科学コミュニケーターと楽しむノーベル賞2020

【詳報】物理学賞 わからないことはまだまだある!ブラックホールの正体をつかむ理論と観測

2020年のノーベル物理学賞はブラックホールの実在にまつわる理論・観測両面の研究によって、ロジャー・ペンローズ博士、ラインハルト・ゲンツェル博士、アンドレア・ゲッズ博士の3名の研究者が受賞しました。おめでとうございます!

Ill. Niklas Elmehed. © Nobel Media.

発表直前に公開された綾塚のブログで、どんな研究も突っ込んでいけば面白いことがある、と言ったところ、突っ込んでしまうと光すら出てくることの出来ないブラックホールの研究が受賞したことに、クスっとしてしまったノーベル物理学賞チーム片平です。

  綾塚の直前のブログ
  https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20201006post-376.html

ペンローズ博士が明らかにしたのは、一般相対性理論によって導かれるブラックホールがいかに生まれるのかという理論です。博士の理論によって、非常に小さな量子の世界に宇宙規模で太陽の何百倍もの大きな質量が集まるブラックホールが実在することが示されたと言えます。ただ、ペンローズ博士の理論は、ブラックホールの実在を証明すると同時に、ブラックホールの中には、一般相対性理論自体が成り立たなくなる世界が存在するという新たな問題を考えるきっかけを生みました。

一方、ゲンツェル博士とゲッズ博士はそれぞれの研究グループで、天の川銀河の中心に、非常に小さく、重力の強い“何か”を発見しました。この“何か”は現在の理論では、超巨大ブラックホールの有力な候補であると考えられていますが、実はまだ確証がありません。

現在も、新たな理論の構築やまだ見ぬ宇宙の姿の観測に世界中の研究者が取り組んでいます。まだまだ宇宙には私たちが知らない、多くの秘密と驚きが残っているのです。

まだまだわからないことはたくさんありますが、これまでにほんのわずかだけ、わかってきたこと(これこそが今年のノーベル物理学賞を受賞した研究で、大変な発見なのですが)をお話していきましょう。

ブラックホールが信じられるようになるまで

ブラックホールの存在が予想されたきっかけは、1915年にアインシュタイン博士が発表した一般相対性理論(重力場方程式)でした。翌年、カール・シュヴァルツシルト博士によってその答えが導きだされました(アインシュタインの発表のわずか2か月後に論文を発表しています)。シュヴァルツシルト博士の出した答えから、物質の重さに対応した一定の大きさよりも小さい天体は、自らの重力によって、ブラックホールになるということが、のちの研究によってわかってきました。この“一定の大きさ”のことを博士の名前からシュヴァルツシルト半径、と言いブラックホールの存在を示す重要な数値です。

しかし、シュヴァルツシルト博士の出した答えは、非常に単純な条件ならば、という条件付きの答えでした。理論を提唱したアインシュタイン博士でさえ、数学的には意味のある答えであったとしても、現実の宇宙には存在しないのではないか、と考えていたほどです。

そのため、それからしばらくは一般相対性理論の答えとして、新しい形のブラックホールが提案されるなど研究の進展はあったものの、あくまで理論的な推測と考えられてきました。

理論が大きく発展したきっかけを作ったのは、ブラックホールを予想させる観測でした。2002年にノーベル物理学賞を受賞したリカルド・ジャコーニ博士らは、X線を用いた観測でブラックホールではないか、と考えられる天体を発見しました。さらにクエーサーの発見が銀河の中心にブラックホールが存在するのではないか、という仮説につながりました。クエーサーはとりわけ明るく輝く天体で、活動銀河核と呼ばれる非常に小さな領域からばく大なエネルギーが放出されています。それだけ明るく輝き放出される大量のエネルギーが生まれる現象を考えると、そこにはブラックホールが存在するのではないか、と考えられるようになったのです。

そして、今年ノーベル物理学賞を受賞したペンローズ博士は、1964年、特別な仮定を考えなくても、条件が整えば、現実の宇宙にもブラックホールが存在することを理論的に証明しました。

ちなみに、ここまで、ブラックホールと便宜的に使っていましたが、この当時ブラックホールという言葉はまだありませんでした。この名称が使われるようになったのは、ペンローズ博士の理論提唱から数年後のことです。

