イグノーベル賞

2020年の受賞研究を解説!震えるミミズに起こる波!

あなたが震えるのはどんなときでしょう。寒いとき?怖いとき?それとも嬉しいとき?では逆に、私たち生き物が「振るわされたら」、身体に何が起こるか想像したことはありますか。ここに、それを試した二人の物理学者がいます。彼らの好奇心から始まった研究がこの秋、世界中を笑いに包みました。しかしその裏では、二人は研究成果を、生物学における従来の知見を覆そうという大胆な試みに活かせないか、と目論んでいます。

2020年のイグノーベル物理学賞は、スウィンバーン工科大学(オーストラリア)のIvan MaksymovさんとAndrey Pototskyさんのお二人が、「ミミズを揺らしたときにその形に起こる変化を実験で調べた」という理由で受賞しました!おめでとうございます!

しかし、そもそもなんでミミズを揺らそうとしたの?実験から何が分かったの?気になりますよね!?私も同じです。そこで、受賞したお二人に取材したところ、とても丁寧でユーモアにあふれたメールが返ってきました。一部はすでに9/18のニコニコ生放送にて皆さんにお伝えしたのですが、何度かやり取りする中で研究の詳細をお話し頂けたので、本記事にてご紹介します!

Ivan Maksymov先生(右)とAndrey Pototsky先生(左)。写真はお二人より提供。

「まず最初に、僕たちの仕事に興味を持ってくれてありがとう!君の質問に応えることができてうれしいよ。僕たちの仕事が日本科学未来館のお客さんに紹介されると聞いて、すごく興奮してるんだ!」

生物と物理の研究がミミズで交差する!

――どうしてミミズを揺らそうとしたのですか?

「生きたミミズを揺らしたのは、まさに“what-if (やってみたらどうなるか)”という瞬間だった。それは、おもしろく、また信じられないほどの才能を持つ人々が、分野を超えて異例の協力をしたおかげで実現したんだ。もちろん、幸運な状況とタイミングに恵まれたからでもある。

僕たちのうちの一人、Ivanは、これまでに運よく神経生物学者と親しく仕事をする機会があった。そこでIvanは、神経を伝わる信号にかかわるソリトン仮説を検証したいと考えていたんだ。デンマークにあるニールス・ボーア研究所のThomas Heimburg教授が提唱したこの仮説は、「神経を伝わる信号は、学校の生物学の授業でよく知られているような、電気的な信号というだけでなく、細胞の膜を伝わる物理的な振動、ソリトン波でもある」というものだ。もしソリトン仮説が正しいとすれば、神経のしくみの理解におけるパラダイムシフト(大きな転換点)となるだろう。この仮説を検証するにあたり、ミミズを使うのは自然なチョイスだったと言える。なぜなら、ミミズが持つ太い神経は哺乳類の神経に似ており、神経の研究にはよく使われるからね。

一方、Andreyは振動させた液滴をあつかう物理学の専門家だ。Andreyの論文で示されているように、ある条件下では振動させた液滴は自然とミミズに似た形になる。

参考動画(お二人の所属先であるスウィンバーン工科大学のツイッター公式アカウントです。ご覧になるには、ツイッターアカウントが必要になります)

https://twitter.com/Swinburne/status/1295582501688225792

ただし、こうした液滴はミミズの形に似てはいるけれど、僕たちの知る限り、実際には生きているミミズとは関係ないんじゃないかな。

僕たちが共同研究を始めたのは、お互いに、新しいトピックに関する研究を行おうという情熱があったからだ。まず、僕たちは振動させた液滴に関する共同論文を発表した。今回は、Ivanが趣味の農園を持っていて、ミミズを簡単に捕まえられるから、生きているミミズをアルコールに浸して麻酔をかけた後、振動させることにしたんだ。ただ、その実験を行ったときには、液滴や神経科学の実験をするとはあまり考えていなかった。純粋に“what-if”な瞬間だったのさ」

ミミズを持つIvan Maksymov先生。写真はご本人提供。

ミミズを揺らすと波紋が生じる?

――どんな方法で、ミミズの体表の動きを調べたのでしょうか?

「振動させたミミズに、赤色レーザーの光を当て、ミミズの皮膚から反射してくる光を検出したんだ。ミミズの皮膚が揺れると、反射光は周期的に変化した。この変化を、検出器によって電気信号へと変換し、オシロスコープを用いて増幅したんだよ。今回の実験結果を解析するには、こうして作られたモデルを使用している」

実験に使われたミミズの一つ, Eisenia Fetida(上)と、検出システム(下)。I. S. Maksymov and A. Pototsky, Sci. Rep., 10:8564, 2020より引用・改変。

――実験にはどんな苦労がありましたか?

