年のノーベル化学賞「フェムト秒分光学を用いた化学反応の遷移状態の研究」をご紹介しましょう。
化学反応の途中が見る連続写真
モノが燃える時、そこで起きているのは化学反応です。石炭や石油の主な成分である炭素(C)原子が燃えるとは、酸素(O2)と結びつくこと、化学の言葉で書くとC+O2→CO2という風に表現されます。この“→”の途中で何が起こっているのかは、アッと言う間もないほど短い時間で進んでしまうので、理論的には予想されていたものの、実際のところはよくわかっていませんでした。
1999年のノーベル化学賞を受賞したアハメッド・ズウェイル博士はフェムト秒レーザーという非常に短い時間に光るレーザーをカメラのストロボのように使って化学反応が起きるわずかな時間の間に起きている現象を観察する手法を開発しました。
フェムト秒がどのくらい短いか、というと0.000000000000001秒、1秒間に地球を7周半する光の速さでも、1フェムト秒にはわずか0.0003ミリメートルしか進むことができないほどわずかな時間です。
ズウェイル博士の研究によると、化学反応の途中で、最初に使った物質とも最後にできる物質とも違う物質がフェムト秒のオーダーのわずかな時間だけ存在することが観測されました。
これまで理論で考えられてはいたものの、実際にはわからない、あいまいな化学反応の世界を明らかにした研究である、としてノーベル化学賞を受賞したのです。
さらに一瞬の世界へ
レーザーを使って化学反応を視る研究はまだまだ進んでいます。化学反応をもっと細かく見ると、原子同士の電子のやりとり、と考えることができます。原子の中を飛び回る電子は0.15フェムト秒=150アト秒という短い時間で1周するため、その動きを捉えるためには
フェムト秒よりもさらに短いアト秒(1アト秒=0.001フェムト秒)のレーザーが必要になってきます。こうして、レーザーをはじめ、様々な過去の技術を積み重ねて、より深くより詳しく現象を知ろうとする研究が続いています。
<アト秒レーザーについてもっと詳しく知りたい方はコチラ>
何でレーザーの研究がノーベル物理学賞?
今回は、化学の分野で使われるレーザーを紹介しました。
ほかにも様々な分野でレーザーを使った研究が行われ、いくつものノーベル賞を受賞するほどの大きな成果につながっています。開発した当時、ノーベル賞受賞者の3氏が現在の発展の全てを予想していたわけではありません。ですが、レーザーの開発をきっかけに、化学反応を視るような、これまで不可能だった新しい科学の分野が切り開かれ、私たちの世界や考え方が大きく変わったと考えると、まさにノーベル物理学賞に値するスゴイ研究ではないかと思います。
ノーベル物理学賞を科学コミュニケーターと楽しもう!
今年のノーベル物理学賞の発表は、10/6(生理学医学賞は10/5、化学賞は10/7)です。どんな内容が受賞するかはわかりませんが、受賞する研究はどんなふうに私たちの世界の見方を変えているでしょうか、そんな視点で当日はお伝えしたいと思っています。ぜひそのスゴさを一緒に感じましょう!
視聴URLはコチラ
【物理学賞】ノーベル賞発表の瞬間をみんなで迎えよう@日本科学未来館(2020/10/06(火) 17:30開始)
https://live2.nicovideo.jp/watch/lv327975711