ブラックホールを見つけたい

しかし、いかに理論がその存在を提唱したところで、実際に存在するかはわかりません。そこで科学者たちは、観測しようとするわけですが、ブラックホールは、光さえも出てくることのできないもの、であるため、私たちが身の回りのものを見るように光を直接観測することはできません。いかにブラックホールを観測するかが問題となります。

見ることのできないブラックホールを観測する、その1つの方法を提案し、観測したのがノーベル物理学賞を受賞したゲンツェル博士とゲッズ博士です。2人が注目したのは、私たちの住む太陽系を含む天の川銀河の中心にある「いて座A*」です。

ゲンツェル博士は主にチリの大型望遠鏡、ゲッズ博士は主にハワイのケック望遠鏡を使って、「いて座A*」の周囲を公転する恒星を観測しました。恒星が強い重力によって引き付けられる時は速く移動する、というような動きから恒星の近くにどのくらいの重さの天体がどの位置にあるのかを計算し、「いて座A*」がブラックホールの有力な候補であることを明らかにしました。

ゲンツェル博士らのグループが観測に用いた大型望遠鏡VLT Photo:ESO/S. Brunier

原理はとてもシンプルですが、地球から遠く離れた(27000光年)恒星の詳細な動きを捉えるには、地球の大気による影響をうまく取り除く観測技術の開発が必要でした。ゲッズ博士によるとそれはまるで、川底の小石を見るようなもの。川の水のように常に動き続ける大気に合わせて、望遠鏡の鏡の形を変える技術によって、それまでぼんやりとしか見えなかった恒星の一日ごとの動きを捉えられるほどはっきり捉えられるようになりました。

両博士の研究によって、「いて座A*」は太陽の400万倍もの質量をもち、非常に小さな領域に存在することがわかりました。現在の理論では、これだけの重さをもった天体である「いて座A*」は超巨大ブラックホール以外にありえない、と多くの研究者が考えています。しかし、小さな領域といっても、まだ冒頭でご紹介したブラックホールであることを示すシュヴァルツシルト半径よりも小さいとは示されておらず、厳密な意味でのブラックホールであるという確証はなく、今も研究が続いています。

ブラックホールはあなたの世界の見方を変えますか?

ブラックホールの観測には、ゲンツェル博士・ゲッズ博士の方法以外にもアプローチがあります。昨年2019年に、ブラックホールの直接撮像に成功したEHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)プロジェクトは記憶に新しいのではないでしょうか。EHTの日本の研究チームの代表を務める本間希樹教授は「(今回の受賞研究は)我々EHTプロジェクトがブラックホールの撮影を目指すきっかけともなった重要なものです。そのような中で、昨年のEHTによるブラックホールの撮影成功が、今回の先人たちのノーベル物理学賞受賞の後押しをしたのであれば、それもたいへん喜ばしく思います」とEHTジャパンの公式サイトにコメントを載せています。

https://www.miz.nao.ac.jp/eht-j/c/news/announce/20201007-1-0

今回のノーベル物理学賞は、観測と理論の研究が両輪になって、ブラックホールの正体にせまっていることを教えてくれました。もしみなさんが、ブラックホールという言葉を聞いて、何かイメージするものがあったとしたら、それこそが、ペンローズ博士、ゲンツェル博士、ゲッズ博士の研究をはじめとする、ブラックホールの正体に迫ろうとする研究の成果です。

そして、それでもまだまだわからないことが宇宙にはたくさん残されていることにも気づかせてくれました。

ノーベル物理学賞を受賞するような研究は、私たちの世界観を更新するものだ、と以前のブログでお伝えしました。今年の受賞研究を聞いて、みなさんの世界の見方は変わったでしょうか。

  片平の以前のブログ
  https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200921post-367.html


修正履歴
ゲンツェル博士とゲズ博士の研究内容を紹介する段落(チリの大型望遠鏡の写真のすぐ上の段落)で、電波源である「いて座A*」と重力源が一致していることが自明であるような表現になっていた部分を書き改めました。また、重さと距離は両博士の研究成果ですが、サイズに関しては両博士の成果ではないので、その部分も修正しております。(2020年10月22日)

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