「本当のことを言うと、今回の実験は大きな挑戦だったんだ。例えば、全てのミミズが同じというわけじゃない(注1)。そのうちの何種かは、麻酔に他の種よりも多くのアルコールが必要だった。もしそうしたミミズを十分に麻酔できなかったら、ミミズは振動装置から逃げ出そうとするだろう。

それから、Eisenia Fetidaというミミズは、振動を受けると刺激性の液体を出す(注2)。ヤツらは、それにちなんだ“悪臭”という異名を持っている。これはおそらくは捕食者に対する適応で、(もし麻酔が効いていなかったら)その液体のせいで実験装置の掃除と調整に何時間もかかること請け合いだ」

(注1)今回の実験では4種類のミミズを使用しています。※これ以降、全ての注はブログ筆者の飯田によるもの。

(注2)和名はシマミミズ。

――受賞スピーチでは、ミミズを揺らすと、水の波紋に似た動きが現れると仰っていましたね。受賞の対象となった論文ではファラデー波(注3)という表現でした。ミミズの身体に起こる波からはどんなことが言えるのでしょうか?

「本当のところ、僕たちはまずミミズの身体に起こるファラデー波を観測し、その後で、その現象には実用できる重要性が秘められているのに気づき始めた。ファラデー波に似たこの波は、ミミズの神経における信号の伝わり方に干渉している可能性がある、と僕たちは考えている。このアイデアはまだ仮説だけれど、僕たちはすでにこの仮説を神経科学の専門家に売り込んでいる。

ただ、強調しておきたいのは、僕たちは今回の結果をソリトン仮説の検証に使いたいと思ってはいるけれど、今回の結果それ自体が神経科学におけるパラダイムシフトを起こすわけじゃない、ということだ。パラダイムシフトが起こるのは、あくまでもソリトン仮説が証明されたときだ」

つまり、物理的な振動が神経を伝わる信号に影響を与えるならば、それはソリトン仮説を証明する一助になるかもしれない、とお二人は考えているようなのです。まさかミミズを振るわせる実験が、私たちの神経のはたらきを検証する役に立つ可能性を秘めているとは…。

(注3)ファラデー波とは、水を上下に揺らしたときに水面に生じる波(波紋)を指します。その名前は、電流と磁場の関係などの研究で有名な物理学者ファラデーにちなんでいますが、ファラデー波は電気的な波ではなく、物理的な波です。神経のソリトン仮説でのソリトン波は孤立波ともよび、減衰せずに伝わっていく特殊な波をいいます。ファラデー波(水面波)もソリトン波の一つです。ソリトン仮説におけるソリトン波の正体としては細胞の表面をつくる膜(細胞膜)のふくらみが想定されていますが、実際の細胞膜にそうした現象が起こるのか、あるいは生じたとしてどんな役割があるのか、についてはまだ明らかではありません。

ミミズのお肌に学ぶ?

――水の波紋に似た波と、ミミズの身体の構造にはどんな関係があるのでしょうか?

「水の波紋の例はとても有名だ。例えば、小学生の子どもたちは理科の授業でそうした波紋について学ぶ。授業の中で、このリンクで見られる、シンギングボウル(注4)で波紋を作るのと同じような実験をするんだ。

シンギングボウルの中で生じるファラデー波

単体の液滴もシンギングボウルの中の水と同じような振る舞いをするけれど、それに発生するファラデー波を観測するには、もっと実験を工夫する必要がある。さらに、そうしたファラデー波が物理的にはどのように生じるかを説明する理論を作るには、より多くの努力も要る。これが、論文の中で僕たちがやろうとしていたことなんだ。おっと、話をミミズに戻そう。麻酔をかけたミミズは、本質的には弾力のある膜に包まれた液滴であると言える。だから、ミミズに生じるファラデー波は、表面張力によってまとまっている液滴に起こるそれとあまり変わらないんだよ」

(注4)チベットのおりん。お坊さんがお経を上げるとき、チーンと鳴らす仏具に似ています。

――ファラデー波を生じさせるような身体の性質は、ミミズにとってどんな役に立つのでしょうか?

「ロボットは未来館のスター・アトラクションみたいだから、きっと、これまでの回答の延長線上でその質問にも答えられると思う。最近では、ミミズのように体の一部を収縮させて這い回る、柔らかい自律型ロボットが開発されていて、試作品の実証実験が行われている。このようなロボットの身体の大部分は柔らかい材料で作られているため、大きな衝撃を受けた後でも動き続けられるほどの弾力性を持っている。

ミミズにヒントを得たロボットの研究では、ミミズの皮膚を調べることが重要になってくる。なぜなら、ミミズの全身にファラデー波が起きる際には、皮膚の特性がその振る舞いに直接影響を与えるからね。皮膚の剛性(注5)などの機械的な特性を理解すれば、ミミズ型ロボットの開発で生じる問題に対処するのに役立つと考えられるわけさ。

しかし、そうしたデータはとても少ないんだ。実際僕たちは、今回の論文で確立した数学的モデルにとって重要なパラメータ、皮膚のヤング率(注6)を算出するためのデータをとるのには苦労した。結局、他の種類のミミズに当てはまるデータを用いて、この問題を回避することにしたんだよ。とはいえこのエピソードは、機械やロボットを改良するにはもっとミミズから学ぶ余地があることを示している。そして、だからこそミミズはより詳しく研究されるべき、非常におもしろい研究対象だ、ともね」

中央大学が開発したミミズ型ロボット

(注5)ねじりや曲げなどの力に対する歪みにくさ。

(注6)変形のしにくさを示す数字。

お二人によれば、ミミズは皮膚の弾力によって衝撃に対する耐性を得ており、その研究はロボット開発にも応用できそうだ、ということなのですね。これもある種のバイオミメティクス(生物から着想を得て、機械の開発などに活用しようとする技術)と言えそうです。

――この研究には他にはどんな意義があるのでしょうか?

「今回僕たちは、ファラデー波が、生きている生物の身体(生体)にも発生する可能性を示した。よって、似たような波が生体の内側ではそれぞれの組織、あるいは一つ一つの細胞において拡がると考えてもおかしくはない。僕たちの考えるに、この結果は新たな医療用センサや、画像診断装置を開発する機会を開くかもしれない。

ところで、僕たちは最近、鳴いているカエルが水面にファラデー波を作る現象を明らかにしている研究を知った(注7)。生物学においてファラデー波が重要だと信じているのは、僕たち二人だけではないんだよ」

(注7)カエルが水面から顔を見せて鳴いているとき、周りの水に波紋ができますよね。

「やってみよう!」精神が研究の後押しに

未来館やアジアという、私たちの背景を踏まえた上で分かりやすい説明をして下さるお二人の文章は、まさに科学コミュニケーター顔負け!そしてお二人のミミズへの愛があふれてくるようです。“What-if”という言葉に表れているように、お二人の純粋な好奇心からこの研究は始まりました。ミミズの動きを測定したり、解析する際の苦労も語って頂きましたが、それを乗り越えるほどの想いが、お二人を後押ししたのでしょう。

また、カエルの鳴き声によって生じるファラデー波や、ミミズのような動きをする液滴は、今回の実験とは直接関係がないようですが、そうした離れた現象の間にもつながりを見出す研究者の思考を垣間見られたインタビューとなりました。科学の世界では、こうした発想や好奇心が新しい研究の原動力となり、歴史を変える大発見をも生み出していくのかもしれませんね!


(文末注)ソリトン仮説についてもうちょっと知りたい方へ、ここでは簡単にお話ししておきましょう。多くの生物では、神経が信号を伝えることで筋肉を動かす指示を出したり、脳をはたらかせたりします。一般的には、神経を伝わる信号は、神経を形づくる細胞の外から内へと流れる電流によって作られる、とされています。ある部位で電流が流れると、それを感知して近くの部位でも外から電流が流れ込む…これが連続するとちょうど「のろし台」のように信号が伝わっていくのです。フグ毒がおそろしいのは、この電流を止めてしまうためです。

ソリトン仮説では、神経はいまご紹介した電気的な信号に加え、物理的な波(ソリトン波)も伝える可能性がある、としています。この仮説に賛成する研究者らの一部は、細胞膜(細胞の表面をつくる膜)のふくらみが、電気的な信号を助けて同時に伝わっていくのが信号の正体である、といいます。細長い風船の一部に空気を入れて押し出すと、ふくらみが隣の場所に移動しますよね。あんな感じでしょうか。ソリトン仮説を支持する報告もあります。例えば、人工の細胞膜において、その材料になる分子は普段バラバラな向きをしていますが、それに圧力を加えるとピシッと分子の向きがそろう、という研究などです。こうした分子の性質が、細胞膜のふくらみにかかわっているのではないか、と推測されているのです。ソリトン仮説はまだ証明されておらず、反論もあることには注意が必要なのですが、もしも証明されればたしかに従来の神経に関する知見を大きく変えることになる、と言えそうです。

参考文献
I. S. Maksymov and A. Pototsky, Sci. Rep., 10:8564, 2020
D.フォックス「神経伝達の常識を覆すニューロン表面波伝播説」日経サイエンス 2018年9月号


2020年の日本人受賞研究を解説した記事や、2019年の日本人受賞者へのインタビュー記事、そして「そもそもイグノーベル賞って?」というところからお話しした記事もあります。ぜひお読みください。

イグノーベル賞 2020年の受賞研究を解説!ヘリウムで解き明かすワニの発声
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/202009192020.html
イグノーベル賞 受賞者に聞く、生活環境を映す「口の中」の大切さ
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200909post-363.html
イグノーベル賞 これを知らずして、科学の秋は始まらない!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200915post-366.html

「物理・数学」の記事一覧